24 女子校に例えればよくわかる! 人間界における異世界の存在
「特別な働き?」
クランの言葉に、玲が首を傾げる。
すぐさまクランが言葉を続けたが、それは余計に玲を困惑させるものであった。
「世界から加わる力──"存在そのものへの否定"を打ち消す、というものです」
「…うわぉ、なんかすげぇスケールがデカくなったな……」
「実際は至極単純な話ですよ。幻妖は元々、『異界』と呼ばれる人間界とは別の理に基づいた世界に生きる存在です。ですから、存在そのものが人間界には合わないのですよ。人間界にとっては、幻妖が居るということ自体が異常なこと、ということですね。よって、人間界という世界そのものから、その異物を排除しようとする圧力が掛かるのです。そしてそれは、その者が保有する魔力が強大である程に、強くなります」
「はーん。女子校に教員でも何でもねぇ、全く関係ない男が紛れ込んだような感じか。そりゃ警備員とか警察が黙ってねぇわな。魔力の大小は、存在感とか場違い感の大小もたいなもんか」
「……例えは酷いのですが、概ねその通りなだけに困りものですね…」
玲の例えに苦笑するクラン。
「別の世界の住人が、本来居るべきではない、違った世界に在るということは、それだけ大変なことなのです。我々『守護天魔』が、契約者無しでは長時間人間界に留まることが出来ないのも、これによる理由ですね。より上級の『守護天魔』程、単体で人間界にいることが出来る時間は短くなってしまいます。そのため、この世界からの圧力を回避するために、我々は契約者を必要とするのです」
「ほほう、つまりは契約することによって、女子校の関係者になると」
「え、ええ……。これに対して、幻妖は『幻核』の働きによって、人間界が幻妖に対して抱く"異物"という認識を狂わせ、圧力が掛かるのを回避しています」
「なるほどなるほど。要は女装して、男だっていう認識を狂わせて追っ手をかわすイメージだな。……ってオレじゃん…」
自分で出した例に準えていった結果、第6高女子棟における自分そのものが、幻妖のモデルケースであるという結論に至って、やるせない気持ちになる玲。
それも天魔第6高校の校長──ハゲ鷹のせいではあるが。
「……けど、納得だよ。『幻核』が無いってことは、その世界から掛かる圧力を打ち消す術が無いってことか…」
「はい。ですから人間界にいる以上、『幻核』が無いなんて、そんな筈は無いのです。……目の前に、それに反するような実例があっては、説得力に欠ける話なのですが…」
「……もう1個訊いていい? その『幻核』が、身体以外の所にある、なんてケースはないの?」
「身体以外……?」
玲の言葉に、クランが眉を潜める。
「うん、例えば──剣に付いてるとか、さ」
「……っ!? そんな話、聞いたことがありませんよ!? 『幻核』は幻妖にとって、臓器なのですよ!? それが身体の外にあるなんて、そんなこと…」
「けど、あいつは今までの幻妖の常識に当てはまらないんだろ? なら、絶対に無いなんて言えねぇじゃん」
「それは……その通りですが…」
玲の言うことは理解出来るし、確かに一理ある話だ。
だが、生命に直結するような重要な臓器が体外にあって、そんな状態で生きているなんて生物が、果たして存在するのか。
それで世界からの圧力を、回避出来ると言うのか。
眉間に皺を寄せて黙ってしまったクランに代わって、璃由が疑問を投げ掛ける。
「玲くんはどうしてそう思ったの?」
小首を傾げるようにする璃由。艶やかな黒髪が、サラサラと流れるように揺れる。
その様子に若干見惚れそうになりながら、玲は回答する。
「んー、『幻核』が剣にあるんじゃねぇかってのは、クランの話を聞いてから思ったんだけどさ。少なくとも、あいつにとってあの剣には、重要な何かがあるんじゃないかとは考えてたんだよね」
少し前のことを思い出すようにしながら、玲は続ける。
「そもそもさ、何であいつ、オレの魔力をぶった斬ろうとしたのか、ってとこから疑問だったんだよ。そんな必要ねぇじゃん。だって、当たっても回復するんだから」
「……言われてみれば、確かにそうね…」
玲が放った、とてつもない魔力の奔流。それに呑み込まれても、鎧は何事もなかったかのように復活を果たした。
そう、ならばそもそも、避ける必要が無いのだ。
どんな攻撃を喰らおうとも、元通りに修復されるのだから。
そして、武器なんて無くとも、魔力を纏った金属の塊という時点で、お釣りが来るような凶器なのだから。
言ってしまえば、あの全身鎧は、その全身全てが余すところなく武器なのだ。
たかが剣の1本が無くなったからと言って、何も困らないだろう。
今のように、リィエルが相手というのならまだわかるが、あの時相対していたのは玲だ。ズブの素人である。
だから、玲にはあれが不自然に思えて仕方がなかった。
「その上で、あの溶けた跡。あれで剣までは修復されないってことがハッキリした。そうするとさ、単に斬って避けようとしたってよりは、オレのぶっ放した魔力にあの剣が巻き込まれる訳にはいかなかった、って考える方が自然じゃね?」
玲の説明に、ハッとしたように璃由とクランが目を見開いた。
確かにそうだった。
避ける必要すらない攻撃に対して、斬ってかわそうなどという思惑があったと考えるよりは、別の理由があったとする方が話が通る。
そう考えれば、あの行動は、剣を投げ捨てるなどというあからさまな動作を避けつつも、回避という名目でもって弾かせるためのもの、ということになる。
魔力で保護すれば、一時的にその強度を底上げすることも出来る。
そして実際、あの時、剣は魔力を帯びていた。
そう、魔力で強化されていた。
「だから、クランの話を聞くまでは、どうしてあの剣が壊れないようにする必要があるのかって考えてたんだよ。でも、『幻核』が剣の方にあるとするなら、説明が付く。『幻核』が剣の方にあるなら、破壊される訳にはいかなかったからだ」
もし玲が言った通り、『幻核』があの剣にあるのだとすれば──。
「じゃあ、あの剣を壊せば…倒せる…?」
「その可能性は高いと思うんだよね。どうかな?」
璃由の言葉に頷いて、玲は視線をクランへと移す。
この場で最も幻妖や魔法についての知識を有しているであろうクランから、お墨付きを貰おうという腹だった。
「……これまでの幻妖の常識を覆すような話ですけれど、確かに頷ける話ではありますね…」
しばらくの沈黙の後、クランが静かにそう返答した。
「うっし! そんならリィエルと話さねぇとだな!」
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既にその剣戟は幾度繰り返されただろうか。
激しく火花。撒き散らしながら、ようやっとリィエルと鎧は、互いの剣を交えた状態で停止した。
「ふむ、剣の腕は互角…といったところか?」
ニヤリと笑いながら、リィエルが両手に力を込める。
『何を馬鹿な…。私の攻撃は君に1発も当たっていないが、君のそれは既に100を越えているだろう。私の完敗だよ』
鎧も負けじと力を込めるが、地力が違いすぎる。
少しずつ、鎧の足が地面を抉るようにして後退していく。
鎧は、内心焦っていた。
斬られれば斬られる程に実感する。
──この剣はヤバい、と。
そんな鎧の心残り内を知ってか知らずか、リィエルはさらに口を歪めて嗤う。
「ふん、それだけこの剣を喰らっても再生するのだから、全くとんでもない身体だな。だが、実に興味深かったぞ?」
『……何?』
──興味深かった? 興味深いではなく?
まるで、もう興が醒めたとでも言わんばかりの口ぶりに、鎧が僅かにピクリと反応した、その頃だった。
「ぅおーい! リィエルやーい!! 話がしたい!!」
唐突に掛けられた大声。
見れば、リィエルの肩越しに、こちらに身ぶり手振りを繰り返す玲の姿があった。
だが、だからと言って、はいそうですかとはいかない。
鍔迫り合いを続けながら、鎧はさらに両腕に力を込め、リィエルの体勢を崩そうとする。
しかし──。
「──あいわかった!」
途端、それまで鎧を押し返していた力が急激に無くなった。
鎧の持つ大剣は、鎧の込めた力のままに、傾けられた黒剣を滑り抜け、受け流される。
『うがッ──!?』
そして、思わず姿勢を崩した鎧のアーメットに、その顎下に、リィエルの足が叩き込まれた。
真上に向かって振り抜かれ、天をピタッと指して気持ちよく停止した素足。
その強烈な蹴り上げによって、鎧は再び垂直に、轟音と共にとんでもない速さで、さながらロケットの如く突き抜けていく鎧。
寧ろ、先程よりも速いかもしれなかった。
星になった鎧を他所に、リィエルはゆっくりとした動作で足を下ろすと、その翼をはためかせて玲の近くまでやって来た。
「お前もうあの鎧宇宙までぶっ飛ばしちまえよ。その方が話が早いわ!」
「流石の私でもそこまでは無理だぞ。せいぜい、中間圏辺りまでが限界だな」
軽口のつもりで言ったのに、さらっと返ってきたのはとんでもないものだった。
鎧よりもリィエルの方が、余程全身凶器に見えてきた玲だった。
「まあ、あいつも2度目だし、風属性の魔法で上手いこと上昇、落下共に速度を殺すだろうさ」
「はー、それでも、生身であんな飛行機を見下ろせる高さまでぶち上げられた奴なんて、あいつくらいだろうな…。まあ鎧を生身って呼んでいいのかはあれだけど…」
「案外そうでもなかったりするのだがな。まあそれはともかく、話とは?」
「ん、ああ…。1つ思いついたんだよ。もしかしたらだけど、あいつの剣を壊せば、ぶっ倒せるかもしれねぇ」
「剣を壊す……。それはまた、何故だ? 奴を倒すのと剣の破壊が、どう繋がる?」
「あー、細かいことは省くけど、あいつの『幻核』があるかもしれねぇって思ってさ。剣の方は修復されねぇみたいだし、もしドンピシャだったら、きっと復活もしない」
玲の言葉に、リィエルは驚いたように目を見開いて、それから悪戯っぽく口の端をつり上げた。
「そうか…お前、あの剣が怪しいと自力で気づいたのか。っはっはっは! そうかそうか、いや、大した奴だよ」
「まあ、『幻核』があるかもってのは、クランから『幻核』について聞いてからだけどな。てか、お前もあの剣が怪しいと思ってたの?」
「まあな。とは言え、私も確信を持ったのはついさっきだ。これのお陰で、面白いことがわかった」
そう言ってリィエルが差し出したのは、右手に握る一振りの直剣。
刀身に浮かぶ白いルーンが、唯一と言っていい程に、柄から鍔、刀身に至るまでが黒に染まった、細身の片刃。
人が語る北欧神話に登場する伝説の剣であるレーヴァテインを、リィエルが実際に再現しようとして、鍛冶神ヘパイストスに打たせたものである。
「さっき説明した通り、この剣で付けた傷からは、その傷を治すまで、傷口から魔力が無理矢理外に放出される。だが、にもかかわらず、この剣で斬り付けてもまるで魔力が減っている印象が無くてな。試しに神眼を使って見てみたら、あの鎧の魔力が消費される度に、それを補うようにして、奴の握る剣から魔力が流れ込んでいたのだ。あいつどうやら、剣を介して空気中の魔力を吸収出来るようだ」
「空気中の魔力を!? そんな馬鹿な…。そんなこと、神王様でも魔王様でも不可能な芸当ですよ!?」
「仕方なかろう。実際、目の前に実例があるのだから。『あり得ない』の大安売りのような奴だよ、あれは」
クランの反論に、リィエルはそう言って頬を膨らませた。
クランの意図とは別に、その発言はリィエルの神眼を訝しむものであったためだ。
すぐにそれに気づいたクランが、申し訳なさそうな顔をするが、クランが言葉を口にするより早く、リィエルは指を鳴らした。
途端、玲を包んでいた結界が霧散する。
「『幻核』の有無は別にしても、あの剣が奴にとって大事なものであることは確かだろう。うむ、試す価値はある。このまま私がやっても良いのだが、元はと言えば、お前の妹を助けるところから始まったのだしな。玲、お前が気づいたのだ、お前がやってみろ。そら」
「は?」
思わぬリィエルの言葉に驚いた玲だったが、その表情は次の瞬間、さらに凍り付いた。
何せ、剣が自分に向かって飛んできていたのだから。
「うおっ!?」
ポイと投げて寄越された漆黒の直剣。そう、リィエルが玲に向かって、抜き身の剣を放り投げて来たのだ。
あわや刃に肉を削がれそうになりながら、玲は何とか剣の柄を握ることに成功した。
「あああ危ねぇだろうがっ!! 何てことしやがんだよ!!」
「──貸してやる。文字通り、神が鍛えた魔剣だ」
「聞けよ! てか、この剣持ってて大丈夫なのか? ……じゃなくて! オレじゃあいつに対抗出来ねぇじゃんよ! リィエル、お前も見てたじゃねぇか!」
「わかっている。ギャーギャー喚くな。今回はお前1人でやらせようという訳ではない」
そう言って、リィエルは右手を握り、人差し指だけを立てた。
「『守護天魔』を従えた者の戦闘方法は、大きく分けて3つある、と前に説明したな? その1つ目が、今の私やクランのように、『天魔具現』──つまり、『守護天魔』を具現化しての共闘だ」
そして、と続けて、下ろしていた中指を持ち上げるリィエル。
「今回やるのは、3つの内の2つ目。名を『天魔武幻』という」
「『天魔武幻』?」
「うむ。『守護天魔』と契約した者は、『守護天魔』から、何らかの武器や道具を貸し与えられる。その武器を下地にして、『守護天魔』の力を武器に固めて戦うというものだ」
「あー、ってぇと、『守護天魔』と武器を合体させるって感じか?」
「うむ。イメージしづらかったら、O.S.のようなものだと考えておけ」
「リィエルは阿弥陀丸ってことか」
「『ウンコ mp3』で検索しても出てこないでござる!」
「おい、中の人は一緒だけど、その"ござる"は監獄に捕まってる方だろ」
「まあネタはこの辺にして。これの利点は幾つかあるが、何よりも『天魔具現』よりも魔力消費が少ないということ、『守護天魔』の能力の幾分かを体現出来ること、そして下地の武器と『守護天魔』の性能を掛け合わせたとんでも武器を創り出すことが出来る、ということが大きいな」
「何それ、無敵じゃん」
玲の手には、鍛冶神ヘパイストスが打った魔剣。そして、掛け合わせる『守護天魔』は、リィエル・エミリオール。
やるまでもなく、とんでもない武器が生まれそうだった。
「とは言え、私もやったことがないのだがな。聞いたところによると、完成する武器は、下地の武器、そして契約者と『守護天魔』の幻想の影響を受けるらしい」
「あ、そっか。お前を召喚したのって、オレが初めてか」
「そういうことだ。まあ、モノは試しだ。『天魔武幻』中なら、恐らく私側の『魔力門』から、お前の腐る程ある魔力を引き出せる筈だ。玲、私を使って、お前の手でこの戦いの幕を引いてみせろ」




