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動機

歌鳴はしぶしぶケータイをかけた。


「もしもし、環? 今どこ、図書室? ああ、やっぱり。ごめんね、読書を邪魔しちゃって。うん、ちょっとした用事……、あの、あたしたちの部活の先輩がね、環に興味があるんだって。ううん、勧誘とかじゃないの、別に忙しいなら……っていうか忙しくなくても、ちょっとでも気が向かなかったら全然、来なくてもいいから、ううん、ノルマとかでもないから、そういうことは気にしないで、読書を続け……あ、ちょっと、環?」


 彼女のような性格の人にそんな言い方をしても逆効果だということがわからないのだろうか。

 環は数分後、息を切らせて部室にやってきた。

 ソファに座って所在なさそうに周囲を見回す環に、仙佳が声をかける。


「ようこそ、松本さん」


「は、はい……あの、どうして私を?」


「松本さんは、お洒落に興味はありますか?」


「お洒落って、メイクとかですか? ないことはないですけど……、億劫なので」


「そんなあなたに朗報よっ」

 さつきが割り込み、その高い声に環は肩をすくませる。

「簡単にできて、派手じゃない、でもガラリと印象を変えられるメイク・身だしなみ術を教えちゃいます! すぐに終わるから試してみて? もちろん無料タダ!」


「は、はあ……」


 環に席を譲って壁際に立っていた透徹は、彼女たちのやりとりを聞いているうちに、以前、友達の姉が街で同じような勧誘をされて、高い化粧品を買わされそうになった、という話を思い出した。

 もちろん、環がそんなことになったら歌鳴が止めようとするだろうし、まず学校内でそんなことはしないだろうが、そういう常識は別にしても胡散臭さが止まらない。もちろん無料、などという変なアピールがよくないのではないか。


 環はうつむき気味で、断る文句を探しているようだ。歌鳴がそろそろ助け舟を出すんじゃないかと見ていると、先に仙佳が口を開いた。


「ごめんなさいね。この子はこういうノリだからおかしな言い方をするけれど、すぐに済むというのは本当です。進学して環境が変化したのだから、この機会に、ご自身にも変化を与えてみるというのはどうですか?」


 環は何かに気づいたように顔を上げた。

 仙佳はそれに笑いかけ、続ける。


「もちろん無理強いはしません。松本さんがそれを望んでいると仮定しての話ですが……、変化を望んでいても、自分で動くのは労力がいるものです。おっしゃったとおり、億劫ですよね。ところが、今はそのきっかけがすぐそばにある。いい機会と捉えて気軽に試してみて、違和感があったら元に戻せばいい」


 環は数秒ほど考え込む様子を見せ、やがてうなずいた。


「それじゃあ、よろしくお願いします」


「いえ、こちらこそ」


 さつきが動き回ってうれしそうに準備を始める。透徹は化粧の道具などろくに知らないので、どうい

うものかと興味を持って眺めていたら、ふと環と目が合った。が、恥ずかしそうに目を逸らされてしまう。人に見られて気持ちのいいものではないか。


「外に出てます。化粧の過程を見るなんて、手品の種を明かされるようなモンですから」


 そう断って廊下へ出るが、戸を閉めても中の声がもれ聞こえてきた。


「小暮ってときどき変わった言い回しをしますよね、ああいう台詞って、なんだっけ、小児病とか、キューリ病とか、そんな感じの」


「正確な名称は中二病ですね。言動が芝居がかる病です」


「格好つけたい盛りだもんねぇ」


「こ、小暮君は私に気を遣ってくれたんですよ」


 ……このまま帰りたくなる。


 今まで意識していなかったが、この活動は明らかに女所帯だ。今日だけの環を差し引いても、男女比1:3というのは透徹のような人種にはきつい。あと一人いるというメンバーが男子であることを祈るばかりだ。


 これ以上居心地が悪くなる前に本当に帰ってしまおうかと悩んでいると、ドアが開いて仙佳が出てきた。透徹の横に立つと、


「私も同感です。前後の差異から受けるインパクトが弱くなってしまいますから」


 その言葉に少しほっとする。


「……先輩は、相手の望んでいることがわかるんですか」


「小暮さんは同意がほしかったのですね」


「いや僕のことじゃなくて」そっちもそうだったが。「松本さんにかけた言葉って、僕は正直、同じことをいわれてもピンとこないと思うんですけど、彼女にとっては心動かされるものだったんですよね」


 環は自分を変えたかったが、その機会がなかった。だから、あんな胡散臭い誘いに乗ったのだろう。

 仙佳にそそのかされて、歌鳴を勧誘したときもそうだ。『ジョーカーの見えているババ抜き』などという風に喩えていた。


「なんとなく、そう思っただけですよ」


 仙佳は曖昧に笑うが、疑問は止まらない。


「あの……どうしてこんな、人助けみたいな活動をやってるんですか?」


「私がファーザー・コンプレックスだからです」


「そうですか」ん?「すいませんもう一回お願いします」


「私の父は理事長です。学園で起こる問題は、そのまま父の負担になります。だから、学園の秩序を保つことは、父の仕事の助けになる」


「はあ……」


 今の極端な発言は聞き間違いだったのだろうか。


「あの、理事長は自分の娘がこんな活動をしてるって、知ってるんですか?」

「知らないはずはないのですが、現状、それに触れるような家族の会話はありません」


 仙佳は窓枠に触れて、視線を遠くの空へと投げる。

 その横顔が寂しそうに見えたのは舞台照明ゆうやけのせいだろうか。


 透徹は何も言わなかった。今のところ、家庭の事情に口を出すほど仙佳に深入りするつもりはない。度胸がない、とも言えるが。


 環の格好は、具体的にここが、という大きな変化はなかったが(眼鏡が外されていないことに透徹は安堵した)、眉毛や目の周りに手を加え、髪を整えたのだろうか、それだけでもずいぶんと印象が変わっていた。解像度が上がったみたいな感じがする、と口にしたら歌鳴に側頭部を叩かれた。




 翌日、四人で昼食を摂ったときのこと。


「あれ、なんか化粧とかしてる?」


 祐介が目ざとく指摘する。


「は、派手かなぁ……」


「んなことはないぞ。目立たないし、ちょっと手を入れただけだろ。美容室を変えた、みたいな感じか。でも全然印象違うし、素材がいいってコトだな」


「そんなこと……あ、ありがとう」


 率直な褒め言葉に、環は真っ赤になってうつむいた。

 歌鳴がそのやりとりを目で示して、透徹にだけ聞こえるように言う。


「ああいう風にやるのよ。女子の心理ってものをもうちょっと勉強したら?」


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