これから
...いいえ、ありません。とかすれ声で彼女はそう答えた。
その彼女がとても愛おしく思えた。
なぜ、そう感じるのか分からない程強い感覚だった。
皆、優しい笑顔で彼女を見守っていた。
勿論僕も。
挨拶を終えて、とりあえず皆、着席して
彼女が落ち着くのを待って、すこし話をした。
雑談みたいな感じだったけれど、なんとなく
これからのこと、とかをさりげなく聞いたりしていた。
ここの研究室が終わっても、次の仕事は決まっているとの事で
僕は、とりあえず安心した。
それから、なぜか自然と、MLメンバーの皆は
僕にコメントを求めた。
僕は、そうだ、と思って
希望を持てるような話をした。
僕自身が、リストラで会社員からドロップアウトした人間だけど
好きなことを懸命にやっていたので、そのワザでこうして
食えている。
ここの仕事の他にも、文芸の人気投票で2位に入ったり、とか
インディーズで音楽を作ったり、と
普段は言わない、本当に自分がしたいことをしている、と言う事を言った。
彼女にも、希望を持ってほしかったから、だった。
したい事をしているだけでもいい事はある、と。
今度は、彼女は真っ直ぐ僕を見据えて笑顔で聞いていた。
僕はその、彼女の笑顔を見ながら回想する。
初めて逢った日の事を。
誰もいない会議室でのぎこちない会話。
廊下で人目を気にしながら話した夏の日。
霧雨の中を歩いた秋の日。
甘味菓子を土産にくれた旅帰りの、あの日。
.....思い返すと、楽しかったな。
でもそれは、恋愛、と言うような
甘美な感覚とは少し違うようだな、とも
また思う。
どちらかと言うと、慈愛、友愛、そう言った感情に近いものだろうな、とも思う。
彼女がそれをどう感じているかは分からない。
推測する事はできるが、そうする事に意味は無い。
その感情は、彼女の中にあるものだから。
恋愛とてそれは同じである。
恋慕の心は、自分の中にある。
幸運な場合、恋慕の対象が互いに
合一する、と言うだけのことである。
...いま、僕は何を感じているのだろう。
訳が分からなくなってしまった。
心は確かに、愛しいと感じている。
しかし......。
姪と同じくらいの年齢の女の子に
好意を寄せる事が
果たして許されるだろうか?
否である。
心だけで僕らは生きては行けない。
実体が存在する以上は、現世のルールを
守るべきだろう。
.....おそらく。
彼女はまだ若い。だから
新しい環境に移れば。
また、違う夢を見るだろう。




