12
気が付くと、俺はベッドに横たわっていた。
しかし、天蓋付きのゴージャスなベッドではなく、普通のシングルのベッドで寝ていた。部屋も、無駄に広いのに物が少ない寂しい部屋ではなく、5畳スペースの漫画や雑誌、着替えで散らかった普通の部屋だった。そう、ここは、生前の俺の部屋だ。
「皐月ー!三代君来てるわよ!一緒に合格発表見に行くんでしょー!」
一階から、母さんが俺を呼んだ。
この場面。デジャヴュ....。
そうだ、これ俺が死んだ日の朝だ!
「母さん....」
これは、夢なのか?
俺はベッドから出ると、部屋のドアをゆっくりと開けた。
「......ニベウス....」
ドアを開けると、そこにはローザリーお母様が悲しそうな顔で立っていた。
どうしてお母様がここに?
と、思いきや俺の部屋はいつの間にかニベウスの部屋に代わっていた。
「ねぇニベウス....最近メイドに乱暴をしているみたいだけど、どうしてそんな事をするの?お母様に教えて」
乱暴?そんな事をした覚えは無いんだけど......。
「どうして?決まってるでしょ。躾のなってないメイドに罰を与えてやったのさ」
勝手に口が開いたかと思えば、俺はありもしない事をべらべらと話しだした。
おいおい、どうなってんだ?
「こんのバカ息子!!親に向かって何て口聞いてんだ!!」
ローザリーお母様の姿が突然皐月母に変わった。部屋も皐月の頃の物に早変わり。母さんは俺の頭に掃除機をぶち当てるといきなり切れた。
いってーーーー!!!!
「何すんだばばぁ!!!」
「皐月!あんた二度もばばぁっつったなぁ!覚悟しろ!!!」
は!こ、これは、俺が初めて母さんにばばぁって言った日の記憶....!!
やべぇ逃げろ!!
俺は慌てて部屋を飛び出した。
「待ってニベウス!!何処に行くの!?」
逃げる俺の腕をローザリーお母様が掴んで引き留めた!
は、離してくれ!母さんに殺され....
あれ?また場所がかわってる。
今度は屋敷の玄関だ。俺が出ようとしているのをお母様が必死な形相で引き留めている。
「あんたには関係無いだろ!離せよ鬱陶しい!!」
「ニ、ニベウス!どうしてそんな言い方をするの?もうずっと屋敷に戻ってないじゃない!!私がどれだけ心配して」
「うるっさいなぁ!!!」
俺、いや、ニベウスに突き飛ばされたお母様は悲鳴をあげて床に倒れこんだ。慌ててメイドが駆け寄る。
「はっ!いい加減、口先だけのあんたと居るのにはうんざりしてるんだよ。あんたはそこのどんくさいメイドに世話やかれてればいいだ」
酷い台詞をはいてニベウスは屋敷を出ていった。
後ろで自分の名前を呼ぶお母様の声をなんとも思わずに。
「全く、飛び出したかと思ったら風邪なんか引いて....息子がアホで本当に母さん悲しいわ....」
また、皐月の頃の母さんに変わった。
俺は自分のベッドで寝ている。
これは、いつの記憶だ?
「おかあさーん!お兄ちゃんまだ元気にならないの?」
「入って来ちゃ駄目よ優月。風邪移っちゃうから」
あ、思いだした。
これ、小5の頃の記憶だ。
3つ離れた妹と喧嘩になって、母さんにお兄ちゃんだから我慢しろって言われたのにムカついて雨が降ってるのに外に出たんだ。んで、風邪ひいてのこのこ戻ったっていう....。
いや、本当にアホですんません。
「....でも、母さんも悪かったわ....皐月はいつもお兄ちゃんとして頑張ってくれてるのに....我慢ばかりさせてたわね....」
そうだ、母さんにこの時こういってもらえたから、俺はこれからもちゃんと優月の良い兄ちゃんになろうって決めたんだ。
けど、死んじゃったんだよなぁ。
「ごめんなさい....」
瞬きをしたら、今にも泣き出しそうなローザリーお母様が俺を見下ろしていた。
あの、天蓋付きのふかふかのベッドで寝ている俺の汗をタオルで優しく拭いてくれている。
「ごめんなさいニベウス....。あなたがこんな風になってしまったのは、私のせい....」
違う。お母様は何も悪くない。
けど、苦しくて口を利けない俺は黙っている事しかできなかった。つっても、このルキウスになると俺の意思では話せないんだけどな。
「ニベウス....元気になったら、あなたの誕生日を祝いましょう....だから....」
俺は、そこで目を覚ました。
多分、あの夢はニベウスの記憶なんだろう。
俺の記憶とニベウスの記憶がせめぎあって混乱しそうだった。
あれが元のニベウスだとしたら嫌な奴だな。メイドに暴力奮って母親突き飛ばして勝手に出てって挙げ句熱病にかかるとか、迷惑過ぎる。
「....あ、ニベウス」
ずっとそばに居たのか、椅に座ったお母様がホッとした表情を浮かべた。
「良かった、目を覚ましたのね....!」
「お母様....」
俺はどれくらい寝てたんだろう。外から夕日が差し込んでいるのを察すると、あれから四時間は寝てたのかも知れないが。
「大丈夫?何処か具合の悪い所はない?」
「大丈夫です。もう平気ですよ」
お母様は俺が何ともないと分かると胸を撫で下ろし、小さな声で良かった....と呟いた。
目の前で倒れちゃったしな、驚かせてしまったのは悪かった。すんまそん。
「駄目じゃないあんな無茶をしたら!メイドにあなたが庭を走り回ってるって聞いた時は血の気が引いたわ....。そのあといきなり倒れて....もう二度としないでね、ニベウス」
脳内でふざけた謝りかたしたらお母様にガチ説教されたなり。
「はい、ごめんなさい」
そういや、お母様にはっきり叱られたのは初めてかも。俺が息子になってまだ二日しかたってないってのもあるけど。でも、さっき見たニベウスの記憶にもお母様が叱る記憶はなかった。
俺が知らないだけでお母様はニベウスを叱ったりしたのだろうか。でも、あの感じゃ叱るに叱れなさそう。あれは反抗期っていうよりグレてるって言った方が正しい。
ああなると親の言葉なんて聞く耳持たないだろうしなー。いや、別に経験論じゃないですよ。客観的な意見です。
「分かってくれたならそれでいいのよ。今夜はあなたの誕生日を祝う予定だったけど、体調が優れないなら明日にしましょうか?」
「え?誕生日?」
そういや、ニベウスの記憶にそんな事を言ってるのがあったな。
「そうよニベウス。今日はあなたの15歳の誕生日よ!」
ニベウス、俺と同い年と判明。
いや、一つ下かも?俺今年の5月で16になるから。
「今日はルキウスも夕食には帰るらしいから、三人で祝いましょうね。ふふふ、ルキウスがあなたの誕生日を祝ってくれるなんて....夢みたいだわ」
お父様....誕生日今まで祝ってやらなかったのか....。
父親に相手にされないからグレるってそれなんてボ〇ト。いやアイツはグレかけただけか。
「......お母様....」
「なぁに?」
何となく、お母様を呼んだ。
けど、何で呼んだのかよくわからない。でも、何かを言い、伝えたいと言う気持ちが静かに俺の心を揺らした。
夢で見た、悲しそうなお母様の顔と、突き飛ばされて床に倒れるお母様が脳裏で再生される。
「今まで....ごめんなさい....」
ポロっと口から零れた謝罪。
俺がやったわけでも、酷い事を言ったわけでもない。でも、どうしても言いたかった。もしかしたら、この身体に残ってるニベウスの心がそうさせたのかもしれない。違うかも知れないけど、今はそう思いたかった。
「ニベウス....記憶が....?」
「....少しだけ....」
お母様は少し動揺したが、直ぐにいつもの優しい笑みを浮かべる。
「あなたは悪くないわ」
お母様は、夢と似たような事を言った。
ニベウスは悪くない。
悪いのは自分。
そうじゃないだろ。お母様。
悪いのは、ニベウスじゃないか。
「お母様、俺が悪くないのなら、お母様こそ何も悪くありません」
「ニベウス....?」
「悪いのは俺です。お母様は俺に怒るべきです。今までやって来た事を怒って、叱って下さい」
格好つけたけど、いきなりお母様がガトリングしてきたらどうしよ。ちょっとしか見なかったけど、相当生意気だったよ。お母様ストレス半端ないよ。普段怒らない人程怒ると恐いって言うし....。
やべ、その場の勢いで叱って下さい(キリッ)なんて言わなきゃ良かった。
お母様は俯いて黙りこんでしまった。
俺はいつピストルを撃ち込まれないかびくびくしながら身構えた。
「......ない」
「......はい?」
声ちっさ!?
もっとボリューム上げてくだせぇ。
「私には....その資格はないの....」
資格?何の事だ?親が子供に怒ったり叱ったりすんのに資格とかいるか?
「お母様、資格だなんて、何をいいだすんです?」
「....私は....」
お母様は俯いたまま、辛そうな声色で何かを話そうとした時だった。
「困ります!!今すぐお帰り下さい!!」
「警備兵!!クソッ、半分ルキウス様に付けたんだった!!」
何だか、部屋の前が騒がしい。
「アリス君!こんな事をして今度こそ只ではすまないぞ!!!」
「処罰でしたら後でお受けします。ですが、今だけは譲る訳にはいきません!!!!」
ガゴンッ!とどでかい音がすると、人の悲鳴が聞こえてくる。
何だ?何が起きてるんだ?
「ニベウス!隠れて!」
なんで?てか何処に?
俺がもたもたしてる間に部屋の扉が乱暴に開かれた。
そこに現れたのは、赤い軍服のような服を着ている一人の女性だった。
長い金髪をポニーテールに結び、青い瞳は凛々しくいかにも気が強そうだ。そんな彼女は俺を見るとその瞳を零れんばかりに見開き、次の瞬間には悲壮を湛えた。
「.....間に合わなかった...!!」
彼女は、アニメの放送時間に遅れた俺と同じ台詞をはいて膝から崩れ落ちた。
どしたん?
そんな彼女の背後から同じ服を着た中年の男性が部屋に駆け込んみ、息を切らしながら敬礼をした。
「も、申し訳ございませんマーシュマロウ夫人!此度の騒動、どうかその広いお心でお許し頂けませんでしょうか!」
「何ですかあなた達!突然不悉けに屋敷に上がり込んで許せなど....立場を弁えなさい!!」
まぁ、これはお母様も怒るわな。
そういやすっかり忘れてたけど、お母様って俺以外には沸点低かったわ。
「大変失礼致しました!!処罰は私が受けます故、どうかこの場は穏便に」
「マーシュマロウ夫人....」
おっさんが必死で場を納めようとしているのを、金髪のねーちゃんが遮ってゆらりと立ち上がった。
ギロリと鋭い眼光をお母様に向ける。
「......ルキウス様ですか?夫人ですか?それとも、お二人で画策なさったのですか?」
「何の事です」
金髪ねーちゃんは俺を見ると、ビシリと指差し声を張り上げた。
「そこにいるのは、先日亡くなったあなたのご子息ではないのですか!!!」
今までお母様しか視界に入っていなかったのか、おっさんはたった今気付いた!!って顔をしている。
「ニベウス様....確かに、あの方はニベウス様だ....四年前に王都にいらした時に護衛をしたから間違いない!」
お母様が俺と二人の間に入り庇うように腕を広げた。
事態が大変な展開に転がり始めたのを感じ取った俺はキョドるしか出来ず、あう、だの、うぇ、だのしか言えない。
馬鹿すぎる....。
「どういう事か、説明していただけますね」
女性がお母様に詰め寄る。しかし、お母様は全く動じた様子を見せなかった。
「嘆かわしい。あなた、ガルディン公爵のご息女のアリス様ですね?幼い頃は淑女として立派な振る舞いをしていたというのに。やはり、平民の群れに属せば高貴な血も曇るようですね」
たちまち彼女が怒りで目を釣り上げ、拳を硬く握った。
「今の私は貴族としてではなく、魔術憲兵としてあなた方を捕らえに来たのです。ご子息が黒魔術によって甦ったかは、調べれば直ぐに解ります」
「..........」
暫くの沈黙。
お母様がゆっくりと口を開いた。
「捕らえる必要など、無いわ」




