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*ルキウス視点*
私の名はルキウス・マーシュマロウ。
連なる国の中でも最も広い領土を誇るシーマ帝国の貴族だ。爵位は伯爵。このフレア領を国王から代々任されている当主でもある私は、毎日休む暇もなく実務に励んでいる。
「ルキウス様、次はフレア教会の視察でございます」
魔道具工房の視察を終えて馬車に戻った私に、執事のレイヴィルが予定を伝えた。フレア領の中心街、ノアの町にある教会へ向かうため、馬車に乗り込み石畳の通路を馬が走り出す。
近日、フレア教会に預けられている孤児達が三人、行方不明になっている。それも、フレア教会の他にも四件の教会から孤児が行方不明になったと通達があった。何らかの事件性を感じ取った私は誘拐を視野に憲兵に犯人の捜索を命じ、連日各教会に赴き調査結果を憲兵長に聞く日々を送っていた。
子供は国の宝である。
しかも、行方不明になった子供は全て魔力を保持していた子達だった。魔力を持った子供は貴重だ。ゆくゆくは教会の神官や魔道具を作る魔技術師になり、この国の基盤を築く存在になる。そんな子供達が突然十人も消えた。
事態を深刻に受け止めたのは王も同じだった。
直ぐに王都からも憲兵が送られ、子供達の捜索が行われたが一週間たっても事態は進行しなかった。身売りや特殊性癖の愉快犯など、様々な線で調査をしたが子供達の痕跡を見つける事ができない。
......最悪、子供達が助からない可能性を考えているのを否めず、僅かな頭痛を覚えてこめかみに指を添えた。
フレアで最も大規模な教会、フレア教会に到着した私はまず司祭に挨拶を済ませ、教会で調査を続けていた憲兵達は私が来た事に気が付くと敬礼をし、そのまま調査に戻る。ここ数日でお馴染みになった光景だ。
「どうだ」
「もうし訳ありませんルキウス様。我々も全力で調査をしていますが、未だに足を掴めません」
それもそうだろう。
いきなり事件が好転する訳ではない。それなのにこうも毎日邪魔者が訪ねて来ては憲兵達も気が散るだろうに、私に出来るのは彼らに給料を払ってやる事くらいだ。次に、司祭に顔を向ける。
「他の子供達の様子はどうだ?」
フレア教会で長く勤める老司祭は、真っ白い髭を伸ばした優しい面差しをしている老人だ。穏やかな性格は子供達にも慕われ、今回の事件で最も心を痛めている人物でもある。
「皆、居なくなった子供達を心配しておりますが、先日ルキウス様が贈って下さった絵本のおかげで、少し元気になったようでございます」
「そうか、ならば今度はクレヨンとスケッチを贈ろう。遊び道具が増えれば気も紛れるだろうしな」
「ルキウス様のご配慮、大変ありがたく受け取らせて頂きます」
「憲兵長」
「はっ!」
「私の警備隊も調査に加えよう。お前と部下は少し休め、顔に疲れが出ている」
「は....?ですが....」
「案ずるな、皆優秀でお前の指示にも従うだろう。資金の事は気にするな」
何の為の貴族だ。このような事態の為に我々が存在する。憲兵長が敬礼をして私の意にそうのを確認すると、私はそのまま下がるよう命じた。
「所でルキウス様....外での実務はまだあるのですか?」
司祭が奇妙な事を聞いてきたが、特に気にせず答えた。
「いや、ここで終わりだが?」
「でしたら、大変恐縮ですがルキウス様はもうお帰りになって、お身体をお休めになられる事をお薦めいたします。顔色がよろしくありません」
「何を言っている。私の身体など気遣う必要はない」
「いえ....身体だけではなく....」
司祭は口元を一度きつく結び、躊躇うように口を開いた。
「ご子息がお亡くなりになってから、ルキウス様の顔色が優れておりません......」
司祭の言葉に、思わず私は頭が真っ白になった。
「無理に実務をこなそうとしている様にも見えます....。ルキウス様は一先ず、御心を休めるべきでございます」
「....そう....か」
司祭の言葉にやっと返事をした私は、つい自嘲を浮かべため息をついた。まさか、こんな所で息子の死を労られるとわな。
「ルキウス様....」
「すまない司祭。では、そうさせて貰おう」
何度も教会に通っているのにもかかわらず、一度も息子の死を労らず、祈りの一つもしない私に、司祭なりの私への説教なのだと、私はそう受け取った。
息子の話しをしよう。
ニベウス・マーシュマロウ。
マーシュマロウ家長男。将来は私から爵位を受け継ぎ、国の為に尽くすのが彼の役目だった。
妻のローザリーに似た顔立ちは中性的で、滑らかな銀髪に透き通る程白い肌、瞳の色は私と同じ紫色の美しい子だった。周りの貴族からは天使のようだと囃し立てられていた。
しかし、中身は全くの別物だった。
幼い頃は素直な子だったというのに、十を過ぎた頃から次第に荒れ始めた。家庭教師から逃げては勉強をサボり、屋敷を抜け出して巷の素行の悪い少年達と遊び歩くようになった。行動はエスカレートし、メイドに暴力をふり初め、私や妻を名前で呼ぶようになった時は呆れたものだった。
私がニベウスの問題行動を目撃するたび。妻のローザリーはいつも小さく俯いていた。
「私は実務で忙しいんだ。普段屋敷にいる君がニベウスをしっかり見ないでどうする」
私がそう言うと、ローザリーはいつも「ごめんなさい」と謝っていた。
14歳になると、次第にニベウスは屋敷に帰ってこなくなった。たまに帰って来たかと思えば、屋敷の金をくすねて少年達に渡しているとレイヴィルから聞いた私は頭を抱えた。貴族の金は平民の税金だと言うのに、下らない遊びで使うとは、我が息子ながら情けない。ローザリーは私にニベウスに帰るよう説得してくれと頼まれたが、私が実務を終える頃には夜も更けていて、屋敷を出ているニベウスに会う事は出来なかった。
そんな折、ニベウスが15歳の誕生日を三週間前に控えた日、熱病にかかった。
私が書斎でシパーニュの町の水路工事の予算案を読んでいる時だった。屋敷に一人の少年が訪ねて来た。
少年は、ニベウスが5日も熱を出して寝込んでいる。このままでは死んでしまうから助けて欲しいと言ってきた。少年に警備隊を付けニベウスの元へ案内させると、変わり果てた息子が帰って来た。
顔色は青白く、頬はこけ、苦しそうに呼吸をするニベウスを見たローザリーは、悲鳴をあげて気絶をした。
直ぐに医者を呼び治療をさせたが、流行りの熱病で既に手遅れだと診断された私は、直ぐに次の動きを考えた。
今まで形だけ雇っていたニベウスの家庭教師とメイド達を解雇し、その金で医者を雇ってつききっきりでニベウスの看病をさせる事にした。
出来る限り手は尽くすつもりだが、医者の表情は冴えないままだ。
ニベウスは助からない。つまり、マーシュマロウ家の跡継ぎが居なくなると言う事だ。私は弟の息子、即ち私の甥を養子にする事を考えた。
弟は、幼少の頃に使えていた女中と婚姻し、二人の子供に恵まれていた。女中の名はリリーと言い、明朗快活な彼女に自然と私は惹かれていた。それは弟も同じだったのだろう。ローザリーと婚姻を結んだ後も、私は度々リリーと会い他愛ない会話をしたものだった。
しかし、それをローザリーに浮気をしていると疑われて以来、リリーとは会っていない。
甥のシリウスは元女中の母を持つ故、マーシュマロウ家の正式な跡継ぎになるのは難しいだろうが、ニベウスが居なくなる以上、王家も納得せざる負えない筈だ。私はローザリーの部屋へ向かい、その事を伝えると今まで無表情で聞いていた彼女は、フラフラとテーブルまで歩いたかと思うと、突然テーブルにのっていた花瓶を私に向かって投げつけた。
しかし花瓶は私まで届かず、足元で音をたてて割れたが、妻の行動に私は唖然としてその場立ち尽くした。
今まで従順にしていた妻が、突如として豹変したのである。
「どうして!どうしてよ!もういい加減にして!!」
ローザリーは腰まである長い髪を振り乱して叫びながら、手当たり次第物を投げ出した。彼女の瞳は怒りと絶望に染まり、私を敵のように睨み付けて今までの怨みをぶつけるように罵詈雑言を吐く。
彼女がこんなにも自分を見失い、暴れる姿を見るのは初めての事だった。
「どれだけ私とあの子を蔑ろにすれば気がすむの!?あの女の子供を養子にする?ニベウスはまだ生きてるのに、どうして死んだ後の話しをするのよ!!!!」
騒ぎを聞き付けたメイド達が慌てて部屋に入りローザリーを羽交い締めにしたが、彼女はメイドの髪を引っ張ったり、殴ったりと暫く暴れ続け、最後には堰を切ったように涙を流して泣き出した。
私は後日、この出来事をリリーに話した。
すっかり口を利かなくなってしまった妻のについて、一番身近な女性に相談したかったからだ。
数年ぶりの会話が妻の乱心とは、我ながら情けないと思いつつ事の顛末を語ると、リリーは勝ち気な瞳を真っ直ぐに向け、姿勢を正した。
「ルキウス様、先にご無礼をお詫びいたします」
すっかり淑女としての仕草が身に付いていたリリーは、スカートの端をつかみ、優雅にお辞儀をすると怒りに満ちた目で私を睨めつけた。
「御言葉ですがルキウス様、貴方は実務が忙しいと言う理由でニベウス様の事を全てローザリー様に押し付けていたようですが、その事に関してローザリー様に謝罪はなさったのですか?」
リリーの言っている意味が解らなかった。
私は貴族として、国を納める王に仕える身として働いている。私の父もそうしていたし、代わりに母が私や弟の事をいつも見守っていてくれていた。
私は、同じようにした筈だ。
「それから、ニベウス様の心が荒れ、行動に目が当てられなくなる程になった時、ルキウス様はニベウス様を咎めましたか?何故、そのような事をするのか、ちゃんと聞いてあげなかったのですか?」
「貴族として、恥ずべき行動は控えろと言ったが」
「それは、貴族のルキウス様の御言葉です。父親として、叱ったのかと私は聞いているのです」
叱る?叱るとはなんだ。
私は父から、貴族とは国を支える存在だと、民を守るべく、王を支える存在だと言い聞かされ、その為に立派な人間になれと耳にタコができる程聞かされて来た。
間違いを正すのは分かる、だから私もニベウスを見かけると「お前は貴族としての自覚はあるのか」と"叱った"。
それは、リリーの言う叱るとは違うと言うのか。
「貴族としてではないのです。一人の人間として、父親として、息子と向き合わなければならなかったのです」
更に、リリーは続けた。
「ルキウス様、実務がお忙しいのは分かります。ですが、あなたはもっと、ご自分の家族と話しをするべきでした」
話し。
リリーのその言葉に、私は最後にニベウスとどんな会話をしたのか分からなくなっていたのに気が付いた。
私は間違っていたのか?
私なりに、妻と息子を思いやっていたつもりだった。
しかし、リリーと話しているうちに本当にそうだっただろうかと思い返した。
昔、ニベウスが家庭教師との勉強で褒められた事を話した時、これからもっと難しくなるのだから直ぐに浮かれては駄目だと咎めた。
ニベウスが私を名前で呼んだ時、貴族としての言葉使いも忘れたのかと言って呆れた。
ニベウスが屋敷に帰って来なくなった時、探せば見つけられた筈なのを、そのうち帰ってくると楽観的に考え、妻の訴えも聞かず仕事に専念した。
私は、ニベウスと向き合ってなかったのか?
しかし、向き合うと言う事が私には良く分からなかった。私は、間違いなくニベウスを愛していた筈なのに、何処を間違ってしまったのだろう。