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*ルキウス視点*
リリーに叱責を受けた翌日、魔道具工房の視察に来ていた私は、工房長に呼び止められた。
部屋に案内されると、見たことのない魔道具を渡され、工房長は得意げに語り始める。
「以前、ルキウス様が書斎の仕事をする際、手元を照らすライトが欲しいと仰っていたのを小耳に挟みましてな。見て下さい!光晶石をここまで小さくする事に成功したんです」
魔道具には花の形をした部品があり、その中心部には掌に収まるサイズの光晶石が取り付けられていた。
光晶石は、各家庭にライトとして使われる程一般的に流通しているが、強度が弱くて柔らかく、小さくすると光りも弱まる為、加工がしにくく大振りになってしまう。
通常、天井に取り付ける物だから問題にはなってはいないが、やはり書き物や文書を読むのには手元に灯りがある方が仕事もしやすいというものだ。今まではランプを使っていたのだが、オイルが無くなると差さなければならない為、どうしても手間がかかってしまう。
その問題を解決する魔道具を、我がフレア領の魔道具工房が造り上げたとは、何とも感慨無量だった。
「素晴らしい、どうやって作ったのだね?」
「それは流石に企業秘密です。世界で一つしかない代物ですよ」
「これを商品化出来れば、我が国の魔学技術を更に知らしめる事が出来るな、工房長」
「いやぁ相変わらずルキウス様は褒め上手な方だ!よろしければ、そちらはお渡しします!」
「....なに?」
「そもそもこれはルキウス様の案を参考にして作った物です。どうぞお使い下さい」
暗く落ち込みがちだった私の心が、この時少し踊った。
「いいのか工房長」
「もちろんです」
「では、大切に使わせて貰おう。この魔道具は何と言うんだ?」
「まだ正式な名称は決めてませんがねぇ。私は卓上ライトと言っています」
工房長の言葉に甘え、新しい魔道具を貰う事にした。使い方を教えてもらい、明るさも申し分無かった。
私は馬車の中で、卓上ライトを眺めながら帰路についていた時、ふと、ニベウスの誕生日が二週間後に迫っているのを思い出した。
もし、ニベウスが元気になって、この魔道具を渡したら、使ってくれるだろうか。
ただの思いつきだった。
しかし、私は今までニベウスに誕生日プレゼントを渡したことがない。
寧ろ、仕事が忙しくパーティーにも顔を出せない事がしばしばあった。
この卓上ライトをニベウスに使って欲しい。息子の笑顔を見たい。それは、私が初めてもった父親らしい感情だった。
そして、今度こそしっかりと話し合おう。あの子の口から、今まで何を思って生きてきたのかを聞いて、受け止めてあげなくては。
私はニベウスが回復するのを願って、息子の部屋にある勉強机に卓上ライトを置いた。
しかし、魔道具がニベウスに使われる事は無かった。
月夜の晩、虫も寝静まる静かな夜に、ニベウスは息を引き取った。
医者が深々と頭を下げ、部屋を出ていく様子がやけにゆっくりと動いているように感じたのを、今でも覚えている。
ローザリーは泣く事も、怒る事もせず、虚ろな瞳でニベウスに語りかけ始めた。
「ニベウス、ニベウス、大丈夫よ。あなたが死ぬ筈ないもの....ねぇニベウス......」
「....ローザリー..」
「私のニベウス....早く元気になってね....」
妻には、私の声は最早届いていなかった。
私は、間に合わなかったのだ。
ローザリーがニベウスのそばから離れようとしない為、一晩ソッとして置くことにした。明日の朝に教会から司祭に来てもらい、葬儀の準備を始めるまでニベウスと居させてやることにした私は、部屋に戻るとベッドに横たわった。
それでも、その晩は眠る事が出来なかった。
翌朝、教会から司祭と神官に来てもらい、ニベウスの部屋へ向かった私は目を疑った。
妻と、ニベウスの遺体が消えていたのだ。
私は慌てて警備隊を呼び、屋敷中を探させたが二人は見つからなかった。
どういう事だ。一晩のうちに二人が突然消えるなどあり得ない。メイドに確認すると、屋敷を出入りしたのは私が今朝教会に使わせた者だけで、それ以外は誰も出入りしていないとの事だった。
何が起こっている?
屋敷が騒然とする中、その日の夕方に妻は現れた。
それも、自分の部屋から何食わぬ顔で。
実務もせず、二人を探し続けていた私は思わずローザリーに詰め寄った。今までどこで何をしていたのかと。
しかし、ローザリーは私の問いには答えなかった。
「大丈夫よ、ルキウス....私が絶対何とかするから」
感情の抜け落ちた表情で、訳の分からない事を話す妻の姿に、私は思わずゾッとした。
彼女に、一体何があった。
「ローザリー、ニベウスの遺体が無くなったんだ。何処にあるか、お前なら知ってるんじゃないのか?」
「....何故?何故私が知ってると思うの?」
変な人。そう呟いたローザリーはクスクスと笑い声を洩らしながら、部屋へと戻った。
ローザリーに何かあったのは間違いない。だが、今は下手に刺激をするとどうなるか分からなかった私はローザリーを更に問い詰める事が出来なかった。
そうこうしている内に、例の孤児誘拐事件が起きたのである。
あれから、誘拐された子供も、ニベウスの遺体も見つからぬまま今日に至っている。ローザリーは私が屋敷にいるのを見計らっているのか、中々会うことも出来ない。何を企んでいるのか気が気でない私は、とにかく仕事を早く終わらせようと躍起になっていた。
とは言え、精神的に参っていたのは確かだ。今日は司祭のお陰で早く帰る事が出来たし、書斎で残った仕事を片付けたら休むとしよう。屋敷に着き、馬車を降りた私にローザリーの明るい声がかかった。
「ルキウス!」
死人のような目で日々を過ごしていた妻とは思えない弾んだ声に、違和感を覚えながら顔を向けると、満面の笑みでこちらに歩み寄るローザリーと、"息子の姿があった"。
「ニ、ニベウス!何故、何故ニベウスがここにいる!!」
あり得ない!ニベウスは確かにあの晩死んだ筈だ。
なら、今私の目の前にいるのは何だ?
私は、息子の姿をした得体のしれないそれから思わず一歩下がった。
「戻って来たのよ!私の願いを神様が叶えてくれたの!」
嬉々として語るローザリーは、それを愛しそうに見詰め優しい手つきで手を背に回す。
私はその行動に戦慄した。
「さぁニベウス、久しぶりのお父様よ。あなたは覚えて無いだろうけど、キチンと挨拶をして差し上げて」
私は何も考えず、咄嗟にローザリーの腕を掴むと引き寄せようとした。
とにかく、こいつからローザリーを離さなければ。
「馬鹿な事を言うなローザリー!今すぐそれから離れろ!」
しかし、ローザリーは私の手を振り払らって鋭く睨み付けた。
「変な事は言わないでルキウス!自分の息子をそれ呼ばわりなんて酷すぎるわ!」
....何を言っているのだローザリー。
私の妻は気が狂ってしまったのか?
「何だって?ニベウスは死んだんだぞ?」
「だから戻って来たのよ!言ったじゃない
私が絶対何とかするって」
その瞬間。私の背筋が凍った。
私の頭に、今までの出来事が目まぐるしく駆け巡った。
突然消えた妻と息子の遺体。
その直後に起きた孤児の誘拐。
そして、生き返った息子。
最悪な予感がした。
「ニベウスの遺体を隠したかと思えば....ローザリー、一体何をした....?」
どうか、違ってあってくれと願いローザリーに問うたが。
「私は母親として、子供を助けたかっただけ」
その願いは、ローザリーの言葉で打ち砕かれた。
悪い予感は、当たってしまったらしい。
「ローザリー、まさか....」
だとしたら、ローザリーは貴族....いや、人として大罪を犯した事になる。
何と言う事だ。よりによって、"黒魔術"に手を出すなど....。
王にニベウスが死んだ事は一週間前に伝えているのだ。それなのに、ニベウスが生き返ったなどと知られれば、当然怪しまれる。
私が気づいたのだ。他の者達が察しないはずがない。
何故、こんな愚かな真似をしたのか。
私はローザリーを恨めしく思った。
「....そうやって、また私達を切り捨てるのね。そんなにあの女の子供を引き取りたいの?」
しかし、そんな感情はローザリーの言葉で冷水を被ったかのように冷えきった。
何故など....私に妻を責める権利など、無いのではないか。
ローザリーをここまで追い詰めたのは、他でもない私なのだから。
「いや、違う。そうじゃない....すまない、ローザリー」
もっと私が家族と向き合っていれば、こんな事にはならなかったのかも知れない。
リリーに言われた事が、今になって漸く分かった気がした。
子供は宝だと言っておきながら、私は一番大切な宝に気付かなかったのだ。部下や国民を大切にしても、家族を大切に出来なかった愚鈍な私のせいで、妻を、息子をここまで壊してしまった。
「私の事はいいの....私こそ....今のは、卑怯だったわ」
「......いや....」
気まずくなり、ローザリーから視線を反らすとニベウスと目があった。
ローザリーが命を賭けて取り戻した息子は、私の事をぼんやりとした顔で見つめていた。
「ニベウス....」
「....はい」
「..............よく戻ってきた」
「......はい」
久しぶりに会った息子は、素直に返事をしてくれた。
屋敷に入り、昼食を一緒に採ることとなったのだが、その際にニベウスが記憶を失っているのをローザリーに聞かされた。
成る程、通りでさっきからニベウスが大人しくしていると思った。
昼食を終えた私は書斎に入り、何時もの机に腰を降ろすが、とうてい仕事を始める気にはなれなかった。
ニベウスは生き返った。
しかし、それに伴った犠牲が無くなる訳では無い。ローザリーがやった事は決して許される事ではないし、事がバレてしまったら間違いなく極刑は免れないだろう。
罪のないニベウスにも、どんな火の粉が降りかかるか分からない。
........私は、家族と仕事を天秤に架けている。
失った息子が戻り、それをまた失う道を選ぶか、それとも....。