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無味

「お待たせしました。ドリップコーヒーです」


 アルバイトと思われる店員の女の子は、注文したコーヒーを零さないように丁寧に置いた。私は相手に気付かれるかも分からないくらいの小さな会釈をした。何か目的がある訳でも無く、何となく覗いていた携帯をテーブルの端に置くと、コーヒーの入ったカップに手をかけた。が、そのまましばらく硬直した。


 カップの下には白い皿が敷かれている。その上にはミルクと砂糖があった。普段の私なら迷わず両方ともコーヒーの中へぶち込んでいた。でも今日は違った。どうしても入れたくなかった。


 少し悩んだ後、意を決した私はコーヒーを口の中へ注いだ。微かに酸っぱく、そして非常に苦かった。想像を超えていた。一瞬、視界がグニャッとした。そしてあまりの苦さに、えずいた。


 カップを静かに置き、すぐに辺りを見回した。店内は、やたらでかい声で話す二人組の中年の女性と熱心にパソコンのキーボードをたたいてるサラリーマン、イヤホンを突っ込み勉強してる学生など平日にしては多いと思われる数の客がいたが、私が喉から非常に下品な音を出したことに気付いたものはいないようだった。中年女性の声のでかさに、かき消されたのだなと思うと、私は心の中で見ず知らずの中年女性に向かって土下座した。このような大衆の前で恥を晒すなど、仮にも女子大生である私には耐えられるものではなかっただろう。


 ふう、と一息ついた後、再び携帯を手に取り時間を確認した。待ち合わせの時間まで後五分ちょっと…。もうすぐ彼がやって来る。今日、この喫茶店に呼び出したのは彼でなく私だ。彼にはまだ要件を伝えていなかったが、恐らく分かってるはずだ。


 私は今日、彼に別れを切り出すつもりだ。


 付き合ってからもう二年が経とうとしていた。今更彼との思い出など思い出したくもなかったが、私の脳は勝手に彼と過ごした時の記憶を探り出し始めた。次々と記憶がフラッシュバックしていき、体が熱くなっていくのを感じた。止めろと言わんばかりに私はコーヒーを口に突っ込む。そしてまた、えづいた。

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