ブルー・トレイン
その週の木曜日、僕はブルー・トレインで九州に向かった。
離れると、その子の事が気になって仕方ない、となればドラマティックだが
....そのような事も無く(笑)まあ、現実はそんなものだろう。
もとより、この時の僕はそんな意識は全く無かったのだ。
旅は楽しかった。以前、旅先で出会った人と仲良くなって
まるで親戚のように再会を喜ぶ人達の笑顔を見るのは嬉しいものだった。
僕より、むしろ母が喜んでいるのを見て、僕も安心した。
喪失の想いから離脱するのは難しい。
そのために、引越したり、庭を作りたい、と言う母の願いを叶える為に
家を買ったりした。
環境から変われば、忘れるべき記憶を思い出す切欠が減るからでもある....
旅行もそのひとつ。楽しい想い出の残る地を訪れるのも良いものだ。
7日間の休暇を終えてオフィースに戻って見ても、特に変わった事もなかった。
お土産でも配ってくるかな、と思い、プロジェクト・ルームのあちこちの
友人たちへと。いろいろと。
そして、その子のいる別プロジェクト・ルームへ。
朝早かったせいか、その部屋には人影まばら。
小学校の教室くらいの大きさのその部屋には、朝日が明るく照り返している。
コンピュータや測定機、資料などに囲まれてライティング・デスクが端の方に
幾つか並んでいる。
と.....。
一番端のデスク,壁際のハンガー・ラックの後ろにちょこん、と
彼女が座っていて、コンピューターのディスプレイを眺めて、俯いていた。
制服のアイヴォリーのジャンパーがすこし大きめで、アームカバーのようだった。
デスクの反対側から僕は回りこんで「お・は・よ?」と
にっこり笑って彼女に話しかけた。
不安そうな顔つきで俯いていた彼女は、眼鏡越しに僕を見るなりにっこり、と笑った。
僕も、なんとなく和んだ。
数秒の沈黙。僕は思い出すように「あ、これ、庄内のおばさんから。」と
駄菓子が数個、でも、手作りの。
直接手渡すと、柔らかな彼女の指と僕の指が触れた。
ふわふわとして、かわいい。赤ちゃんの手のようだった。
彼女は手のひらのお菓子をにこにこしながら見て
それから,顔じゅうで笑った。「ありがとうございます!」とペコリ。
黒い断髪が揺れて、さらりと振れた。
しばらくそうして二人でにこにこしていた。
お菓子を持ってふたりでにこにこしてた、なんてヘンだけど
なぜか、その場に佇んでいた。
そのうち
MLメンバーのみんながやってきて、がやがやと賑やかになって
いつもの日常のはじまり。




