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死んだ、俺はそのまま天国へ行く。あっさりそれを受け入れた俺はとても静かな空間へ....
「ああっ!やっぱりダメだったわ!!これだけの生け贄を用意したと言うのに、このぺてん師!!!騙したわね!!」
....静かな、空間....?
「落ち着きなされ奥様。やはり野蛮な者共の御霊ではこの方を呼び戻すのは難しかったようです。もっと高貴な方の御霊でなければ....」
なんか、すっげぇ胡散臭い会話をしてる女の人と婆さんの声がするんですが。
「高貴って....まさか、あなた私達貴族の命を使うつもり....?」
「同じ血が流れている者ほど呼び戻す力は強くなると、始めに仰ったではありませんか」
「無礼者!お前のような怪しい者の言葉を信じた私が愚かでした。今すぐその首を落として我が息子の糧とします!!」
え?え?何?何かドラマとかやってんの?
うっすらと眼を開けてみると、真っ暗な部屋に一人の女性と黒いローブを被った腰の曲がった老婆が対峙していた。何やら物騒な会話をしている。
「それで気が済むのでしたら止めは致しません。ですが、あなた様の願いを叶える事のできる魔術師が、果たして私以外に存在すると思いますかな?」
「不遜な!この礼儀知らずめ!私を誰だと思っているの!」
うっわぁこの女の人癇癪うるせぇ....
ん?待てよ、俺は今、うっすら眼を開けるという動作をしなかったか?
今度は眼をしっかり開けてみる。
手を動かす。足を動かす。うん、これは....
「お、俺生きてるーーー!!」
飛び起きて自分の手のひらを眺める。
間違いない。身体だ。傷ひとつ付いてないし自分の意志で動かしてる。あー良かった夢だったのかー。
だよね。合格発表その日に死ぬとか運なさすぎ。
ホッとして気を抜くと、何やら視線を感じる。
そちらに眼を向けると女の人と婆さんが俺を凝視していた。女の人はビームが出そうな眼力だ。アルソックなの?
「ニベウス....?」
「へ?」
「ニベウスッ!!!」
突然女の人がタックルしてきた。と、思いきや締め付けるように抱き締められる。ちょっ、ギブ、お姉さんギブ....っ
「ニベウス!ニベウス!私のニベウス!!生き返った、本当に生き返ったわ!!!」
興奮して俺の様子に全く気付かない。さっきからニベ何とかって繰り返してるけど何ぞや。
「おめでとうございます奥様。質は落ちても量に拘った甲斐があったようですね。成功で御座います」
「ええ、ええ!!良くやってくれました魔術師トーア。礼を言います。先程の失言も撤回しましょう」
女の人は腕を緩めると婆さんの方に顔を向けた。
ふぃー、少し楽になったぜ。
「いいえ奥様。私は己の真髄を極めたかっただけの事。礼には及びませぬ」
「では、この事は」
「はい、一切、他言無用....」
言い終わる寸前。婆さんは闇に溶けるように消えた。
....消えた!?
「ひ、人が消え....!?」
「あら、ニベウスは魔術師を見るのは初めてだったかしら?」
「え?」
「それよりも、母に顔を見せて頂戴。....ああ、ニベウス....アナタの瞳を見詰める事が出来る日が再び来るなんて....」
「えっと」
「さぁ、屋敷に帰りましょう。あなたの父もきっと喜ぶわ」
「......」
どうやら、俺はまだ夢を見ているらしい。
俺の手をそっと握りながら目に涙を溜めて微笑んでいるその人の顔をやっとまともに見た。
薄暗い部屋でもはっきりと分かる程美しい銀髪に赤い瞳。とても綺麗な人だった。
ぼへーと、眺めていると女の人は不思議そうに首を傾げる。
「どうしたの?」
「...いや」
すげー。アルビノだっけ?初めてみた。
とは言えじろじろ見て失礼だったかな?でも女の人は特に気にする様子もなく、俺の手を引くと部屋の重い石の扉を開けると階段を昇り始めた。
カツカツと足音を鳴らしながら周りを見回すけど、狭い階段に一定の感覚を開けて蝋燭が灯っていて辛うじて足元が分かる程度でそれ以外よく分からない。
しばらく階段を昇ると木製の扉にたどり着いた。女の人が鍵をポケットから取りだし扉を開けると、そこは正に、ザ・金持ちの部屋があった。
時間は夜中なのか、大きな窓からは月明かりが射し込んでいて、真っ赤な絨毯が鈍くその色を際立たせていた。部屋にはアンティークなのか凝ったデザインのテーブルやクローゼット、屋根の付いたベッドまで置かれている。
「...この部屋も、今日でお別れね...」
そう呟くと、女の人が持っていた鍵もさっきの婆さんが消えた時と同じように溶けて無くなった。
同時に、出てきた扉も消えている。
「あなたを蘇生する為にトーアが特別に用意してくれた部屋だったから、役目を終えたら消える約束だったの。ビックリした?」
「う、うん」
ファンタジーな出来事に圧倒されて頷くと、女の人は少し驚いた表情をした。でも直ぐにほほえむと、俺の頬をそっと撫でて優しく抱きしめた。
身長はほぼ変わらない為、頭を女の人の首筋に埋める事になった。なんか、いい匂いがする。
「疲れたでしょう?今日はゆっくり休んで、明日お父様に挨拶をしましょうね」
そのまま俺の部屋らしき所まで連れて行かれたんだが、その部屋もさっきの部屋に負けず劣らずの豪華な部屋であった。
俺がふかふかのベッドに横になったのを確認すると、女の人は少し名残惜しそうに部屋に戻って行った。
うん、ここまでの出来事をベッドの中でゆっくり考えてみる。
夢、と思ったがどうやら違うらしい。念のため頬をつねってみるが目も覚めない。
これは、あれじゃね?異世界転生じゃね?
魔力カンストチートで現代知識で異世界開拓しちゃうやつじゃね?DA〇H村しちゃう?
まじかー、何かワクワクして眠れそうにないなぁ。明日になったら魔法とか聞いてみよ。なんか貴族っぽい所に転生したみたいだし、魔力は多少なりともあんだろ。
と、俺は期待に胸を膨らませつつなんやかんやで眠りについた。
翌日、鳥さんの囀ずりで優雅な起床をした俺は、豪華なベッドから降りて部屋をぐるりと見回した。 そして見つけたのが姿見。
金色の縁にダイヤやルビーのような宝石が埋め込まれた姿見の前に行き、自分の姿を確認する。
「お、おおう....」
そこには、超美少年が立っていた。
生前のがさつで黄色い肌をした平均日本人の皐月とは欠け離れた、天使のような美少年が鏡に写っている。
昨日の女の人と同じ銀髪は肩に掛かる程の長さでさらさらのストレート。瞳はぱっちりとした紫色で、見ていると吸い込まれそうだ。真っ白い肌に赤い唇が映えていて、華奢な体格も相まって女の子にも見えてしまう。
俺はあわてて股間に手を当てて確認した。
..........。
良かったー。こんな生りでも付いてるもんは付いてたわ。焦った。
転生したら女の子でしただ何てそれなんてBL。
さて、昨日会った女の人は恐らくこの身体の母親なんだろう。名前なんだっけ?ニベ、ニベ....
まいっか、また名前呼ばれるだろ。
俺はニベ何とか君に転生をした。何か噂の転生の仕方とちょっと違う気がするけど気にしない。母親は俺に溺愛みたいだし、分からない事は取り敢えず母親を頼って行こうかな。
今日父親に会うって言っていたけど、今の俺の格好はシルクのシャツにズボンと言う全身真っ白コーデのパジャマのような格好をしている。流石にこの格好で会う訳にも行くまい。
一応クローゼットを開けてみたけど服が沢山有りすぎて何を着ればいいのか分からない。
早速母ちゃんに頼るとするか。
自分の服を母親に頼むってのは恥ずかしいけれど、あの人の事を母親とは思えないから感覚的には親切なおばちゃんって感じだ。部屋を出て少し歩いた俺はふと思い出す。
あの人の部屋ってどこだっけ?
この屋敷、俺の部屋があるフロアだけでもデケェし部屋数も多い。しかも昨日は夜中でフロアの様子が良く分からなかったから母親の部屋の位置を全く把握してなかった。
どうしよう。母親が部屋に来てくれるまで大人しく待つか?
部屋の前でうんうん唸っていた俺の視界の端で、人がこちらに向かって歩いて来るのが見えた。振り向くとバケツとモップを持ったメイドが疲れた顔でうつむきながら歩いている。
うぉおお!メイドさん!メイドさんだ!
流石金持ち!漫画とかで良く見るオーソドックスなメイドさん!初めて見たな、しかも可愛いし朝から眼福だぁ。
そうだ、メイドなら母親の部屋が何処か知ってるかも知れない。見た感じ掃除をしてたようだし、このフロアの事ならよく知ってそうだ。
「あの、すいませーん」
ホテルの従業員に道をきくノリで声をかけると、メイドが顔をあげた。
その瞬間、メイドの顔が真っ青になった。表情も強張り、まるで幽霊に遭遇したかのような恐怖に染まっている。
「えっと、あの」
「きぁああああああああああーーーーーーーーっ!!!!!!!!!!」
絹を裂くような悲鳴、とはこの事か、メイドはバケツとモップを投げ出すと俺に背を向けて走り出した。
え?どしたん?
「お、おく、奥様!奥様ぁあ!!!」
メイドはそう叫びながらある部屋に入って行った。
なるほど、あそこが母親の部屋か。何も聞かずに案内してくれるなんて優秀なメイドさんだなぁ。って、んな訳ねぇ。様子がおかしい。
俺が慌てて部屋に行くと、メイドが母親にひっぱたかれる瞬間を見てしまった。
母ちゃんなにしてんの?
「この卑しい下女が!身分も弁えずマーシュマロウ家の嫡男を化け物呼ばわりとは何事です!その命捨てる覚悟があるようですね!!」
鬼の形相で怒鳴られているメイドはガタガタ震えながら途切れ途切れに話し始めた。
「で、ですが、....ニベウス様は、せ、先日、熱病で」
「黙りなさい!その減らず口を削ぎ落としましょうか!!」
更に手をあげた母親にメイドは悲鳴をあげて身をすくめた。
おいおいやりすぎだろ。
俺は慌ててメイドと母親の間に割り込んで振り上げられていた腕を掴む。俺の行動に母親は眼を見開いて驚いた表情を浮かべた。
「おば....お母様、暴力はいけません。何をそんなに怒っているんですか?」
あぶねぇ!うっかりおばさんって言う所だった。
なるべく思い付くお坊ちゃんの言葉使いをしてみたが、大丈夫だろうか。
母親の表情をみる限り、大丈夫そう....て、あれ?何か泣いてない?
目から涙が流れてるんだけど。
「ニベウス....今、何て言ったの?」
え?俺、何か間違えた?
ヤバいヤバい!漫画知識だけではどうにも出来なかった!正しい貴族の言葉使い何か知らねぇ!!
「えっと....」
あ、汗が止まらない....。ここは素直にごめんなさいか?
「ねぇニベウス、もう一度言って」
「へ?」
「もう一度....お母様と....」
....ん?下手こいた訳じゃ、無いのか?
「お、お母様....?」
言われるがままそう呟くと、母親はその場に泣き崩れた。