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夕食の後は特にする事もなく、暇だから食後の運動として筋トレをしてみた。剣術を習うなら基礎的な筋力は必要だし、第一ニベウスは男にしては華奢すぎる。こんなんじゃ魔法少女を守れない。
気合いを入れて腹筋をする。しかし、十回で限界を迎えた。
腹がプルプルして息もあがって苦しい。
....嘘だろニベウス....十回っておま....。弱すぎる....。
これは剣士への道は厳しそうだ。しかし、俺は諦めない。少し休憩して今度は腕立て伏せをしたが、5回しか出来なかった。
ニベウスェ......。
しばらく筋トレに励んでいた俺は、ふと部屋に違和感を感じた。
......そういや、部屋が明るいな....。
恐らくメイドが夕飯を食べている間に閉めたであろうカーテンを捲ると、日はどっぷり沈んで外は暗くなっていた。けど、部屋の中は電気が点いてるみたいに明るい。俺は天井を見上げてみた。
「ワァオ、眩しい....立派な照明ライトじゃないですか....」
部屋の天井には照明ライトが付いていた。
直径一メートルはありそうなライトカバーは、お洒落にもクリスタルカットされていて光り輝いている。
ライトカバーが光ってるかと錯覚するくらいの明るさ。お父様が馬車で帰って来たから、てっきり文明は日本より遅れてると思ったのに電気はあるんかい。まぁ、卓上ライトがある時点でもしやと思っていたが....。てか、いつの間に点いたんだこの照明。メイドが点けてくれたのかな。
その後、メイドに入浴の準備が出来たと伝えられ、ゆっくり湯に浸かり1日の疲れを取った。
因みに浴槽は広々としていて石鹸まであった。男の俺にとっては文句無し。貴族の入浴って召し使いに身体の隅々まで洗われるイメージだったけど、背中や頭は洗って貰って後は特に何もされなかった。 そっちの方が助かるからいいけどね。
風呂からあがってシルクのパジャマに着替えた俺は、一応ベッドに入る。しかし、夕飯前まで爆睡してたから眠れる気がしない。ネットも出来ないから起きててもやることないし、無難にも羊を数えようか。
「....zzz」
羊を数える必要はなく、俺は翌朝までぐっすり眠った。
異世界生活二日目。爽快な目覚めと共に俺を待っていたのはお勉強の時間だった。
メイドに身支度を整えて貰い、朝食をとった後お父様にロビーに連れて行かれたかと思えば、そこには爽やかな笑顔を浮かべた青年がソファに座っていた。
「ルキウス、彼が今日からお前の家庭教師になるハーグだ」
ハーグと紹介された青年はソファから立ち上がると、右手を胸に当て綺麗な45°のお辞儀をする。なんだ、家庭教師は男か。どうせならユルフワ女子大生みたいな人がよかった。
「ご紹介に預かりました、ハーグ・ロビンソンです。今日からよろしくお願いいたします」
「あ、はい....こちらこそ....」
茶髪にブラウンの瞳と、地味な顔立ちが彼の穏やかな雰囲気を作り出していた。なんか、印象は友達の三代に似てる。歳は二十代前半ってところか。
俺はお父様とハーグの向かいのソファに座り、ハーグもその後に座った。
「では、今後の勉強方針についてお話しようかと思います。まず、ニベウス様は十歳の頃から勉学の方をサボるようになったとお伺いしていますが、数学の方は何処まで分かりますか?」
は!?十歳から勉強してない!?
おいおい聞いてねーぞ!十歳って事は小4?この身体で頭小4なの?逆コ〇ンじゃん!!
「あ、申し訳ない。確か記憶喪失でしたね。事前にルキウス様から伺っていたのに失礼いたしました....」
この兄ちゃんちょっと抜けてんな。
この人で大丈夫かよ。
しかし、勉強の方は特に記憶を無くした訳じゃないから大丈夫....でもねぇな。だってニベウス小4までの知識しか無いって事は、サボってた分のツケは俺自身が払わなきゃならんって事だろ。数学はともかく歴史とかアウト。
お父様の"遅れた分"ってこういう事かよ。お父様よ、最初に言ってくれ。
「えっと、勉強の事は覚えてます....数学は....」
中3レベルの数学を答える訳にもいかず、俺は必死に過去の記憶を探った。
......小4って、何処まで習うっけ....?
「ぶ、分数....」
「え?分数?」
「ひぇ....」
あばばば!!リセットボタン!リセットボタンはよ!!
円周率までだっけ?ワカンネ!誰か教えて下さい!!
「まぁ、覚えてないのも無理はありませんね。そう思って、今日は小テストをしたいと思います」
「しょ、小テスト....だと....?」
「そんな顔をなさらなくても....、ニベウス様が何処まで習った所を覚えているか確認するだけですので、そう身構えなくても大丈夫ですよ」
バカ野郎。こっちは数日前まで受験生だったんだよ。テストって言葉には誰よりも敏感な生き物だったんだから気を付けろ。
「では、私はこれから実務があるから外させて貰う。ニベウスをよろしく頼んだ」
「はい。お任せ下さい」
「え、お父様?」
お父様はそう言って仕事に行ってしまった。
俺はハーグと一緒に部屋に戻り、早速小テストを始めようとした。だが、ハーグは俺の勉強机に乗ってる卓上ライトを点けた途端、いきなりテンションをあげたのでそれどころでは無くなってしまった。
「うっわぁ!ナニコレ初めて見たよ!え?どうやったの?僕にもやらせて!!」
点け方を教えてやると子供のようにはしゃぎながら卓上ライトを点けたり消したりを繰り返す。
ちょ、それ、オモチャじゃないんで。
「あの、そろそろ返して貰っていいですか?」
「....あ!も、申し訳ありません....珍しい魔道具には目が無くて....」
ハーグはしょぼーんとちゅるってライトを返してくれた。
それにしても、今聞き捨てなら無い単語が聞こえた。
魔道具....とな?
「あの、これは魔道具何ですか?」
「え?はい....光晶石が付いてますから間違いないかと」
んんん?知らない単語が出てきたぞ。
....これは、この道具の仕組みやこの世界の科学技術的な事を教えて貰う機会では?
「あの、テストの前にこの魔道具の仕組みについて教えて貰いたいのですが、いいですか?あと、光晶石とは何ですか?」
「え?光晶石を知らないんですか?僕はその魔道具は初めて見るので詳しくは分かりませんが、わかる範囲まででしたらお教えします」
ハーグは爽やかな笑顔を浮かべて快く引き受けてくれた。
地味でも笑顔が良いとイケメンに見えるんだな。勉強になります先生。
「では、まず光晶石についてですが、此方は主に光りを灯す晶石です。ニベウス様、上を見上げてみて下さい」
言われるがまま天井を見る。うん?なんぞ?
「天井に大きな石が付いていると思いますが、あれが光晶石です」
ふぁ!?
あれ石だったの?てっきり照明ライトかと思ってた。
「光晶石は闇に反応して光る性能を持っているんです。その石を魔技術師が加工して、ライトになるんですよ」
へー、この世界でもライトって言うのか。
「魔技術師って何ですか?」
「魔技術師とは、先程説明した光晶石などの魔晶石を使って道具を造る職人の事です。その魔道具を作ったのは、恐らく優秀な魔技術師なんだと思われます」
卓上ライトを示して説明をしたハーグは、光晶石は脆いからここまで小さくするのは難しいのだと教えてくれた。
なるほど、と、言う事はこの卓上ライトはそんなに販売して無いって事か。流石は貴族。最先端の魔道具を所持しておきながら勉強しない息子の部屋に置くなんて....宝の持ち腐れじゃねぇか。
まぁ俺が使うけど。
「光晶石の他にも、火晶石と水晶石がありますが、この二つはあまり採れないので、一般的には使われていませんね。主に王族や貴族に使われています。対して光晶石は鉱脈も各地にあるので国民の90%にまで流通しているんですよ」
火晶石と水晶石って、名前の響きからして火と水を使う時に使うのかな?流れからしてそうなんだろう。分かりやすくて助かる。
「....さて、魔晶石と魔道具の説明はここまでにして、そろそろ小テストをはじめましょう。いつまでたっても勉強が始められません」
「え、でも聞きたい事がまだ....」
「勉強が終わったら続きをしますから、まずはテストをやりましょう」
テストの結果。足し算から分数のわり算までのテストで満点を採った俺に、ハーグは「本当に十歳で勉強をサボったんですか?」と疑われた。
やっべ、うっかり。テヘペロ。