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仙佳の指令《オーダー》


「よそのクラスの女子とお昼をご一緒したいと思わない?」


 ある日の昼休み。

 透徹がそんな風に勧誘すると、裕介は揉み手をしながらついてきた。


「いやー、お前の人脈にそんなお宝が埋まっていたとはな」


「お宝って言い方ちょっと気持ち悪いよ。性的な感じがして」


「性的なのはそういう連想をするお前の頭だよ」


 どうでもいいやり取りをしながら、校舎屋上の学食へ向かう。

 実際のところ透徹にそのような人脈はないが、今日は違っていた。生徒でごった返す学食に入り、しばらくうろついていると、片隅の席に座った女子が手を振って透徹を呼んだ。

 朝凪歌鳴だ。隣にはもう一人、小柄な女子がいる。


 透徹はA定食、裕介がB定食を購入して、歌鳴の向かい側の席に座る。歌鳴の隣の小柄な子は、こちらと目を合わせたくないのかずっとうつむき気味だった。


「どーも、初めまして。1年A組の一之瀬裕介っす」


 裕介の自己紹介を皮切りに、残りの三人もクラスと名前を言っていく。


「一年C組の、松本環……です」


 最後にうつむき女子が自己紹介を終えると、裕介は場を見渡して問いかける。


「……で、これってどういう集まりなんだ?」


 透徹と歌鳴は、どう説明したものかと顔を見合わせる。


 集まった目的は明快なのだ。目的だけは……。




「一年C組、松本環の救出です」


 仙佳の言葉に反応したのは歌鳴だった。


「救出って、別にいじめとかはないですよ。あたし、同じクラスだからわかります。確かに休み時間には一人で読書してる大人しい子だけど」


 挑みかかるような口調だった。クラスでいじめがあって、それに気づいていないと思われるのは癪なのだろう。

 対する仙佳は落ち着いたもので、


「歌鳴さんの眼は疑っていません。現状では明確な排斥行動も、表立った害意もありませんから。ですが、こういったものは、病気のように無自覚に進行するものです。鍋の中のカエルの比喩はご存知ですか?」


「ご存知ないです」


 口を尖らせる歌鳴をよそに、透徹は小さく手を上げる。


「沸騰した鍋にカエルを入れたらすぐに飛び出るけど、水に入れてから沸かしていくと、逃げないで煮立ってしまうっていうやつですよね」


 仙佳は微笑みながらうなずく。隣でぼそりと低い声が聞こえる。


「この優等生」


「えっ」


「それで、具体的に、あたしたちは何をすればいいんですか?」


「人間関係の方程式ははそれなりに複雑なものですが、シンプルな法則もあります。それは、弱いポイントに力が集中するということ。風が気圧の高い方から低い方へ向かって吹くように、弱者という立場は被害を被りやすいのです」


 暗に松本環を指した言葉に、歌鳴は顔をしかめる。


「弱者って……」


「彼女の能力や人格を言っているのではなく、数は力という一般論に基づいてのことです」

 それと、もうひとつ。と仙佳は続ける。

「ひとたび攻撃を受けた者は、ほかからも攻撃をされやすくなります。前例があることが心理的障壁を取り除くのです。駐輪禁止の歩道であっても、ほかにも自転車が停まっていれば、少々悪いことかなと思いつつも、その隣に停めてしまうでしょう。それと同じことです」




 ――そうなる前に、松本環を〝弱者〟の立場から遠ざけること。

 それが、この集まりの目的なのだ。そんなことを本人に向かって言えるわけがない。わかっていたのに、それを誤魔化す上手な言い訳を用意し忘れていた。どうしたものか。

 焦っていると歌鳴が口を開き、


「あたしと小暮君は同じ部活なんだけど……、一緒に昼ごはんを食べようって誘われて、でもまだ知り合って日が浅いし、友達と食べるからって断ったの、そしたらさらに、じゃあその友達も一緒に、って言われて。こっちも友達を連れてくるからって」


 この子は何を言っているのか。

 突拍子もないキャラ作りに、透徹は飲んでいたお茶を吹きそうになる。

 咳き込む透徹に、環がそっとポケットティッシュを渡してくれた。


「こいつが?」


 案の定、裕介は疑惑の視線を向けてくる。いくらなんでもキャラが違いすぎだ。


「……僕もほら、高校デビューというか、新しい自分になりたいなと一念発起してみたんだよ」


 ねえ、と歌鳴に笑いかける透徹は口元が引きつっている。

 高校デビュー。噴飯ものの単語だ。


「そんなことより、松本さんは部活には入ってるの?」


 話を振ったのは、さっさと話題を変えたかったからというほかに、口数の少ない環を気に掛けたからでもあった。黙々と食事をしていたせいだろう、環のぶんが一番減っていた。彼女の天ぷらそばは、つゆにふやけた天ぷらが浮かんでいるだけだ。


「私は帰宅部なので」


「じゃあ趣味に時間をかけたいタイプなんだね」



「そんな積極的なものじゃ……、ただ、部活に入ることが億劫で」

「ああ、わかるわかる。新しい人間関係とか、身構えるよね……って、同じ心境かどうかはわからないけど」


「たぶん、似てると思います。私、けっこう人見知りするから……」


「そっか、じゃあ真っ当な部活に入ってるのは裕介だけか」


 部活動についてのことは、世間話の中でも使いやすいネタのひとつだ。口数の少なかった環もようやくボールを回してくれた。


「一之瀬くんはなんの部活に?」


「いつも白球を追いかけてるぞ」


「野球部なんですか?」


 環の表情と声音が明らかに上向くが、


「卓球部かもしれないわ」


「バレー部かも」


 歌鳴と透徹の言葉に、眉をハの字にする。はっきりした反応が面白い。環は残念そうに裕介を見つめる。


「そうなんですか?」


「いや、野球部だよ。なんだその息の合ったどうでもいい嘘」


「松本さんは野球が好きなの?」


 透徹の問いかけに、環は照れくさそうにうなずく。これは収穫だ。野球のことなら裕介はもちろん、透徹もそれなりに話を合わせられる。


 そこからはとても順調だった。

 環は、好きな選手は中日の井端という、少なくともミーハーではない野球好きで、どうせ広島は鯉のぼりを下ろす頃には順位も下がるとか、巨人は相変わらず故障者が多いとか、なんの補足もせずにそういう話ができるほどだった。


 野球談義は大いに盛り上がった。傍らでつまらなそうにしている歌鳴に気づけないほどに。


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