for tokyo
前にも、こんなことがあったな...。
僕はこういう職種だから、あちこちの仕事場を渡り歩く事になる。
ときどき、似たようなこともあった。
でも、だいたいこんな感じで、自然に終わっていくから
まあ、こんなものかな。
そう思い、僕は仕事を続けた。
18時半。
僕は、普段行かない場所、独りになれる実験室で
仕事をしていた。
自分の席に戻ると、論文集の回覧、が来ていた。
回覧したらチェックするシートが貼付されていて
日付と名前を書くようになっている。
僕のすぐ前の順番に、彼女の名前が書いてあり、繊細そうな数字で
2/29
と、書かれていた。
.....ああ、ここに来たんだな。
そう思うと、なんとなく、切なくなった。
......忘れなくっちゃな。
...ふつう、男だったら酒飲んで忘れるのかな?。
.....酒?
そういえば、彼女は酒豪。
和くんたちは、芋焼酎のフラスコ・ボトルを贈ったっけ。
.....まさか、な。
和くんたちは、僕と彼女をまとめようとしてたようにも
思えない事もなかった。
だから、フラスコ・ボトル1本で忘却してください、って
そう言うメッセージだったのかな......?
それで泣いた、なら、なんだか三題噺みたいだな。
僕は、自分の創造性に可笑しくなった。
実験室のプログラムがそろそろ終わる頃だな、と
僕は、第二実験室に行こう、と思った。
第二実験室に向かう。金曜日の19時近く。
でも、まだ研究室の夜は始まったばかりだ。
皆、賑やかに議論を続けている。
第二実験室に向かう廊下に出る。
目的のドアから、パール・ホワイトのダウンパーカーを羽織った
彼女が出てきて、僕はどっきりとした。
もう帰ったとばかり思っていたからだ。
立ち止まってしまった僕を見て、彼女は
笑顔と、緊張、それと淋しさが混じったような
複雑な表情をした。
昼間の神々しい笑顔とは、ちょっと違っていた。
僕が、話しかけようとすると
彼女は僕のそばに寄って「いままでありがとうございました。」と
丁寧にお辞儀をした。
僕は、内心迷いながら「あ、短い間だけど、お世話になりました。
...これからどうするの?」
彼女は、僕を見上げて「ソフトの仕事で東京に引っ越します。」
そういい、それから視線を逸らして
「......少しの間、こっちにいますけど。」と、そう告げた。




