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15 Secret Space ~ホントの終章~

「失礼します」

金ケ崎裕子はそう言って、重厚な扉に手をかけた。

開く。

その先に映るのは、映画のセットのような豪華絢爛、風光明媚ともいうべき応接室。

一般の教室一つ分の広さの部屋。

だが中身は一般の教室からかけ離れている。

足音を全て吸収する絨毯に、控えめながらも全てがガラスのシャンデリア、応接セットは革張りのソファに職人の手で作られた特注の木机。壁には木製の大きな棚や化粧台。棚にはこれまた高価なティーセットがあり、金の縁に飾られた印象派の絵画も飾られている。

今は照明が落とされ、詳しく見ることはできないが、金ヶ崎裕子にとっては見飽きたもので、それらには目脇も触れずに部屋の奥へ向かう。


部屋の奥に位置する大型のオフィスデスク。

その中央にある革張りの社長椅子は、今こちらを向いていない。だがその背もたれの奥にいる人物こそ、金ヶ崎裕子が目指す人物だった。


その人物は金ヶ崎裕子に背を向け、壁を一心に眺めている。

いや、壁ではない。

暗い部屋の唯一の発光元として、青白い光を放つモニターが壁一面に所せましと並んでいる。


音はない。

そのモニターが映すのは、どこかの室内、どこかの屋上、どこかの緑道、どこかの広場、どこかのステージ。

すなわち宝名高全体に配備された監視カメラの映像だ。

その一つ、人物の斜め右上に位置するモニターを、椅子に腰かける人物は熱心に、だがどこか物憂げに眺めている。


「ご苦労様」


声。金ヶ崎裕子のものではない。彼女に投げかけられた声だ。

この空間には金ヶ崎裕子と椅子の2人しかいない。金ヶ崎裕子が声を発していないのならば、残る発生源は椅子に座った人物となる。


「大方は貴女の筋書き通りに話が進みましたが、本当によかったんですか?」


金ヶ崎裕子の声は、先までのハイテンションのものではない。礼儀をわきまえた喋り方だった。


「それはもう、役員会で決まった話でしょう? それにイベントは成功、違くて?」

「確かにイベントの盛り上がりは、例年以上でした。ただ今回優勝した“男子ング”、優勝ライブを辞退するとのことで」

「あらもったいない。トップに立ちたいならどんなチャンスも物にしなきゃ大物にはなれないわ。ま、あれだけボコボコにやられた後なら気持も分からなくもないけど。大野くんの参戦はちょっと厳しかったかしら」

「……それを含め、今回は少し急ぎすぎたのでは。姉川舞音の件も、1年のバトル=ライブ参加の件も。それにあの少年ボーイ……篠崎拓也の生徒の闘芸法とうげいほうおなど、完全に想定外です。そこはどうお考えですか――柊木生徒会長?」


その問いかけに対する反応は、動作で来た。

革張りの椅子がくるりと回転し、そこに鎮座する主を金ヶ崎裕子へとあらわにした。

黒く長い髪に小ぶりな顔。冬でもないのに高級そうなファーのついた毛皮のジャケットを羽織り、ニーハイソックスをはいた足を、大仰に組んで見せる。ジャケットの下から覗くは黒の女子用制服――つまり一般科を表す制服だ。

一般科でありながらも、宝名学園高等部の生徒会長に上り詰めた柊木奈津美は、その鋭利な瞳に嗜虐的な笑みを浮かべて言う。


「さぁ、面白いからいいんじゃない?」

「…………っ」


金ヶ崎裕子は息を呑んだ。

ある意味想定通りの答え、金ヶ崎裕子自身のモットーである“面白ければよし”と同じ答えに、彼女は畏怖を、そして嫌悪を覚える。

金ヶ崎裕子の“面白い”とは『当事者も観客も一緒になって面白くなろう』という、ある意味エンターテインメントの理想形。

それに対し柊木奈津美の言う“面白い”は、『私が面白ければ全てよい』という完全に自己満足の世界。自分が面白ければ、方向・過程・手段など関係ない。あまつさえ他人がどうなろうと知ったことではないのだ。


そのため、“面白い”の基準は彼女自身の感性に通じることになるが、その感性が人並以上に優れているからこそ、彼女は一般科の身にも関わらず、宝名学園という日本エンターテインメントを代表する学校の生徒会長になり、こうしてイベントの決定権を持っている。だからこそ、金ヶ崎裕子自身もその手伝いをしているわけだが。


(そうでなければ、こんな人に……)


その思いを知ってか知らずか、柊木奈津美は言う。


「それに……うふふ、この子」


リモコンを操作する音。次の瞬間には、壁一面のモニターが全て同じものを映し出す。

そこには姉川舞音の姿を追いかけたVTR。大野との戦いの一部始終が繰り返し流れる。


「姉川舞音でしたっけ?」


金ヶ崎裕子は衝撃を受けた。

柊木奈津美が他人の名前を覚えていたこと、そしてそれを間違えずに言ったことに。

彼女が名前を覚えるのは、彼女にとって有益な人材だけ。

金ヶ崎裕子自身、いくつかイベントを率先してこなし、半年してようやく名前を呼んでくれたのだ。(その時は城ノ内楓太という性別を超えた呼ばれ方をされたが)

だからたった1日、しかも直接会ったことのない、ただVTRで一方的に知っただけの人物の名前を柊木奈津美が覚えている、というのは奇跡以外の何物でもない。


「あの人の娘っていうから、あの3人みたいなのを想像してたけど……見ると聞くじゃ大違い」


うふふ、と口元に笑みを浮かべる柊木奈津美。


「それにこの男の子も……」


映像に映る、篠崎拓也の姿。

それを背景に柊木奈津美の肩が揺れる。そしてこぼれだす笑声。

一通り笑った後、顔を戻した柊木奈津美は、獲物を狙う狩人のような目で、


「いじめがいがあるわぁ……」


舌なめずりしながら言う彼女に、金ヶ崎裕子は寒気を覚えた。


「もっとこの子をいじめれば、もっと伸びる。もっともっと光輝く。ううん、何よりもっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっと面白くなるわぁぁぁ!!」


両手を上に、恍惚とした表情で叫ぶ柊木奈津美を見て金ヶ崎裕子は小さく嘆息する。

柊木奈津美に目をつけられた彼らは、これからどうなってしまうのか、と。

そして、今年は例年以上に忙しくなるな、と。


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