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7 Wake Me Up

……………………………………………………………生きるのってだるくね?



覚醒した。

まぶたを刺す白い光。

重心が背中。寝ているのか。背中から返ってくる柔らかい反発からベッドに寝ているのだと推測。

それだけで生きている、と実感できた。


…………あれ、ついさっきも似たようなことなかったっけか?


「あ、大丈夫ですか?」


聞き覚えのある声だ。

目を凝らすと、先ほどの保険医さんが、横に座っていた。相変わらずカルテボードで顔を半分隠しているが。


「えぇ、なんと――痛たっ」


起き上がろうとしたが、ずきりと身体中に悲鳴があがった。


「だ、大丈夫ですか!? 一応大事はないですが、その、傷が多いんで。し、しばらく。休んでてください……」


保険医の人は顔をそむけた上、ボードで目元まで隠してしまった。

なんでだろうと思ったが、よく見ればシーツがはがれた俺の姿。上半身裸の、下はトランクスのみだった。

俺の左横には高校指定のジャージがたたまれて置いてあった。これに着替えろということだろう。

その横にはズタボロになった俺の制服が。

……あーあ、制服高いんだよなぁ。制服で命が買えた思うなら安いもんだけど。


「死に損なったみたいだな」


姉川が入ってきた。

それを見て、保険医さんはしばらくの留守を姉川に頼んだ。他の場所でけが人が出て、応援に出なくてはいけないらしい。どこもバトル=ライブの激戦が繰り広げられているのだろう。

姉川は留守を引き受けると、その足でベッド横のパイプ椅子に座った。

姉川の足取りに異常は見られない。服装も予備のなのか、新品の制服をまとっていた。それ以外、目立った外傷はない。

同じ技を食らって、なんで俺の方が重体なんだ。なんか不公平だった。


「入試で出なかったか? 闘芸法とうげいほうを使える奴は、音の振動を発して皮膚の上に膜をはることができる。それで多少なりとも防御力は上がるから、見た目以上に頑丈なんだよ」


姉川が呆れた様子でそう答えた。


「それに一応、制服にも多少の緩衝剤が入ってる。一般科のにもあるけど、芸能科よりは薄いらしいな」


俺は感心の相槌を打った。

いつもテレビの中で、安全が確保された上での“バトル=ライブ”とはやはり勝手が違うということか。


「相手があのおっさんで、手加減してくれてよかったな。他の闘芸法とうげいほうもマスターしてねぇ連中だったらお前なんて今頃墓の下だ。ま、今の1年にあの“歌力かりょく”を出せるやつがいるとは思えねぇけどな」

「え、手加減?」

「あのおっさん、お前に当たる直前に軌道を変えたんだよ。右手で左腕を殴りつけてまでしてな。だからお前はかすっただけで済んだ」


かすってこれか。

直撃したら死んでたかもしれない、と言われても笑える気分にはなれなかった。


「言ってたぞ。不慮とはいえ一般科を巻き込んだ。すまなかった、と」

「…………そうか」


意外と律儀なんだな、と思った。本心かどうかは知らないが。


「で、これもお前には報告しなくちゃな。……決勝リーグが決まった」


そう言うと、姉川が1枚のチラシを取り出した。

そこにはデカデカと、『宝明高羅刹十傑ほうめいこうらせつじゅっけつさい祭第一夜、決勝リーグ“第32871回、ステージインお色気ギリギリ、銀河一の強い奴! バーリトゥード的ライブ決戦大会、インホーメー』と書いてある。

絶対そんな回数やってないだろうし、お色気関係ないし、銀河関係ないし、バーリトゥード違うし。

聞くだけで果てしなく嫌な予感しかしなかった。あのお祭り巨乳馬鹿先輩は何を考えているんだ。


「上位5組によるトーナメントバトルだと。受付の締め切りは午後5時半。あと1時間ないな」

「ふぅん……。てか、お前はこんなとこにいていいのか? 基準点はクリアしてると思うけど、ここで襲われたら……」

「それなんだが――」


姉川は何かを迷って、宙に浮いた視線が行ったり来たり。結局、俺に視線を戻した。


「その前に、なんでオレを助けた?」


姉川の視線が、まっすぐ俺を射抜く。今まで見たこともない真剣な表情。俺も真剣に応えるべきだと直感した。


「なんで……?」


考える。だが、即答はできなかった。

そういえばなんでだろう。

あの時はパニクって色々考えてみたけれど、今となって何が要因だったかイマイチ覚えていない。


「おい、まさか分からないってことねぇよな」

「いや、本当はあったと思うんだけど……思い出せないんだ。なんか記憶が混乱してるというか」


思ったことを正直に言った。ここで嘘を言っても仕方ないし、覚えていないものは覚えていない。

だが、その答えが気に入らないのか、姉川は眉をさらに険しくするだけで、何も言わない。


「どうした……?」


問われた姉川は、相変わらず難しい、何かを思いつめたような顔。

だがその後、すと彼女の瞳から感情の色が消えた。そして、


「もうお前、ついてくるな」


それだけ言うと、無遠慮に椅子から立ち上がって部屋を出ようとした。


「ちょ、ちょっと待てよ!」


あまりにも唐突すぎて、何が起きたか分からない。それでも止まった姉川の小さな背中に、俺は叫ぶ。


「なんだって、ついてくるな!? どういうこと――痛っ」


無理に動こうとして、背中に痛みが走った。とはいえ、今はそれどころじゃない。


「理由は? それだけじゃ納得できない!」

「――なんだよ」

「え?」

「足手まといなんだよ。人の邪魔ばかりして、勝手にドジ踏んで、勝手に怪我して。お前なんかと組むんだったら、そこらのガキ連れてきた方がマシだ」

「な――」


そこまで言われ、俺も黙っていられない。痛みは二の次。姉川に反論する。


「なんだよ、それ! 人を散々振り回しておいて! 第一、お前から組もうって言ったんじゃないか。一般科だろうが関係ないって言ってくれたじゃないか!」

「ここまで使えねぇ奴とは思わなかったんだよ! 誰が助けろなんて言った! そのせいでオレは負けたじゃねぇか!」


俺は言葉に詰まった。

確かに俺の無遠慮な乱入で姉川の負けは決まった。

それでも……あれは仕方ないじゃないか。ああでもしなかったら、見舞いとベッドの上、立場は逆転していた。それに、命も助かったかどうか……。


「……もうオレにつきまとうな。じゃあな」


俺にそれだけ言って、姉川は保健室から、俺の前から出て行った。

追いかけたかった。

追って、何故と問いかけたかった。

だが体が動かなかった。それは傷の所為であり、突き放された心の痛みのせいでもあった。


「なんでだよ……なんで……」


視界がにじみ、声に嗚咽が混じる。

独りになった病室で、俺ははばかりなく泣いた。傷が痛かったのもあったが、それ以上に姉川の言葉が胸に突き刺さっていた。

どうして俺はこうも無力だ。

それが悔しかった。

俺が一般科だったからいけなかったのか。俺が勝負の邪魔をしたからいけなかったのか。それとも、単純に嫌われたのか。


「あれ、行っちゃったんですか?」


保険医さんが戻ってきた。俺は慌てて涙をぬぐい、脇に置いてあったティッシュで鼻をかんだ。

どれだけみじめでも、女性の前で泣き続けるほど弱い男じゃないつもりだ。

早い帰りだと思ったが、どうやら人手が足りそうなので俺の様子を見に一度戻ったらしい。


「大丈夫ですか?」

「はい。変なとこ見せて、すみません」

「えっと……変なことって何でしょう?」


彼女のその言葉に、俺はちょっとムッとなった。


「この状況見て、説明が必要ですか?」

「えっと、そういうことじゃ……ないです」


なんだろう。こういう時のはっきりしない物言い。非常にイライラする。


「悲しいこと、悔しいことがあったら泣くのは人間の健全な機能ですよ」

「え?」

「悲しいのに涙を流さないというのは、本来自然に反することです。ましてやここは芸能を司る学校。感情を表せない人間に、どうして他人を感動させることができますか?」


感情を制御できなさすぎるのはいただけませんが。とただしを入れた上で、彼女は説く。


「悔しい思いをしたことのない人が、他人を勇気づける歌は歌えません。人を愛した人がない人が、愛を歌ったとしてどこにも説得力はありません。悲しいことがあったのなら泣いてください。あなたはまだ子供です。感情を制御するのは、もう少し年をとってからでも十分。これらの経験がきっと、あなたの糧となり、そして人生を彩るはずですよ」


俺は、声を失った。

そんな風に考えたことはなかったからだ。

泣きたいときに泣き、笑いたいときに笑う。それを人は空気が読めない人と呼び、社会人として失格だと人は言うだろう。


でもそれは不自然だと、彼女は言う。

感情を抑え、本心とは正反対のことを言い、周りの空気から逸脱しないよう感情を殺す。

いつからだろう、そんな息苦しい生き方をみんながするようになったのは。

もちろん、感情を自由にしすぎてしまうのも考え物だが、ここは学校であり、俺らはまだ子供。間違ってもいいし、間違うのが当然だ。盗んだバイクで走りだし、中二病上等、俺に指図するなと喚き散らすロックな年頃なんだ。

なら先ほどの姉川は?

感情を殺し、本心を隠し、目を逸らしていたように見える。

もしかしたら本当に嫌われて、こみ上げる嫌悪感を抑えていたのかもしれない。

でも、不自然だった。

そう感じてしまえるほどに、余裕がなさそうに見えた。


「ご、ごめんなさい! なんか偉そうなこと言ってしまって! 頭大丈夫かこの年増とか、何言ってるんだこのババァ、カチコミ行くぞとか思わないでください!」

「いや、そんなこと思ってないです! なんか少し考えが変わったというか、その、ありがとうございます」


出会いなんてくそったれだ、なんて言ってたころが懐かしい。数時間前だけど。


「そう言ってもらえると、私も嬉しいです。私たちに限らず体の病だけでなく、心の病も治すのが本当の医者ですから」


そしてクスクス笑う彼女。

ボードのせいでやっぱり顔は見えなかったけど、きっと可愛い人なんだろうな、と思う。


「あら、これ。決勝が決まったんですね。怪我人がいっぱいでそうで楽しそうですね……」


保険医さんが机に投げっぱなしだったチラシを取り上げた。さっきの決勝リーグのものだ。

色々と聞き流しちゃいけないことを言った気がするが、それよりチラシの右下の部分が折り曲がっていることに気づいた。


「ちょ、ちょっとそこ見せてください」


さっき姉川が見せてくれた時、そこを彼女は隠していた。

何か故意的に隠したいことがあったのだろう。

そこを読んで、彼女の態度の変化の原因にようやく俺は思い至った。

気づくかよ、こんなの。伏線なんざありゃしない。

決勝後のスペシャルバトル=ライブ。優勝者は賞金倍増をかけて、在校生代表と闘う権利が与えられるらしい。

その相手の名はこじんまりと書かれていた。

どうせあの巨乳先輩の仕業だろう。


相手の名前は――大野大介。

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