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16 幻妖強襲! 妹の危機

「助けてお兄ちゃんっ!!」


「はぁ!? どうした!?」


 やけに荒い呼吸が聞こえてくる。走っているのだろう。風の音らしきノイズが酷かった。


「幻妖がっ! きゃあっ…!!」


 その悲鳴の直後、バキッと向こうの端末が何かにぶつかったような音を立てて、通話が切れてしまった。


「えっ!? おい、(かなで)! 奏!?」


 ツーツー、と無情な響きを伝えるスマホにそう声を荒げるが、当たり前だがそれ以上の反応が返ってくる筈もなかった。



「どうしたの、玲くん?」


 スマホを耳に当てるなり深刻な表情になった玲を見た璃由が、心配そうに玲を見て尋ねてくる。


「……妹が、幻妖に襲われてる…みたいだ」


「えっ…!?」


 今日に至って、幻妖が現れ、人間を襲うというのは、さして珍しい事態ではない。

 だが、通常は『幻想魔導士』によって、人的被害が及ぶ前に対処されることが殆どだ。


 なら、何故──。



「……余程強い奴が現れたか……或いは……。恐らく前者だろう」


 リィエルが、酷く真面目な表情でそう告げる。

 その言葉は、つまり『幻想魔導士』を突破して来た、ということを示していた。


(でも、何で奏が……!)


 そんな玲の考えを見透かしたように、リィエルが回答する。


「私を召喚するような奴の妹だろうに。如何に魔力封じのアイテムを身に付けていようと、危険性で言えば他とは段違いだろう」


「ぐっ……そっか。そうだわな…」


 考えるまでもない話であった。兄がそうなら、妹にもそれだけの素質があっても何ら不思議はない。

 どころか、寧ろ自然。当たり前にすら思える。



 どうする。『幻想魔導士』を討ち倒してまで妹を付け狙うような幻妖だ。まず、間違いなく強いのだろう。


 ともすれば、他の『幻想魔導士』が助けに来るまで、奏が持つかどうか…。



「くそ…! こんな時間じゃ、電車は動いてねぇし、タクシー拾ってぶっ飛ばしてもらっても、家の方までは1時間近く掛かる…!」


「玲くん、まさか助けに行くつもりなの!? 無茶よ! 私達、まだ『守護天魔(ヴァルキュリア)』がついただけで、魔法だって使えないのよ!?」


「けど…! 妹が危ないんだ! 例え間に合わなくとも、動かないでいるなんて出来ねぇよ!」


「──ふむ、その意気や善し。では玲、行くとしようか。安心しろ、私がいる」


 その言葉と共に、リィエルの背中の紅蓮の翼がバッと広がる。



「私なら、車などより余程速く、お前を妹の元まで連れていける」


「……サンキュー、リィエル。お願い出来るか?」


「私はお前の『守護天魔(ヴァルキュリア)』だぞ? 愚問だろう。それより、その妹の写真などはないか?」


「あるけど…何に使うんだ?」


 言いながらも、スマホを操作し、妹が写った画像の1つを表示してリィエルに見せる。

 それを見て、可愛らしい娘だな、と微笑んで、次の瞬間、リィエルの左目──その新緑の瞳が光を灯した。



「私の左目は神眼だ。右目同様、幾つかの能力がある。そして、今から使うのは『千里眼』。この眼は私が認識した対象がどこにいるのかを知ることが出来るものだ。流石にここから沖縄までとかになると探れんが、車で1、2時間程度の距離なら雑作も無い」


「じゃあ、その眼なら…!」


「ああ。……見つけた。安心しろ、まだ無事なようだ。だが、急いだ方がいいな。玲、ベランダに出るぞ!」


「りょーかい! あ、璃由! 窓の鍵だけ開けっぱなしで頼むー!」


「あ、ちょっと! 玲くんってば!」


 制止の声も聞かず、玲はリィエルと共に部屋を後にした。ベランダがあるのはリビングだ。

 恐らく、そこから飛んでいくつもりなのだろう。



「大丈夫ですよ、璃由」


「クラン……でも」


 不安げに瞳を揺らす璃由の肩に手を置いて、純白の2対の翼を持つ天使は、優しく言った。


「心配せずとも、あのお方がついていますから。大事には至りませんよ」


 そう励ますクランの瞳を覗き込んで、璃由は言った。


「それはそうなんだろうけど……。玲くん、『魔力門(ゲート)』を移植したばかりでしょう? 大丈夫かなぁって……」


「あっ……」



 ──そうだった。


 何だかんだで、あの2人組がよくわからないネタに走っていたせいですっかり頭から抜けてしまっていたが、そうだ、そうだった──!



「だだだだ、大丈夫ですよ璃由!」


「……本当に?」


 宝石のような紫水晶の瞳が、ジーっとクランを見つめてくる。そのあまりの透き通った視線が、今は痛かった。


「……恐らく。…多分…。きっと……」


 徐々に弱まるそれは、最終的には希望的なものへと変貌していた。


「……追い掛けましょう! クランも私を運んで飛べる?」


「……わかりました。私も心配ですし。ええ、大丈夫ですよ。行きましょう!」





 ********************


「うぎゃぁああああああぁあああああああああっ!!!」


 リィエルに背中から抱き付かれた格好の玲は、有らん限りの声で悲鳴をあげていた。


 よく「高速道路を走っている時に窓の外に手を出すとおっぱいの感触が」云々と言われているが、そんなものを検証する余裕などなかった。



 速い──。あまりに速い。速すぎて、眼下の景色がまるでわからない。


 悪目立ちしないようにと、かなりの高高度を飛行しながらも、リィエルが魔法で風の膜を作ってくれているお陰で、呼吸も出来るし圧力も受けていないのだが、それでも速すぎてそんなことを考える余裕は無かった。


 だって、もしうっかりリィエルが手を放したりしたら、この時速何キロ出ているかもわからない加速を受けたまま、玲は空に放り出されてしまうのだから。



 生身の人間がそんな目に遭えば、確実に死ぬ。叩きつけられたトマトのように、真っ赤な水溜まりになる。

 いや、水溜まりすら出来ないだろう。このリニアモーターカーも真っ青な速度では、激突した瞬間に四散すこと必至だ。



「む、あそこだ! 降りるぞ!」


「あばばばばばばばばばばばッ!!」


 それまでの横方向への移動から一転、今度はほぼ真下に向かっての垂直落下。それも、頭から。


 秒単位なんて話じゃなく、それこそミリ秒、マイクロ秒単位でぐんぐんと眼下の光景が迫ってくるというその様子は、軽く言って地獄と表現しても差し支えないだろう。



 そして、あわや地面に直撃というところで、リィエルがくるんと1回転。そして、翼をはためかせて勢いを殺して、見事に着地した。


「し……死ぬぅ…。マジ……死ぬ…」


 解放された玲は──生まれたての小鹿のように、足腰をプルプルさせていた。


「なんだ、だらしない。しゃんとせんか」


「うぐぅ……吐かなかっただけでも偉いと思わない?」


「私の主になったのだから、これくらいはけろっと耐えられるようになってもらわんとな」


「……お先真っ暗や……」



 ようやっとそんなやり取りが出来るくらいにまで回復した玲。

 普通に考えれば、この時点でも大したものではあるのだが、ついた『守護天魔(ヴァルキュリア)』が凄まじすぎた。


 いい鉄砲は撃ち手を選ぶとは、よく言ったものである。



 落ち着いたところで辺りを見回す玲。どうやら、ここは公園のようだ。見覚えがある。

 玲の家からそれなりに距離はあるが、アンデルセンな公園である。


 今いる場所は、そんな公園の名物スポットの1つ──風車の近くのようだった。



「そんなことより、そら」


「あん?」


 そうしてリィエルが指を指した先──そこには確かに化け物がいた。


 夜闇の中でもわかる、朧気な黒い光に身を包まれたその姿は、全身鎧(フルプレートアーマー)だった。


 アーメットから覗く、2つの黄色い光の玉は、目だろうか。


 とても人のものとは思えない、おぞましい唸り声をあげながら、眼前の獲物を見下ろす格好。


 幻妖は、決まってあのような朧気な黒い光を纏っている。

 間違いない、あの全身鎧(フルプレートアーマー)こそが、妹を襲う幻妖であろう。



 その全身鎧(フルプレートアーマー)は、大剣を握りしめ、既にそれを振り下ろさんとしていた。

 そして、その剣が描くだろう軌跡に、果たしてその人物がいた。



 尻餅をついて、今にも泣き出しそうな、そんな恐怖で歪んだ表情。

 見間違う筈もない──玲の妹の奏であった。



 妹に迫る魔の手に咄嗟に動き出そうとするも、今の玲には何の力もない。

 だから、玲はすぐにリィエルに指示を仰いだ。


「リィエル! どうすればいい!?」


「細かい説明をしている暇はないから掻い摘まむぞ! 幸い、まだ移植した『魔力門(ゲート)』が完全に馴染んでいないからか、私の制御下にある! 今からそれを開く! それで魔力が扱えるようになる! 後は──」


「わかった!」


 それだけ聞いて、玲は駆け出していた。

 どうやれば魔力を使えるのかとか、そんなことすら訊こうともせずに。


 どんな魔法を使えばいいのかも、知らないままに。

 ただただ、妹を救うために、そのためだけに玲は──走った。



 だが、悲しいかな、既に剣はその上段斬りの軌跡を描き始めていた。



「いやぁぁあああぁあああ!!」



(──くそ、間に合わない!)

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