ヲタバレカレシとカノジョちゃん
彼女にオタバレしちゃったというテーマです。
「捨てて」
彼女は冷たく言い放った。
「なんで」
僕も負けじと言い返した。
「だって二人で住むんだよ。こんなにいっぱい人形とか、そんなのいらないじゃん」
彼女は陳列棚に整然と並べられた芸術品に、なんだか虫を見るような目つきを向けている。
「人形じゃない、フィギュアだ」
フィギュア、それは人形じゃない。何かの観念とか想念を具象化した立体なのだ。
「人形じゃん。っていうか、エロで十八禁じゃん」
彼女は嫌悪を隠そうともせず、眉間にしわを寄せている。
「そりゃ、ちょっとはエロいかもしれないけど、十八禁じゃないよ。それに無駄な装飾を極力省くことで本来の美しさを表現しようとしてるんだよ。例えば、女性の肢体の美しさとか。それにフィギュアはいわば、こう、僕ら男の理想と言うか、人間というモノの理念体の具象なんだよ。それで、さ、やっぱりこう、女の子の体の方が、美しいっていうか、いやそこは男でもいいんだけど――ほらここに男の子のフィギュアもあるしね――まあでもやっぱり、まあこれは僕の芸術観なんだけど、女性の、儚げだけどどこか強さを秘めている、そういう生命の神秘っての? そういうのを理想的に表現したら、やっぱりこうなるんだよ」
もう僕の嗜好などとっくにばれてしまったので、僕はなりふり構わず、キモイのを承知で説明した。身振り手振りを交えながら。
「いや、よくわかんないし。っていうか別に役に立つものじゃないんだから無くてもいいじゃんてこと」
彼女は棚から目を背けて、もう見るのもいやだと言った風情だ。
「ここはそもそも僕の部屋なんだ、だから僕が何を置こうと勝手だ」
僕は握りこぶしをわなわなと震わせながらこうすごんでは見たが、所詮ヒョロガリオタクの僕では彼女に腕力ですらかないそうにない。いや、頭脳では勝てるはずなんだけど、口のうまさではやっぱり勝てそうも無い。
「今日からあたしも住むんだし、それに部屋代も食費も折半なんだから文句言われる筋合いはなくない?」
ぐぬぬ、と僕は歯軋りする以外は無い。しかし、僕が長年かけて集めたコレクションを僕がなんで捨てなきゃならないのか、全く得心がいかない。どうして僕が一方的に譲歩しなくちゃならないのか。
「あのね、あんた分かんないみたいだからはっきり言わせてもらうけど」
彼女は腕組みし、さあ今から爆弾落とすわよ、と言わんばかりのドヤ顔で僕を見下ろした。
「その本棚に並んでるキモイ漫画とかも全部捨ててね。要するに、漫画とかアニメとかそういうのもうやめてほしいの」
はあ、やっぱり。僕は彼女と付き合い始めた当初から、彼女がいつかこのことを口にすることは分かっていたのだ。いつその日が来るのか、僕は彼女とデートしながらもそのことばかり戦々恐々としていたのだ。そして僕は今日この日、この時まで僕の嗜好をうまいこと隠しおおせてきたのだ。それに関してはちょっとずつ、遠まわし遠まわしに匂わせながら、少しずつ少しずつ彼女の理解を得る努力をしてきたのだが、そしてそれが無駄な努力とはもちろん思っていなかったのだが、これ全て灰塵と化してしまったのだ。
「いい大人なんだし」
お、大人だからなんなんだッ……! とは口にできなかった。
「なんていうか、私まで同じだと思われたくないし」
同じだッ……! 形が違うだけで、リビドーの向かう先が違うだけでお前も同じだッ!
しかし、僕は彼女との生活を円滑に行いたいと望む。
「――全部実家に送るよ……」
「それなら、まあいいわ」
僕は寂しく自分のコレクションを梱包する作業を始めた。一つ一つ、やさしく元箱におさめながら。その後ろで彼女はせっせと自分の荷物を解きだした。ワンルームマンションのどこにそんだけ置くんだ、という量の段ボール箱がある。
「おい!」
仕事がひと段落して、部屋を見渡した僕は驚愕した。
「なんだよこれ」
「ドレッサーだけど」
そこにはヨーロッパから輸入したとしか思えないゴージャスな化粧台が置いてあった。
「でかいよ! それにこの部屋にあわないだろ!」
「でもこれが無いと化粧できないから仕方ないよ」
その化粧台にはおよそ何に使うのか分からない物体が所狭しと並べられ、下品さを一層盛り立てていた。
「付けまつげとかそんなにいるの? これ」
「使い捨てだから」
嘘だろ! いや、それよりも僕は、その小さい面積、せいぜいパン皿ほども無い顔面にこれだけの化粧と言うか、もうほとんど絵の具、いやへたすりゃポスターカラー、を塗りたくっているという事実に戦慄を覚えた。
「その日の気候によって下地を変えたりするから、どうしても多くなっちゃうんだよねー」
てへっ☆ と可愛く小首をかしげる彼女。その顔こそは彼女の作り上げた芸術作品である。僕は嫌いじゃないが。
建付けのクローゼットがこの部屋にはあるのだが、僕の服は端っこにぎゅうぎゅうに押し込まれて、大半を彼女の服が占領していた。しかしこれは想定内である。
風呂、及び洗面台。ここにも得体の知れない薬品が所狭しと置かれていた。言うまでもなく彼女の私物である。
「あ、それはシャンプーでえ、こっちがコンディショナーでえ」
と、いちいち説明してくれても耳には入ってこない。僕はリンス・イン・シャンプー一本、石鹸一個である。
その説明に三十分を費やした後、今度は洗面台である。
「これは化粧落としで、これも化粧落としで、あっこれも化粧落とし……」
彼女の親切心なのか、こだわりなのか、全部あげつらって解説しようとするのだが、僕は「あ、そう」としか言えない。
極めつけはキッチンである。そこにはめまいを起こしそうな程の道具類その他が置かれていた。
「ちょっと、料理道具とか手鍋とフライパンだけで十分じゃん。何これ?」
僕は目の前にあった中華なべを手に取り言った。
「何って、中華なべ」
僕はクラッとしながらそれを元の場所に戻した。そこにあるのはただ中華なべのみではない。フライパンなんか五個も六個もある。いつの間にかキッチンの上に棚が増設され、そこに鍋がどかどかと押し込められている。何種類もの包丁が立てかけられている。あ、僕これ知ってる、スイカ用だ。調味料も様々の種類のが整然と並んでいる。IHの調理器は外され、そこには三口のガスコンロが置かれている。そりゃそうだ。中華なべがあるんだからIH調理器は使えない。それをいちいち説明している彼女がそこにいるのは分かっているのだが、正直僕は無意識に相槌を打つのが精一杯で、半分正体不明である。
「あとは、食器を買いにいかないとね。できれば全部ノリタケでそろえたいね」
なんだそれ、とんねるずか。タカアキも売ってるのか。
その日の晩はありったけの調理器具と食器を使って彼女が料理を振舞ってくれた。彼女はまるでいくつもの手があるかのようにてきぱきと動き、その姿はさながらアシュラマンである。見る見るうちに満貫全席と見まがう程の皿が半畳程のテーブルに並べられてしまった。
僕が悔しかったのは、彼女の料理の腕前は決して道具に比べて力不足と言うことはなかったと言う事。そしてその日の晩、彼女の風呂上りに気がついたのだが、化粧の腕前もプロ並だった事だ。