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8 It’s Limit

人の価値とはどこで決まるのか?

その人の見た目か、才能か、素質か、資産か、生まれか、出た学校か、職種か。

どれだけ努力したのかもバロメータになりうるし、人付き合いでも評価される。

これまで神のような評価を受けていた人が、たった一つの過ちで転落の人生を歩む例も挙げれば枚挙がない。

そうなるとつまり人の価値とは、それこそ絶対的なものではなく、その時々、一刻ごとに変化するものであることは明らかだ。

たとえば俺が入学わずか半日もたたずに、全校生徒から敵意と軽蔑を受けたように。

そして姉川舞音という、美貌と才能とを持ち合わせ、野蛮な一面で辺りを遠ざける彼女となれば、いらない期待と希望を背負わされたはず。

それは、何の期待もされず、むしろ敵意にさらされている俺にとって――



「いや、別に羨ましくもないか」


緑歩道を歩きながら、青空に向かってつぶやく。

保険医さんの目を盗んで出てきたものの、体はガタガタだ。とはいえ時間がない。腕章を集めるための。

なぜ俺がそんなことをするか。

姉川舞音――あの負けず嫌いなやつのことだ。

大野先輩に負けたことがどうしても許せなかったんだろう。

決勝リーグで勝負ができると分かれば、単身乗り込むことも考えられる。

その時は、俺なんていう足手まといもいない。力尽きる最後の最後まで、彼女は勝とうとするはずだ。


「くそ、勝てない勝負なんか……意味ねぇってのに!」


とはいえ彼女のその気持ち。共感はできないが、理解はできた。

夢を諦めたら、道はそこで行き止まりだ。その丁度いい見本が、今、ここにいる。

けど逃げることは決して間違いじゃない。

勝てない勝負を避けるのは、決して愚かではない。

99回負けても最後の1回勝てば勝者の天下だ。高祖劉邦、徳川家康万歳だ。次に勝てる可能性があるのに、その可能性を食いつぶす行為は俺からすれば愚かでしかない。

ただ……先ほどの保険医さんの言うとおり、感情を殺す人間は、他人を感動させられないというのも確かだ。

だから理解はできる。彼女の行動も。


焦りに自然足が早まるが、走ると足や背中に痛みが走る。

こんな状態の俺が何の戦力になるか……いや、諦めたらそこで試合は終了だって昔の偉い人は言っていた。

俺がふらふらと、だが一歩ずつ確実に歩を進めていたそんな時だ。


「キミ、東雲くんだよね?」


背後から声。

振り向くと、見知らぬ人がいた。これといって特徴のない、爽やか系の少年。蒼の制服。芸能科だ。


「えっと……どちら様?」

「あぁ、僕は遠藤茂。しがないシンガーソングライターさ。ところで、君、今フリーだよね?」


よろしくの挨拶もなしに、いきなり本題に入ったらしい。


「ま、どっちでもいいさ。とにかく、僕と組まないか? 5千点あるから、ほぼ決勝に行けるよ。キミなら戦力になりそうだし、ルックスもまぁまぁだし。いや、別に表に出なくても僕のマネージャーになれば、すぐトップマネージャーに――」


だらだらと虫のいいことを言ってくる男の姿を見てピンと来た。あぁ、黒腕章狙いか、と。

こうして話しに来たということは、勝って奪うというスタートダッシュの連中ではなく、懐柔して味方に取り込んでしまうという方針だろう。

今更、という思いがなくもないが、要は姉川の存在がいなくなったのを幸いに近づいて来たに違いない。


「ちょっと待った。シノタクくんは俺らと組むんだぜ」


そう言って逆の道から現れたのは、ポップな感じの(悪く言えばチャラい)男たち4人。

リーダー格らしい男は、俺の横に立つと、馴れ馴れしく俺の首に腕を回して「なっ」と爽やかな笑みを浮かべてきた。いや、誰だよ。

だがそれだけに終わらない。

どこから嗅ぎつけたのか、次々と俺と組みたいという奴らが出てきて、いつの間にか数十人に囲まれる事態になった。


「おい、うちらが先約だぞ!」「なにを!? 俺らが目をつけたのはお前らより先だぞ!」「はぁ!? お前らなんかより、俺らの方がずっとずうううううっと先だし!」「いや、あんたたちみたいな、むさい男たちと組むよりあたしらと組んだ方がマシだよねー」「うるせー、ブスはすっこんでろ!」


なんだかつい数時間前をコピーしてきたような展開。いや、より幼稚になってる気がする。

……はぁ、これだからアイドルってのは。今はこんなことしてる場合じゃないのに。

と、周囲の喧騒をよそに、思考を回す俺の耳に、


『伏せたまえ、一般科の貧乏人クン!』


急に声が響いた。この近くに一般科は俺しかいない。貧乏人という言葉にトゲがあるが、嫌な予感がして俺は身を伏せた。

そして、


『アイド流闘芸法とうげいほう奥義――セカンドシングル、“ライク・オア・ラブ”!!』


誰もが緊張の面持ちに包まれた。


『ライク、ラブ、ラブ、ライク。それは好きという言葉。だけど違う。好き、ライクライク、だって君には僕のラブ』


意味不明の歌詞が、周囲に流れる。

そして地面が爆ぜた。それこそ、爆弾でも使ったかのように。そのあおりを受け、宙を舞う人たち。俺はその場で身をかがめるしかできない。

辺りが砂埃で覆われ視界が確保できないのもあるが、どう動いても、こうもランダムに爆発が起きては当たるも当たらないも、運に身を任せるしかないからだ。


「げほっ、げほっ……なんだよ、これ」


何とか巻きあがった砂埃から抜け出すと、新鮮な空気で肺を換気。くそ、今日2度目だぞ。こんな馬鹿なことするのは誰だ。


「いや……そういやいたな、お前たちが」


この闘芸法、朝見たものと一緒だ。何よりこのキザったらしい歌にキザっぽい演出。

案の定、キザ男を中心とする5人組が俺の前に立っていた。


「ふっ、忘れたとは言わせないよ。そう、僕たちこそが男子の中の男子――」

「バッシングか」

「違ぁう! “男子ング”だ!」


良い感じで突っ込み入れてくれたキザ男だが、すぐに冷笑を浮かべる。


「ふん、せっかくのピンチを救ってあげたというのに、お礼も十分に言えないとは。知識も教養もない、まるで野蛮人だな。これだから貧乏人は」


誰も助けを求めてないし、色々な偏見に文句を言いたかったが、助かったことは事実。


「う……アリガトウゴザイマス」

「ヨクデキマシタ」


にやにやといやらしい笑みを浮かべるキザ男。くそ、本当に嫌な奴。


「で、何の用だ。お前らみたいに暇じゃないんだ」

「僕らが暇とは心外だね。なにも君がフラレたからといって笑いに来るほど暇じゃないんだよ、僕らはね……くくく、あっはっはっは!」


笑ってるじゃねぇか。やっぱこいつむかつく。


「なら……やっぱ腕章これか!」


俺は咄嗟に身構え、逃走ルートを探る。

それ以外の理由で俺を狙うとすれば、黒の腕章しかない。


「ふん、僕らにはそんなものは必要ない」

キザ男がパチンと指を鳴らしてみせると、他の4人が上着を脱ぎ捨てた。

その下にあったのは数多くの腕章。……てか、なぜわざわざ脱ぐし。


「ファンの皆からの贈り物、合計3万点。ま、僕らの実力からすれば当然のことさ」


お前らの力じゃないじゃん。

いや、ファンを動かす力ととらえれば、それも実力か?


「じゃあ、なんで俺を助けた……?」


黒の腕章じゃなければ、こいつらが俺を助けるメリットはない。

朝からの因縁を思えば、彼らが善意で俺を助けることはありえないはずだ。


「やれやれ、貧乏クンは人を疑うしか脳がないようだ。僕が男を助けるのは、一生に一度あるかないかの奇跡だというのに」


相変わらず人を見下したような言い方に、カチンと来ないわけではないが、とりあえず話を聞くことにした。


「僕たちは借りを返したいんだよ。姉川舞音、そして――キミに」

「は?」

「結成後3年間負け知らず。既にデビューは済ませてプロのライセンスも持っている僕らは、いわばエリートだ。そのエリートが初めて味わう敗北、しかも素人相手に。ショックで一気に転落だなんてありがちなダサい展開、それはナンセンスなんだよ」


うむうむ、とキザ男の言葉に同意するメンバーたち。


「……正直、だからどうしたって感じなんだけど」

「話は最後まで聞くのが美しい人との付き合い方だよ、貧乏クン」

「人を見下す人間の話なんて聞かないのが、正しい俺の生き方だよ、キザ男くん」

「……っ!? 英才教育を受けてきたエリートの僕に、説教する気か、人生負け犬クン?」


売り言葉に買い言葉。

俺もイライラしていたから語尾が荒くなる。


「その負け犬に負けた奴はどこの誰かな、負け猿くん?」

「く、くく……クキャキャー!!」


突如奇声を上げて俺に襲いかかろうとするキザ男を、他の3人が押さえつけた。

当のキザ男は、俺を指さして訳のわからない言葉を並べている。


「あー……ファンの子たちがいなくてよかったよ」


キザ男の隣にいる背の高い美少年が、やれやれといった感じで嘆息して俺を見る。


「とまぁ、こんな感じの奴なんだけどさ。ちょっとプライドが高いだけで、悪い奴じゃないんだ。その、なんだ。要は君たちと再戦したい。そう言いたいんだよアサは」


男が錯乱状態のキザ男に代わってそう告げた。あのキザ男よりよほど冷静で嫌味もなく、彼の方がリーダーに相応しい気がする。

命名“リーダー(仮)”。


「再戦……?」

「そう、アサだけじゃない。僕も、他のこいつらも君たちとまた戦いたい。リターンマッチで負けを清算したいんだ」

「そうは言ってもな。そんなことする意味はないだろ」

「意味はあるさ。今朝みっともないところを見せてしまったファンのため。そして何より僕たち自身の夢のため、誇りのため」

「ファン……夢、誇り…………それ本気で言ってる?」

「当然」


生真面目な顔で、俺の目をしっかりと見据えてリーダー(仮)は――いや、5人全員が俺の問いを首肯した。

マジか。マジか、こいつら。

本当にそう考えてんのか。だとしたら――


「ぶはっ、くくくく……あっはっはっはっは!!!」


堪え切れず思わず噴き出して、大笑いした。


「どうして笑うのかな?」

「いや、すまん。他意は……あるな。みんな夢とか意地とか言うけど、誇りは初めてだな。っくく」

「悪いかな、それじゃあ?」

「別に、人それぞれだし。けど今日1日、延々と聞かされて。食い飽きたよだよ。あー、ほんと馬鹿ばっかだ、ここは」


ほんと馬鹿だ。

自分も含めて。


「夢追い人はある意味馬鹿なのかもしれない。いや、馬鹿にならなきゃ夢は叶わないとも言うね。しかし残念だよ。一般科でも、君は骨のある奴だと感心してたんだけどな」

「感心されても、全く嬉しくないね。俺はお前らみたいな中身のないアイドルがいっち番大っ嫌いなんだ」


睨みあう。

勝てない勝負はしないつもりだが、ここでは退けない。アイドルに対する俺の思い。俺のアイデンティティがある限り。

が、予想外にも退いたのは向こうだった。


「ここではやらないよ」

「逃げんのかよ」


勘違いしないでほしいな、とリーダー(仮)は前置きする。


「だからその決着を決勝リーグでやる、それでどうだい?」


……食えない奴だな。

俺とリーダー(仮)の話を聞いて、キザ男にも思うところがあったのだろう。急に割り込んできた。


「そうか、そうだな。何もこんな誰も見ていないところで決着つけても、誰も盛り上がらないし、何の得にもならない。そう、僕らはアイドルだからね。ファンの前でこそ輝くのさ」

「俺は一般科だぞ」

「関係ないね。僕らに盾突いた己の不幸を呪うがいい。ま、君が尻尾を巻いて逃げだしたってことにしてあげてもいいんだよ。それはすなわち、姉川舞音の負けだから」


くっ……叶うなら今すぐ殴り飛ばしたい。

そう思った俺の前に、腕章がどさどさっと置かれた。キザ男が外した腕章だ。


「でもそれは許さない。そこに1万点ある。それで君らは決勝リーグ進出できるだろう?」


積みあがった腕章をキザ男が指差す。

キザ男に塩を送られるなんて、明日は槍が降るんじゃないか?


「ふっ、勘違いしてもらっては困るね。僕はしっかりと勝負をつけたいんだ。不戦勝なんて汚名変調にもならないからね!」

「汚名返上、だよアサ。その間違い方は初めて聞いたな」

「と、とにかくだ! 勝ち逃げは許さないからな! 決勝リーグ、キミたちに勝って、そしてあの巨人も倒して、“男子ング”スペシャルライブで観客をメロメロにしてやるのさ!」


言うだけ言って、キザ男は踵を返す。それに続くようにリーダー(仮)や他の連中も続く。

………………………………………………………………………………はっ!

結局なんだったんだ。

挑むだけ挑んで、言うだけ言って、頼むだけ頼んで、OKの返事も得ずに消えていく。

勝手で、我がままで、負けず嫌いで、そして自意識過剰。やっぱりアイドルなんて嫌いだ。


「あーあ、こんなはずじゃなかったのになぁ……」


元の目標としては、アイドルとは適度に距離を置き、仲の良い学友とそこそこ快適な学校生活を送る。

それでもって、なかなか勉強して、まあまあ優秀な成績を取って、どこかしらの宝名グループ内定をもらう。

その中に芸能科とのいさかいなんてなかった。

勝てない勝負はしないはずだったのに。

だがどこでどうなったか、なぜかこのイベントの中心に自分はいて、そして俺の行動がこれからのキーになることになってしまっている。


「どうすんだよ、これ。…………お前はどうしたい、姉川舞音?」


サクラを乗せそよ風舞う空に問いかけた。

風は答えてくれなかった。



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