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トニー達の話しによると、奴らは月に三回のペースで教会にやって来るらしい。しかし、不定期に教会を襲いに来るゴロツキ連中を恐れた村人達は、毎朝の礼拝にも訪れなくなり、隣町の住人も噂を聞いてとんと姿を表さなくなった。
以前は教会として、シーマ国の国民がネフェリーナに祈りを捧げる場としての役割を全うしていたのが、奴らのせいで毎日閑古鳥が鳴く嵌めになってしまったのだとか。
これじゃあ業務妨害だな。リディがピリピリするのも頷ける。
隣町の住民はここよりも遠い教会に通える者は通っているが、ボシュルー村に住む老人達にはそれが出来ない。
今の所、フェルムットが毎日一件一件回って祈りの儀式をしているようだが、それでは効率も悪く、フェルムットの負担も大きい。
旧日本人の俺からしたら、祈りなんて別にやらなくても良くね?と、思ってしまうが、現在浄化の為毎朝祈りの姿勢をとってるので口には出来なかった。一番フェルムットの世話になってるの、俺じゃん。
そんなある日の事。
心地のいい風に熱が籠り、花も散って草木が青々と緑化し始めた頃。
一人の若い女性が男性と連れ立ってプリヒュ教会を訪れた。
「来月、ここで結婚式を挙げたいんです!」
恋人らしき男性と腕を組み、フェルムットとリディに幸せそうな笑顔で告げる女性に、二人は芳しくない赴きで顔を見合わせた。
ハートを散らす女性と渋い顔をする男性の対比を俺達は子供部屋に通じるドアの隙間からこっそりと伺っていた。
上から身長順に、俺、スギナ、ボーン、トニー、アンジュと、仲良く団子のように並んで礼拝堂の様子を眺めていると、結婚式のワードにアンジュが真っ先に反応した。
「結婚式だって!あの人、お嫁さんになるの?」
声を潜めてながら興奮気味に俺達に問いかけたアンジュは、憧れの花嫁候補を夢見る少女の瞳で見詰めている。
アンジュ、将来の夢は王子様のお嫁さんだって言ってたからな。
あの女性と未来の自分を重ようとしているのかもしれない。
「そうだよ、きっと綺麗なお嫁さんになるな」
「わぁ〜!」
俺の返答に嬉しそうな声を漏らすアンジュの一方で、フェルムット達の返事は芳しくない物だった。
理由はもちろん。森に居座るゴロツキ連中である。
「申し訳ないが、今プリヒュ教会は訳あって面倒事を抱えていましてね。安全な挙式を約束できる状況じゃないんですよ」
「はい、それは知っています」
せっかくの挙式の依頼を断られ、ムッとしない人は居ないだろう。しかし、この女性はフェルムットの言葉に笑顔を崩さず、平然と頷いた。
女性の意外な態度に、フェルムットとリディは怪訝な表情を浮かべる。
「プリヒュ教会で最近柄の悪い人達が出入りをしていると言う噂は私も知っています。彼も、その噂を聞いてここで結婚式を挙げるのに反対していたんです」
でも。と、女性は彼氏を見上げ、お互いに目を会わせて微笑みあった。
気の進まなそうだった彼氏の方も、観念したように、でも優しげな表情で笑う。
「ここは、私の母の故郷でもあるんです。母が昔、このプリヒュ教会で結婚式をした時の話しを幼い頃に聞いた時から、ずっとプリヒュ教会で結婚式を挙げるのが夢たったんです」
手作りのドレス。手作りの料理。手作りの教会の装飾。
ポム泉から汲み取った水で作った季節の果実酒に、泉の底から拾った石で作った祝いのネックレス。
流行りの貴族を真似た専門店のドレスや高級レストランのコース料理も確かに魅力的だが、彼女は母親と同じ教会で、親族だけを招いた素朴な結婚式を望んでいた。
何より、子供の頃可愛がってくれた祖母祖父に自分の晴れ姿を見せたいのだと彼女は熱く語り、彼氏とは自分の両親のような仲睦まじい夫婦になりたいのだと、プリヒュ教会で祝言を挙げたい気持ちを伝えようとするも、フェルムットは「分からんでも無いですけど......」みたいな、パッとしない顔つきで聞いている。
それにほだされたのは、女性と同じ年頃のリディだった。
「分かりました」
「おい......」
「ご家族に対する真心の籠ったお言葉。そして愛する男性と添い遂げようとするあなた様の志し......プリヒュ教会の助神官として、こんなに素晴らしい女性の門出を断る事など出来ません」
リディも結婚適齢期だろうから、他人事とは思え無かったのも。でも、大丈夫なのかよ。
彼氏なんて、「え、マジ?いいの?」ってまさか本当に許可が降りるとは思って無かったのかちょっと焦ってるっぽく見えるんですけど。
「ありがとうございます!では、引き受けて頂けるんですね!!」
「はい!勿論でございます!!」
おいおい良いのか?
結婚式っつったら御祝儀とか出るんじゃねーの?あいつらそれ狙って森から降りて来るかも知れねーじゃんか!
「でも、もしもの事があったら危ないですよね?」
案の定、彼氏さんがビビって尻込みしている。
だよね。危険は避けたいよね。
「結婚式は私の望み通りにしてくれるって約束したじゃない!さっきは納得してくれてたでしょ!?」
「いや、君に怪我でもさせてしまったら、後悔するじゃないか」
「そんなの平気よ!チンピラなんか怖くないわ!」
あなたは怖くなくても彼氏さんが怖いんですって。
しかし、彼氏も彼女の気迫に押されて仕方なく同意した。
結婚って大変だなー。
「......たく、俺に散々言いやがる癖に......オメーも勝手に話し進めてんじゃねーよ」
深い溜め息を吐いたフェルムットは真っ直ぐに女性の目を射抜くと、真面目な声色で語りかけた。
「出来る限り気をかけるが、絶対に安全を保証する事は出来ない。それでもいいんですね?」
フェルムットの言葉に、女性は力強く頷いた。
「はい!よろしくお願いします」
こうして、来月の結婚に向けて準備が始まった。
妙に張り切っていたのはスギナだった。
二人が式場が決まり帰ろうとする直前。ドアから飛び出したスギナは呆けるカップルにいつもの調子で胸を張って決めポーズを取ると、恥ずかしげもなく声高々に宣言をした。
「安全面でしたらお任せを!我々プリヒュ教会専属守護部隊が、命をかけて挙式を御守りする事を誓います!!結婚当日は安心して下さい!!」
「安心して下さい!!」
いつの間にかスギナの隣にたっていたボーンも同じ決めポーズをとって自信満々に告げた。
彼女は突然現れた二人を変な子供を見るような目で眺め、彼氏は更に不安そうに顔の表情を曇らせた。
ですよねー。
その後、フェルムットに拳骨を喰らった二人は大人しく俺達の元に戻って来た。
馬鹿じゃないのこの子。
ま、そんなこんなでスギナとボーンは結婚式を無事に終わらせようと益々訓練に力を入れていた。
花嫁のドレスは彼女の母親が作っているらしく、こっちが準備をするのは教会の装飾と料理だけだった。
季節は初夏。
フレア領でこの時期に盛んに採れる果物は桃らしく、それでも収穫が難しい桃は少々お高めだが、お祝いにはぴったりだとリディが言っていた。
ポム泉の水で果実酒を作り、それを新郎新婦と両親族に振る舞うのがプリヒュ教会の仕来たりなんだとか。
あれから度々二人は教会に訪れ、入念な打ち合わせを行い挙式当日に思いを馳せていた。
奇跡的にゴロツキ達の襲撃は二人が居ない時で、フェルムットが瞬殺するので特に式の準備に困る事は無く、思っていたより順調である。
リディが隣町まで桃を買いに行き、俺達がポム泉の水を教会まで運んで果実酒を作る。
幼いアンジュとトニーは教会の装飾用に飾り紙で花を大量に作り、村人達も久々の祝言に気合いを入れて祝いの準備に取りかかっていた。
そして、結婚式当日。
新郎新婦と、その親族がボシュルー村にやって来た。




