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親子揃って屋敷に戻り、予定通り昼食をとることになった。
ロビーの柱時計を確認すると11時10分、昼飯には少し早すぎる気がする。
食堂で席につき、お洒落に折り畳まれているナプキンを物珍しく眺めていると、玄関からずっと黙っていたお母様が「そう言えば」を口を開いた。
「今日は少し早くお帰りになられたのね。実務は終わったの?」
「いや、今日は教会の視察だったんだが、司祭に早めに帰るよう促されてな....気を使わせてしまったらしい」
「まぁ....ルキウス、身体の調子でも悪いの?」
「いや、そうではないよ。心配には及ばん。身体は至って健康だ」
どうやら父親は職場を早退してきたようだ。
硬い表情でやり取りをしているせいで、よそよそし い雰囲気が漂っている。仮面夫婦......。
生前、俺の両親は仲が良かったから冷めきった夫婦に挟まれる子供の心構えなんて分からないし、どう接したら良いのかなんて尚更分からない。ひたすらナプキンを眺めて料理が運ばれるのを待った。
さぁ、本日のお昼ご飯は貴族のマーシュマロウさんのお宅です。お名前がマシュマロみたいでおいしそうですね!まずはプレート。ずっしりと重みのある乳白色の大皿の縁には、金箔でさざ波の模様が描かれています。プレートの上にはナプキンが美しい花の形に折り込まれていて、食事をする前に目で楽しめるように配慮されていますね。
テーブルクロスは一見純白のオーソドックスな品に見えますが、銀色の糸で薔薇が刺繍されており、大変上品な―――――
「ニベウス」
「ふぁい!?」
隣の晩〇飯風のナレーションをしていたら父親に話しかけられた。
咄嗟に返事したけど変な声出ちまった。
「さっきからボンヤリしているが、どうかしたのか?」
ヨネ〇ケになりきってました。ヨネス〇こんなコメントしねーけどな。
「ルキウス、実は....ニベウスは記憶が欠落してるみたいで、私達の事を覚えていないの....だから、少し様子が変でも咎めないであげて」
「......そうか..分かった....」
親父さん、元気ないなぁ。
俺と一切目を合わせようとしないし、記憶が無いと伝えても対してショックも受けてない。お母様以上にニベウスとは溝があったんだろうか。
父親が覇気のない返事をしたタイミングで料理が運ばれて来た。お母様の動きを真似てナプキンを膝にかけると、綺麗に盛り付けられた料理がプレートに置かれる。
「ルキウス様、お飲み物はいかがいたしますか?」
「食事の後は書斎で仕事をする。水で構わん」
「かしこまりました」
「では、私も水にして頂戴」
「あ、じゃあ....俺も」
「かしこまりました」
給事はテーブルにグラスを置き、水差しで水を注ぐとお辞儀をして下がった。
父親と母親がグラスを手に採ったのを習って、俺もグラスを持つ。
「....神の恵みと、ニベウスの復活を祝って、乾杯」
「乾杯」
「乾杯....」
グラスを軽く掲げ乾杯をしてから水を飲んだ。
僅かにスッキリとした酸味のある美味しい水だった。
そのまま、黙々と食事を続ける夫婦....。
テレビ観ながらワイワイ飯食ってた俺からすると少しつまらない食事だ。しかも、話しかけづらい空気だし....。
はぁー、我が家が恋しい....。
そのまま特に会話をする事なく、食事を終えると父親はそそくさと食堂を出ていった。さっき書斎で仕事をすると言っていたから、早く帰って来ても仕事は残ってるんだろう。
「久しぶりに三人で食事が出来て楽しかったわ。このまま夕食も一緒にとりましょうね!」
「....え?はい」
あ、あの葬式みたいな昼飯が楽しかったとは、一体....。
もしかして、ずっとあんな感じで飯食わなきゃいけないの?
辛い、さっきの昼飯なんて味分かんなかったんだけど、もう少し和やかに食事は出来ませんかね。
「....嫌なの?」
俺の反応にお母様が不安そうな顔をした。
「いえ!そんな事はありません!それより、お母様にお尋ねしたい事があるんですが」
慌てて話題を変えようとしたが、強引過ぎただろうか。しかし、お母様は変わらず「あら、どうしたの?」と穏やかに聞いてくれた。
「その、魔法について教えて頂きたいんです」
「魔法?」
「はい!俺は魔法を使えますか!?例えば、ファイアーボール....火の玉とか作れたりとか」
一番気になってた事をこの際聞いてみる事にした。
そう!一番気になってんだ!
なんつったってここは異世界。しかも転生となれば魔法のある世界のはず。その証拠に、転生して直ぐ魔術師にあったわけだし、俺にも使えるかも....
「残念だけどニベウス、あなたに魔法は使えないわ」
「へ?」
なん....だと....?
「え?....何で....」
「魔法って言うのはね、突発的に魔力を持って産まれた人にしか使えないの。あなたも産まれて直ぐに検査をしたけど、魔力は持っていなかったわ」
そんな....、異世界転生で魔力チートどころか、魔力自体使えないだなんて....。
「で、でも、努力すれば使えるようにはなるんでしょう?」
一縷の望みをかけて問うが、お母様は無情にも首を横に降った。
「いいえ、魔力というのは努力すれば作れるものではないの。持って産まれた者が努力をする事で魔力量を増やす事は出来ても、初めから持たない者は何をしても魔力を持つ事は出来ない」
「....そんな..」
俺の希望は粉々に打ち砕かれた。
魔力チートで異世界を冒険するのが一番のやりたかった事だったのに。
「そんなに落ち込まないでニベウス。魔力が無くても、あなたにはマーシュマロウ家の嫡男として、やるべき事が沢山あるんだから」
....確かに、庶民とは違い貴族となると勉強の他にもマナーとかダンスとかパーティーとか、やらなきゃいけない事、覚えなきゃいけない事が沢山あるのは分かる。
けど、楽しい青春を目の前にして死んだ俺からすれば、どうせなら魔法をバンバン使ってファンタジーな世界を体験したかったのが本音だ。
一応お母様が慰めてくれたが、俺は落ち込んだまま部屋へ戻ったのであった。