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18 ブラコンとシスコン! ちょっと行き過ぎな兄妹愛!

 未だガミガミと文句を垂れ続ける玲とリィエル。そして、そのお説教の餌食となる奏。

 しゅんと項垂れていた彼女だったが、ふとあることに気がついた。


「ねぇ、お兄ちゃん……。あ、いや、お姉…ちゃん……?」


「お兄ちゃんでいいよ!! お兄ちゃん()いいよ!! 何だよこれ!! 妹の前で女体化した上に助けた妹に『お姉ちゃん』って呼ばれるとかどんなプレイだよ!! そんなオプションいらねぇよ!!」


「あー、えっと……。お兄ちゃん…」


「……何だよ。こんな姿に成り果てたお兄ちゃんに、お前はどんなとどめの言葉を投げて寄越すんだ…?」


「えっと…そのなんか魔法陣とか角とか翼とか紋様とか尻尾とかすんごい高そうなドレスとか、『思い付く限りの設定を乗せちゃいました! てへ!』な感じのその人って…」


 奏の視線が、腕を組んで頬を膨らましたリィエルに注がれる。



 蒼い焔を纏った、朝露に煌めくような瑞々しい金色のサイドテール。

 その鮮やかな金髪を掻き分けるように飛び出した、2本のそれはそれは大層で雄々しい角。

 そして、その頭上には魔法陣の輪。


 右目は深紅、左目は新緑。魔眼に神眼である。


 初雪のように白く美しい肌。

 そして、その鮮やかさを際立たせるような、豪奢な黒いドレス。大きく開いた肩から背中。

 その背面には、これでもかと言わんばかりに主張する、3対の紅蓮に染まった柔らかそうな翼。


 さっきからその不機嫌さを表すように忙しなく動いている、先端がスペード型になった細長い尻尾。


 最後に、その右手の甲から腕に掛けて伸びる、翼の紋様を含め9画の魔族紋。



 どこから突っ込んだものか──。

 まさしく奏の言うように、思い付く限りの設定を上乗せしたようなその少女に一瞥をくれながら、少女のそれと左右対照に纏められたサイドテールを弄びつつ返答する。


「ああ、うん。オレの『守護天魔(ヴァルキュリア)』。喚び出せちゃったんだぜ。リィエル・エミリオールってんだけど…知ってる?」


 意外と長い髪を弄るのって癖になるな、なんて思っていた玲だが、妹の反応はつい先程見た校長──ハゲ鷹を思わせるものであった。



「……す、すすすす、すみませんでしたぁあああ!!」


 ──土下座である。


(リリリ、リィエル・エミリオール!? リィエル・エミリオールッ!? 神王ヴァイス様と、魔王エデルミリア様の娘さんの、あの!? うわぁああどうしようどうしよう!!)



 こことは別の公園にてリィエルと契約を交わした際に玲が行ったそれと比べても遜色無い、見事なまでの土下座であった。


 そっぽを向くリィエルの前に素早く回り込むように、まるでセカンドベースを狙うスチールのような見事なスライディングからの、流れるような土下座。



 不機嫌そうに眉をしかめていたリィエルだったが、そのあまりの情けない姿に、思わずため息を漏らした。


「兄妹揃って土下座か……。玲の穴掘り土下座もあれだったが、お前もお前で大概だな…」


 兄が兄なら、妹もまた妹である。

 何故兄妹揃って、リィエルの事がわかるなり土下座をするのか。


 ──いや、まあ土下座して然るべき理由があるのだから、仕方がないとも言えるが。


 何せ、危うく天界と魔界の王の愛娘が、コンポタと融合してこの世から消えてなくなってしまうところだったのだ。


 そして、そうなった要因──つまり、玲が召喚を途中でやめてしまった原因は、奏が腐らせた牛乳だった訳である。


 言ってしまえば、奏のせいで、リィエル・エミリオールは死にかけた、ということだ。悪い方に言い方を変えれば、奏がリィエルを殺しかけたようなものだった。



 ──どう控えめに見積もっても、土下座以外の体勢が見当たらない。



 奏は内心いつ処刑とか処罰とか、そんな物騒な言葉が聞こえてくるかと、土に頭を付けたまま涙で顔をぐちゃぐちゃにしていた。


 しかし、リィエルはそんな奏に特に言及する訳でもなく、その矛先を玲へと向ける。


「というか、腐った牛乳など飲んだ瞬間わかるだろう? お前……よく飲んだな……」


 リィエルは、寧ろ奏には感心しているくらいだった。


 牛乳を傷ませる方法など幾らでもあるだろう。

 至極簡単なものとしても、賞味期限がかなり超過したやつを用意するだけで事足りるが、さあ腐った牛乳は用意出来たとしても、それを相手に飲ませるというのは、中々どうしてハードルの高いものがある。


 口を付ければ嫌でもわかるのだ。

 あれだけの腹の壊し様──最早酸っぱい等という表現が生易しくなるような、そんなおぞましき味だったに違いない。


 いや、付ける以前に色とか臭いでも判別が付きそうだ。



 だが、事実玲が腹を壊したということは、奏は玲にそれを飲ませたということだ。

 その手腕は、まさに見事と言って差し支えないだろう。



 どうやって飲ませたのか。死にかけたことよりも、そちらの方が気になるリィエル。

 だから、この問い掛けは玲へのものではあるが、その実態は奏の手腕を推し測るためのものだった。



 ──そう、ものだった(・・・)



「おいおい、リィエル…。オレを馬鹿にするのも大概にしろよ。『俺の妹はこんなに可愛いわけである』──略して『俺妹(おれいも)』と呼称するが、つまりはそんな『俺妹(おれいも)』と声を大にして言いたい自慢の妹が、お兄ちゃんのために朝イチの牛乳をコップに注いで微笑んでくれてた訳だぜ? どうしてそれを飲まないなんていう悲しい選択肢があるのか! いいや、あってはならない!! 少なくともオレは許さない!! 確かに妹萌えというものは、全盛期に比べれば下火になったかもしれない! だが、未だ妹萌えは存在するんだ! 大事に扱われているんだ!! それはつまり! 現実の妹というのは、そういった幻想等入る余地もない程に、まるで腐った卵でも見るように見下してくるから、せめて空想の中でだけは妹とキャッキャうふふしたいという『エデンの戦士達』の束の間の夢なんだ!! さあ話は戻ってくるぞ? ならその空想上の存在である筈の可愛い妹(・・・・)が仮に現実にいたとしたら、その妹が満面の笑みで差し出してくれた牛乳を飲み干さないなんて道が、果たしてあろうものか! あるわけないだろうが!! たとえちょっとあり得ないような臭いがしても! たとえ口に含んだ瞬間に身体が拒絶反応を起こしてるんじゃねぇかってくらいの吐き気を感じたとしても! それでもケロッと飲み干してみせるのが、お兄ちゃんだろう!? 違うか!?」


「お……おおぅ……。お前が極度のシスコンだということは、よくわかった…」



 ──前言撤回。手腕もへったくれも無かった。全ては玲のせいだった。


 腐った牛乳を満面の笑みで差し出す妹。そしてそれを飲み干してケロッと笑ってみせる兄。

 そんな光景を想像して、リィエルは頭痛を覚える。



 というか、待て……ちょっと待て…。


(ということは、奏は最初から、玲ならきっと飲んでくれるだろうと思って、何ら工夫もせずに腐った牛乳を差し出したということか? つまり、こいつもこいつで大概なブラコンなんじゃ……)


 奏がブラコンであることは、最早疑う余地もない。

 何せ、その腐った牛乳を用意したのも、一重に兄が全寮制の学校に通えなくなるようにしたいがためなのだから。

 つまり、玲に家に居て欲しいがためなのだから。


 だから、今さら奏がブラコンであるという事実は変えようがないが……変えようがないが、それにしたって行き過ぎだろう。



 腐った牛乳でもきっと飲み干してくれる等という、ある種の確信に至るまでの、兄への敬愛。

 そして、あからさまに嫌がらせにしか思えないゲテモノを平気な顔で飲み干してみせるまでの、妹への親愛。


 こんな気持ちの悪い兄妹、見るのも聞くのも初めてだった。



(……え、私はこれから…このバカップルのような兄妹と友好を温めていかねばならんのか…?)


 末恐ろしい話だった。

 そして、そんなリィエルに、更なる爆撃投下が行われる。



「流石お兄ちゃん! 伊達に妹モノの漫画とかラノベとかを特に重点的に読み漁ってるだけあるね!」


「おいおい奏……そんな当たり前の事を今さら言うなよ。現実じゃ手を出しちゃならねぇからこそ、その手のものは需要があるんだ。オレが妹モノの漫画やラノベを求めるのは寧ろ自然。必然だ! 理はある! だって、オレは妹を愛している!!」


「くぅ~~! あたしその言葉だけで、一晩で法隆寺建てられちゃうよ!」


「オレもだ奏! お前の部屋に呼ばれた時にチラッと見えた漫画が殆ど兄妹モノだったのを見たときは、涙を禁じ得なかったぜ!」


「やだもーお兄ちゃんったら恥ずかしいなぁ!」


 いつの間にか土下座を止め、兄の前で頬を染めてくねくねする奏。そして、そんな奏の頭を撫でてドヤ顔をしている玲。



 ──殴りたい、この兄妹。



 リィエルのそんな願いが通じたのか、それとも否か。

 突如として大きな水柱が上がる。それは、つい先ほど玲が殴り飛ばした幻妖が落ちた池からであった。


 高く舞い上がった水が、一挙に落ちてきて、水面を荒々しく掻き混ぜる。そして、水飛沫が収まった頃、水面には、果たして1つの影が存在していた。


 池の水の上に直立する、朧気な黒い光に包まれた全身鎧(フルプレートアーマー)。そのアーメットから覗く黄色い眼が、よくもやってくれやがったな、とばかりにギョロギョロと忙しなく動き回っている。


 まず間違いなく、横槍を入れた輩を捜している様子だった。



 全身鎧(フルプレートアーマー)のちょうど右横腹に当たる部分は、確かに大きく凹んでいたが、それだけだった。


「うっそだろ……。ぜってぇ倒したって思ったのに…」


 驚愕に顔を歪めながら、玲が奏を庇うようにして前に躍り出る。

 慌てる玲に対して、リィエルは冷静だった。


「見たままだろうが、あれの強さの一端は、その頑強さだろう。見たところ、陥没こそすれども、穴どころか亀裂すら入っていないようだな…」


「この暗がりでよく見えんな…」


「私の眼は神眼にして魔眼。それくらいは容易い。そんなことより、どうやら厄介な相手のようだぞ?」


「厄介…?」


 リィエルの言葉に顔をしかめた玲だったが、直ぐ様その言葉の意味を理解する。


 忙しく動いていた黄色の眼は、しかと玲に向けられ、全身鎧(フルプレートアーマー)は金属音を立てながら、玲達に向かってゆっくりと歩み寄ってくる。


 距離が近づいたことで、玲の目にもハッキリと見えた。

 鎧の凹みが、まるで時間を巻き戻すかのように元の形に戻っていく様子が。


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