20 類は友を呼ぶ! 紅蓮を愛する変態!
『もういいのかね?』
もう一度、全身鎧が、そのアーメットの口元をガショガショと鳴らしながら喋る。
こんな真夜中に全身鎧が立ち上がって独りでに動いているという時点でも中々にホラーな光景なのだが、その鎧が喋りかけてくるともなると、最早恐怖を通り越して滑稽にすら思えてくる。
しかし、何よりも気になるのは──。
(なんかめっちゃいい声なんだけどッ!!)
鎧から響いてくる声は、低音でいてしかし威圧的ではなく、渋さの中にも男らしい色気を感じさせるものだった。
15歳という年齢を考えても、男にしては高めの声色の玲からすれば、羨ましいことこの上ない。
まして、今や女の子の身体になって、完全に少女の声色となった玲にとっては、まさしく垂涎物だった。
「えと……待っててくれたんすね…。わざわざどうも…」
『いや、単に君が余りにも無防備過ぎて、攻撃する気が失せただけの話だよ。先程の話から察するに、君は『幻想魔導士』ですらないただの小娘の筈だろう。それが随分と悠長なものだと、半ば呆れていたという訳だよ』
「……さいですか」
一理どころか、完全に鎧の言うとおりだった。
余程の実力者というならまだしも、玲は完全なド素人である。
それが、人に仇為す幻妖を前にして、その幻妖に背中を向けたまま一喜一憂したりと、舐めているのか状況を理解できていないのか──何れにしても、怒りを通り越して呆れ果てるにはお釣りが来る状況であった。
唯一鎧の言ったことに異を唱えられる部分があるとすれば、それは玲が小娘であるというところだけだ。
『で、その素人の小娘が、逃げずに私と戦うというのかね?』
「まあ、逃げたいのは山々なんだけど、相棒が許してくれなそうだからな……。オレとしても妹に手ぇ出してくる奴を放ってもおけねぇし…」
『妹……。そうか、あの見事な赤髪の少女は、君の妹だったのか。いやはや、それは悪いことをしたな。私は赤い髪の女性には目がないのでね。美しい赤髪を見掛けたら、その髪を蒐集せずにはいられないのだよ。赤と言っても色々あるがね、私はワインのような赤から夕焼けのようなそれ、そして血のような紅蓮まで、とにかく赤い髪を愛してやまんのだよ。そんな折にそこの少女を見つけたものだから、是非ともその髪を手に入れたいと思ってしまってね。ただ、思いの外追い掛けるといい反応をしてくれるものだから、変に熱が入って長々と追いかけっこに興じてしまった。しかしそれほどに、今思い返しても…あの闇夜に揺れる長い2つ結びの赤髪は魅力的だった…。いい妹さんではないかね』
「ひぃっ!?」
感慨深げにそう言いながら、ギョロンと、闇に浮かぶように妖しく光る黄色い双眸が、玲の背後の奏に向けられた。
まるでニタァっという擬音が聞こえてきそうなその眼光に、奏が小さく悲鳴をあげる。
記憶が甦ったのだ。ここに来るまでの間、夜道をひたすら追われ続けた記憶が。
それは、想像を絶する恐怖だった。
何せ、激しい金属音をあげながら、どう見ても中身の無いだろう全身鎧が、アスリート走りで猛然と追い掛けて来たのだから。
それも、時には「ハァハァ」と息を切らせながら、そしてまたある時は「ぐふふ…」とか「ぐわははは!」なんて気色の悪い笑い声まであげて、である。
ホラー映画のような恐怖と、変質者の脅威を一身に浴びた際の恐怖。
方向性の違う2つの恐怖は、お互いを高め合うようにして、奏の心を酷く怯えさせた。
だが、そんな鎧の視線を遮るように、玲が立ち位置を変えて奏と鎧の視線を裂く。
「妹の髪が綺麗ってのにゃ同感だ。追い掛けたくなるのもまあわかる。けど、それと実際に追い掛けていいかは別問題だ。オレがいる限り、奏にゃ絶対に手ぇ出させねぇぜ!」
キッと鎧を睨み付け、そう宣言する玲。
カッコいいことを言っているようにも思えるが、それは玲が普通の人だった場合だ。行き過ぎた妹愛に溢れるアブノーマルな玲の場合、その実体はこうである。
──だよね綺麗だよね! うんうんそうだよな、まあ、追い掛けたくなるのもよぉくわかる、わかるよ! オレだってそうよ! でも、奏の髪を触るのも追い掛けるのも、オレ以外の男には許さねぇ!
微塵もカッコよくなどない。寧ろ気持ち悪い。
そんな玲の心の叫びを知らない全身鎧は、しかし首を軽く左右に振ると、その視線を奏から玲へと移した。
『安心するといい。私は最早、君の妹には手を出すつもりはないよ』
「あ? そりゃどういった心境の変化で…?」
『なに……簡単な話だよ』
言葉と共に、その巨大な両手剣が地面から引き抜かれる。
闇夜に煌めく鋼色のそれは、改めて見るととんでもない大きさだった。
どこぞのファンタジーゲームを彷彿とさせる、無駄に大きな幅広の両刃剣。
そんな大剣を、全身鎧は軽々と片手で引き抜いて見せる。
砂埃を巻き上げながら上向きに持ち上がっていく剣先が、ピタリと玲を真っ直ぐに差したところで停止する。
そして──。
『──もっと極上の獲物を見つけたのだからね…』
「えっ……」
『君だよ君。君のそれはとても素晴らしい赤髪だ! 夜闇の中でもはっきりとわかる、その炎のような赤い髪! 長く、そして実に美しく瑞々しい髪だ…! 君の妹も大変素晴らしかったが、いやそれでも君には及ぶまい…。加えてその白い肌、強気な蒼い瞳! 悪戯っ子のようなちょっと勝ち気なその表情も堪らない!! そして、豊満な胸! ああいや別に私は巨乳好きという訳ではないんだがそれでも君の胸には首ったけだッ! 嗚呼! こんな絶世の美少女がこの世に存在しようとはッ!! 二兎追うものは一兎をも得ず! 妹さんのことはすっぱりスッキリ諦めて、君を狙うことにするよ! だから先程逃げないのかと訊いたが、勿論逃がす気は毛頭無い! 安心したまえ君はあまり傷つけずに殺すよ特に顔と髪には絶対に傷をつけないと約束しよう!!』
(うわぁあぁああこいつとんでもねぇ変態だぁあぁああああっ!!)
ハァハァと荒い息をあげながら、捲し立てるようにそう叫ぶ全身鎧。どこからどう見ても変態だ。紳士の皮を被った変態だった。ああいや、変態という名の紳士であった。
その余りに気持ち悪い、舐め回すかのような視線に晒され、思わず玲の背筋を冷たいものが走った。
女の人が男に下卑た目で見られた時ってこんな感じなのかと、そんなわかりたくもないことを悟る玲。
『勿論逃げてくれても構わないよ私は! 君を追い掛けるのもまた心踊りそうだ! さあどうする!!』
「ばばばば馬鹿野郎ッ!! だだだだだだ誰が逃げ逃げにに逃げ逃げるかぁッ!!」
あまりに気持ちの悪い全身鎧の言葉に、その目線に、上擦った声になりながらそう答える玲。
……自分もどうしようもない、気持ちの悪いシスコンであるということは、彼の頭には存在しない。
「わわわわたわわわたしたち、正義のためにたた戦います! たたたとえそれがいぃ命をかける戦いであっても! わたしたちは一歩も引きません! そそれそそれが帝国華撃団なのですッ!!」
「どもりながらもネタに走るとは……。だが玲よ、お前1人の癖に何が”団”だ。第一そんな上等な台詞は、見た目だけでなく、最低限『心まで鋼鉄に武装する乙女』になってから言え」
「お前ホントに色々詳しいな! どうなってんだよ魔界と天界はよぉ!! てかリィエルさん!? この幻妖すげぇ強そうなんだけど!? あんな馬鹿デカイ剣を軽々持ち上げてるんですけど!? ねぇリィエルさん! ホントに大丈夫なのオレッ!?」
今度こそ顔の向きは変えなかったが、それでも背後の椅子でふんぞり反っているリィエルに意識をやりながら早口にそう問いかける玲。
ネタに付き合ってくれるなら、手伝ってくれてもいいのではないだろうか。
「幻妖とて魔力を使うのだから、それくらい当たり前だろう。お前だって、先程その鎧をぶん殴って吹っ飛ばしただろうが。魔力の基本は、身体能力の大幅な向上だ」
「な、なるほど…」
「さっきそいつを殴ったときの感覚を思い出せ。『魔力門』を開いている状態ならば、魔力はその持ち主の意志に呼応する。そして、魔力を扱う上で大事なのは、とにもかくにもイメージだ。どんな魔法を放ちたいのか、どういう効果があるのか、そういった具体的なビジョンがあるほどに、放つ魔法は明確なものとなる。玲よ、お前があいつをぶっ飛ばしたいと思っているのなら、きっと魔力はそれに応えてくれる。だから四の五の言わずに、とりあえず回復出来ないくらいデカいのをぶっ放せばよいのだ。お前の魔力量なら、上手くやればその一撃で決まるかもしれんぞ? あれこれ悩む前に思いきりやってみろ」
何だかんだ言いつつ、ちゃんとアドバイスはしてくれるようだった。
──とは言え。
(ぶっ放すったってどうすりゃいいんだよ…! えーっと…あんな物騒なものを持った奴にゃ近づきたくねぇし、あいつに近づかなくて済むってぇと……遠距離攻撃…。しかも、一撃!? ぬぅぅ…イメージ…イメージ……。漫画とかアニメとかの技が想像しやすいし、手っ取り早いよな!? ……何だ、あれか!? リリカルな魔法少女よろしく収束魔力砲……ああ、ダメだオレには杖が…『魔導師の杖』がねぇ!!)
余計なことに拘って、上手いこと思い至らない玲。
素手で魔力のようなものを発射する遠距離攻撃をする作品など、それこそ腐るほどあるだろうに。かかめはめ波とかスペシウム光線とかPMSとか、本当に色々あるだろうに。
──PMSは、1人では出来ないが。
と、その時玲に電流走る。
(……待てよ…。ある。あるじゃねぇか…! 一度はやってみたかった、素手でのドデカい1発が! みんな大好き某RPGから派生したあの漫画の、あの大技が!!)
思い至った。そうだ、素手で、大量の魔力を消費して、かつ『絶対防御不能』と称される大技が、あの作品にある。古き良き少年達の心を掴んで放さない、あの大技が。
思い至ったら、即実行。それが玲のモットーである。というより、あれこれ悩む前に身体が動く、というのが正しいのだが、とにかく玲は動き出した。
両手を天高く突き出し、その手を組んだ状態で仁王立ち。
その不可思議かつあまりに隙だらけな様子に、逆に不信感を覚えて『む…?』と声をあげる全身鎧。
(頼む魔力~! 両手に集まってくれッ!)
刹那、玲は内から沸き上がるものを感じた。いや、正確にはあの鎧を殴り飛ばした時からずっと感じていた。ただ、それがあまりに自然だったから、意識から抜けていただけだ。
そう、魔力はずっと、玲の内から沸き出していた。それが、玲の求めに応じて、組んだ両手に集まっていく。
焼けるようでいて、しかし不快ではない、そんな圧倒的な熱量を孕んだ青白い光が、玲の両拳を中心にして、球状に膨らんでいく。
魔力の収束と圧縮──。それ自体は珍しいものではない。『幻想魔導士』ともなれば、そんなものは皆やってくる。寧ろ、魔力を用いた戦術の基本とも呼ぶべき代物だ。
だから、それ自体はごく普通の光景。魔力量という一点を除けば。
(な、何だこの馬鹿げた魔力の量は…! これが本当に素人のものだというのか…!)
ガシャリ、と金属が土を蹴る音が鳴る。それが、自身の足が僅かに後退したが故に響いたものであることに、ようやく全身鎧は気がついた。
そして、その頃には玲の両拳に宿った魔力は、凄まじいまでの量になっていた。
並みの『幻想魔導士』ならば一撃放つだけで枯渇しかねない、恐ろしいまでの大量の魔力。それが、放たれる瞬間を今か今かと望むかのように、荒々しく光をあげている。
感覚的に、これ以上はヤバイと悟った玲は、その天に掲げた両拳を、真っ直ぐに下ろして鎧に向ける。
右手を上に、左手を下に。
そして──。
「喰らえぃ…! 竜闘気砲呪文ッ!!」




