14 Wellcom To The New Stage Tonight!
空が見える。
仰向けに寝転がった状態。身体が鉛をつけたのかのように重いし、壊れそうなほど痛い。怪我を考えず、はしゃぎまくるからだ。
だが、辛くはない。
やりきったという達成感と、どこか解放感に包まれている。
「元気かい、シノタク少年ボーイ?」
視界の上に、さかさまのユーコ先輩が映る。
その顔にはにやにやと、まるで測るような笑顔が張り付いていた。
「いえ、一歩も歩けません」
「その割には満足そうな顔してるよん?」
「たぶん何かをやりきったんでしょう」
何をやりきったのかは分からない。
ただ、走り回って、追いかけまわされて、自爆して、突っ走って、馬鹿して、その挙句の大狂乱。
まぁ、多分今日を乗り切ったってことに満足した、そういうことにしておこう。
「もしかして全部狙ってたんですか? 俺のことも、姉川のことも、大野先輩のことも」
一応聞いてみることにした。
答えは決まっているようなものだけど、なんというか、通過儀礼?
「まっさかー。あたしにそんな予知能力はないよ。ただ“面白そう”だからやっただけー」
期待した通りの答えが来た。俺は多分笑ったんだろう。
「おい、なにその女とくっちゃべってる?」
「いやいやー、シノタク少年ボーイが私の耳にささやくの、甘ぁぁいピロートークを」
「誤解されるようなことを言うな!」
話をややこしくされたらかなわん。
ふと姉川が視界に入る。見下したような、それでいて怒っているような目線。
そして俺の視界ギリギリに入る、アングル的にギリギリのスカートライン。
少し顔を動かして――って、そうかスパッツか。
「何だ、その目は?」
「いや、ちょっと人生の厳しさってやつを思い知っただけ」
殺されるかと思った。危なかった。
「あれ大野先輩は?」
「とっくに帰ったよ。良い音合わせだった。だが勝負は勝負だ、とか言ってな」
ん? そういえば勝負ってどうなったんだ?
思わず体を起こす。一瞬、腹筋がつりそうになったが女子2人の前で恰好悪いところは見せられん。腹に力を入れて――つった。
「なにやってんだ、馬鹿」
「い、いや…………で、勝負は!? 結果はどうなったんだ!?」
「見ての通りだねー」
ユーコ先輩の声に俺は辺りを見回す。
今まで耳に入らなかったのがおかしいくらいの大観衆のざわめき。
興奮冷めやらぬ様子で、ステージを、俺たちに目を向けている。
これは……いくら俺でもすごい現金な考えをしてしまうぞ!? これはつまり――
「そ、宝名高羅刹十傑祭第一夜は“男子ング”の優勝で決着ってこと」
「ですよね! てことは賞金と好きにしていい権利は俺が――え!?」
イマナンテイイマシタ?
「ダンシングがゆーしょー。舞ちゃんがステージ・インする前、ダウンしたじゃん。あれ、3ダウン目なんだよね。ホントは。キミが2回で。なんかダイちゃんが乗っちゃって続行したけど、あの時既に君ら負けてるの」
「そ、そんな……」
「ま、そもそもこれはエクストラライブだし。意味分かる? 余興ってこと。元は本戦をボイコットした君たちが悪いんだからね」
なんだそりゃ……俺は、じゃあ俺は何のために――
『――音を、楽しめ!』
ざわっと鳥肌が立った。
そうだな、いいじゃないか。音を十分に楽しめたんだ。
あれが負けだとしても、一瞬のことだとしても。
俺は、今日1日が無駄になったとはこれっぽっちも……いや、2割くらいは……思わない。思いたくない。
「そうだな、負けたんだな」
「ああ、負けだ」
「そっか……」
でも気持ちよかった。すがすがしかった。
こんなことなら、何度でもやってみたいものだ。誰かが言ったな、音楽は麻薬だと。その通りかもしれない。
「なぁ、姉川……」
「なんだ?」
「さっきのこと、覚えてるか?」
「あ、そ、それって、さっきの……す、すすす、好……き……って、お前は人前で何を言い出す!? 大体まだ知り合って日が浅いというか……それに屋上のあの件! あれはあれだからな! 一種の気の迷いというか!」
姉川が顔を真っ赤にして横にブンブン振る。新鮮な反応だ。
おかしいな、なんだその反応。ただ歌はいいな、って話だったのに。
まぁいいや。
今はただ疲れた。今日はいろんなことがありすぎて。
その全てに、このちっこくてアイドル顔で歌が上手くて、でもヤンキーな姉川舞音が関わっている。
この出会いはなんだろう? どこに俺を導いてくれるのだろう?
ただ少なくとも、アイドル嫌いだった俺が、考え方が、生き方が変わった気がする。
だから――
「あのあのー、二人で勝手なまとめに入って、いい感じになってるけど、ちょっといーですかー?」
ユーコ先輩が遠慮がちに話に入ってくる。
なんだ、珍しい。明日は蛙でも降るのか?
「実はねー、ちょっち問題があってね」
「問題?」
「そう、実はね、どこの学校にもあるんだけど、学校には決まりとかルールってのがあるわけよ。校則、分かる?」
「それくらい分かりますよ……何の話ですか」
「それでね、この学校ももちろん校則あるんだけど、その中で絶対遵守の結構厳しい校則があってね」
「はぁ……」
「1つ、必要以上に一般科と芸能科が行動を共にしてはいけない」
「えっ……」
「2つ、一般科はバトル=ライブに参加してはいけない」
「ぐぅ……」
「3つ、一般科と芸能科間および芸能科同士での恋愛沙汰は禁止。破った場合は退学処分となる」
「た、退学!?」
寝耳に水というか、熱湯を浴びせられた気分だ。
「君、どれもアウトだよねー?」
「それは……いやいやいや! 確かに1と2はやりましたけど! 3なんてしてません! したこともないです! てかそれ、退学って! ほら、大野先輩が言ってた、なんだっけ……そう、バトル=ライブ条例! あれで退学はなかったですよ!」
「あれはバトル=ライブの条例でしょ? こっちは校則なの。学校のルール、OK?」
全然OKじゃない。
終わった、俺の高校生活。まさかの1日で終了だ。
「で、そんなシノタク少年ボーイに耳よりな情報なんだけど」
「なんすか……今の俺にはもう何も残ってない……」
「実は何もかもまるっと収めちゃう素晴らしいアイディアがあるんだけど」
その言葉に、ぴくっと耳が反応する。
「聞きたい?」
「ぜひ!」
「芸能科に転科しちゃえば問題ないよ?」
「は?」
「芸能科に転科しちゃえば無問題アルヨ。制服も似合ってるし」
まだ事態が呑み込めない俺と、口元だけで笑ってるユーコ先輩。姉川はやれやれといった様子。
「…………えーーーーと」
その瞬間、俺に百万の借金が増えた。




