15 移植完了! もう埋め込んじゃった
素朴な璃由の質問に、リィエルが血で汚れた口元をティッシュで拭いながらやや嘆息気味に回答する。
「璃由よ、こいつには『魔力門』が1つも無い、ということは知っているか?」
「えっ!? リィエルちゃんを召喚出来たのに!?」
「そうなのだ…。つまりこいつはどうあっても魔法が使えない。如何に退学を阻止したところで、へっぽこには変わり無い訳だな」
「……というか、いるのね……今時『魔力門』が無い人って…。『守護天魔』を喚べないような人でもあるのが普通なんだけど…」
「そこは私も疑問に思っていてな…。本来あり得ないと思うのだが…」
驚きに目を見張る璃由と、そんな璃由に玲のへっぽこさを説明するリィエル。それを傍目に、玲は思っていた。
(やっぱみんな、『魔力門』とか色々知ってるものなんだなー)
璃由の反応を考えるに、やはり入学前にもそれなりに魔法についての知識は、皆有しているようだった。
はー、みんな勉強熱心だなぁ、なんて考えた玲だったが、そんな玲に、何とも言えない視線が注がれた。
「「……」」
「……え、あれ。璃由さん、リィエルさん。どないしましてん? また声に出てた?」
「えーっと……うん、それもあるけど…。ちょっと呆れちゃって……」
「玲よ、これが普通なんだ。魔法なんて力が身近になったのだから、その程度知っていて当たり前なんだ。縦しんばそうでなくとも、仮にも天魔省が運営するこの第6を含む高等学校の入学案内が来た時点で、少しは調べるだろうに…」
「……言い返す言葉がないっす…」
そう、普通ならそうだ。魔法を習う学校など、普通に考えれば垂涎ものだ。
そこからの入学案内が来たら、それは適性があると国から認められたということなのだから、自ずと自分の魔法の適性についてあれこれ考えて、時には妄想したりしながら、多少のことは調べるだろう。
ところが、この赤月 玲は違う。
入学案内の通知を見て、
「お、試験受けなくていいとかラッキー!」
などというテキトーさで入学を決め、直ぐ様必要書類以外はシュレッダーに掛けてしまった。
そして、魔法などを学ぶことが出来ると知っても、
「まあ細けぇことは入ってからわかるっしょ! 今は中3の冬を堪能するぜぃ!!」
とかなんとかで、結局殆ど無知識でやって来たのだった。
そんなふざけた奴がリィエル・エミリオールなどというとんでもない『守護天魔』を召喚したというのだ。
まあ極普通の生徒は勿論、必死になって魔法を習得している者とか、あまり召喚適性が良くないために、下級の『守護天魔』しか召喚出来なかった者からすれば、憎しみの対象になることは必至である。
その認識がないという、あまりの頭のめでたさに、2人は呆れ返っていたのだった。
「ともかくな、そんなへっぽこがこの先もやっていけるように、私が何とかしてやろうとしていた訳だ」
さて、そんな頭のおめでたい玲を放置して、リィエルは会話を続ける。流石の璃由も、玲へのフォローの言葉は見つからなかった。
「何とかって……まさか、『魔力門』の移植?」
「おお、流石璃由は理解がいいな! うちのへっぽこ主様とは段違いだ」
「いけません! リィエル様!! 何をお考えなのですか!!」
不意に、それまで霊体化していたクランがいきなり具現化し、リィエルに向かってかしづきながらもそう提言する。
「人間に対して、あなた様のようなお方の『魔力門』など移植したら、まず間違いなく死に至りましょう!! それでなくとも、ご自身の『魔力門』を分け与えるだなんて──」
「──だぁああったく相変わらず固っ苦しい奴だなクランは! 私がいいと言ったらいいのだ! それに、玲が死なないようにするために、わざわざ血液を吸い上げておったのだ! その血液を元に、玲に合うように『魔力門』を1本創り変えたから大丈夫だ!」
「大丈夫な保証などどこにもないでしょう!? そんな事例、聞いたことがありませんよ! 人間に『守護天魔』の『魔力門』を移植して成功した試しなんて、私は存じ上げません! その上あなた様の『魔力門』だなんて…! お止めください!! 移植するにしても、せめて私の──」
「──こいつの『守護天魔』は私だぞ! 私のをやるのが筋だろうが!」
ガミガミと言い合う『守護天魔』達の会話を聞きながら、ようやっと玲は、自分がこれからとんでもないことを行うのだということを自覚して、初めて恐怖を覚えた。
会話の中から、物騒な単語が飛んでくるのだ。
「リィエルの魔力が一挙に流れ込んでくる」だとか「爆散」だとか、「リィエルの魔力の奔流で焼き尽くされる」とか「最悪両方とも死ぬ」だとか。
(え、何、ヤバイの!? どうなっちゃうのオレ!?)
要約するとこうだった。
仮に玲に馴染むように創り変えたとしても、移植したばかりの『魔力門』が玲の身体に定着する前に、本来の持ち主に反応してしまうだろう、と。
そして、それによって、『守護天魔』契約でリンクしているリィエルの魔力が雪崩のように流れ込み、その馴染みかけの『魔力門』をぶち壊して、玲の身体を塵にしてしまう可能性が高い、と。
何せ、元の『魔力門』の持ち主が持ち主だけに、矮小な人間では耐えられないだろう、と。
おどおどとし始める玲。だが、そんな玲にとどめの一撃が放たれた。
「というかな、あれこれ言ってももう遅いわ!!」
「えっ…。まさか……!」
クランが驚愕に顔を歪めて、ワナワナと震える。
「うむ、さっき玲に血を与えるついでに、一緒に埋め込んだ。疾うに移植は済んでいる」
「ふぁっ!?」
今度は玲が驚く番だった。
リィエルとクランの会話で、『魔力門』の移植がとんでもなく危険であるということが示唆されたというのに、よりにもよって、心構えどころか、心の準備どころか、事前告知すらさらることなく既に行ったと言われたのだ。
「え、ねぇリィエルさん! 大丈夫!? ねぇ大丈夫なの!? オレまだ死にたくないよ!? 魔力が流れ込んできて焼き尽くされるとか、何その闇のゲームでモンスターと繋がった城之内みたいな状況!! 次回予告に『赤月死す』とか書かれるの嫌だぞ!!」
「私はギルフォート・ザ・ライトニングか! 半分は神なのだから、寧ろ私こそラーだろう! なんだ、デュエルスタンバイ! とでも言っておけばいいのか!」
「ホントお前アニメにも詳しいな!」
そんなツッコミを入れた辺りだった。
チャーーン、チャチャチャーチャチャチャーーーン。
「「速攻魔法発動! 『狂戦士の魂』!!」」
──条件反射であった。
よく訓練された強者は、いつ如何なる状況であろうとも、流されることはない、揺るがない。
仮にそれが何の前触れもなく唐突に流れた着メロであろうとも、決してそのネタへの反応を──その台詞を口にすることを忘れない。
この主にしてこの『守護天魔』。やはり趣味の相性もバッチリであった。
(──いや、欲を言えば、どっちかが羽蛾役をやるべきだったぜ…)
ここまでネタに付き合ってくれるなら、それもありだよなぁ、などと考える玲。
「この着メロは妹からだな」
「何故、妹からの着信音に『クリティウスの牙』なんぞ設定いているのだ…?」
ネタにはちゃんと対応してくれながら、それでもツッコミを入れるリィエル。
いや、素晴らしい相方だ。いやさ、相棒だ。
「いや、オレの妹、ムダに初代遊戯王が好きだから。あ、いや、厳密には初代じゃねぇか…」
そんな回答をしつつ、未だに軽快な音をあげるスマホをポケットから取り出した。
「もしもしー。何だよこんな夜中に──」
「助けてお兄ちゃんっ!!」
耳に当てたスマホからは、いきなりそんな言葉が聞こえてきた。