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初めての〝活動〟 その1


 下校途中の人の群れの中に、違和感を見つけた。


 ほかの生徒が校門へと向かう流れの中で、それに逆らって校舎側――つまりはこちら側を向いて立っている女子がいたのだ。


 その女子はとてつもなく目立っていた。

 行動のせいではなく、純粋に、容姿のために。


 定規で引いたようなストレートロングの黒髪、頬の輪郭、整った目鼻立ち、紅を引いているのかと見まがう鮮やかな唇。どこが、と聞かれても全部としか答えようのない美しさ。


 そんな女子生徒が、上客を待つ百貨店の店員のように両手を前で組み、まっすぐに背筋を伸ばして立っているのだ。そちらに目が向いてしまっても仕方がないだろう。


 あまり凝視しないようにしなければと思いつつも、彼女の存在感は大きくて、抗いがたい。じろじろ見るんじゃないわよと咎められた上に罰金を要求されても、三桁までなら即払いしてもかまわないくらいだった。


 とはいえ、このまま歩いて行けば彼女の視界のど真ん中に出て、ばっちり目が合ってしまうだろう。透徹は少しずつ中心から外れていくボーリングの球のように、さりげなく彼女から離れていく。

 数メートルの距離を取って彼女の横を通りすぎる、直前だった。


小暮透徹こぐれとおるさん、ですね」


 涼やかな声に振り向くと、当の女子がこちらを見ていた。目が合うと同時に返してきた笑顔の自然さに、透徹は思わず足を止める。


「少し、お話があるのですが」


 断れる男子生徒がいるだろうか。




 校庭の端に移動すると、女子は軽くお辞儀をした。


「初めまして。2‐Aのおおとり仙佳せんかといいます。今日はお願いがあってお引き止めしたのですが、聞いていただけますか?」


「……もちろん、内容によります」


 透徹はひねた答えを返した。本能的には〝喜んで!〟だったが、美人の頼みごとにも浮かれてなどいない、という余裕を演出するための強がりである。


 透徹の内心を知ってか知らずか、仙佳はにこりと笑い、居住まいを正す。


「小暮さんは特定の部活に入る予定はないのですか?」


 新入生への部活勧誘期間は、昨日までで終わっている。それを過ぎてもまっすぐ帰っている透徹を見て、帰宅部と当たりをつけたのだろうか。


「はい、今のところは。家も近くないですし」


「門限が厳しいのですか?」


「そういうのはないですけど」


「でしたら、わたしの活動を手伝ってほしいのですが」


 その口ぶりに透徹は違和感を覚える。

 部活の勧誘だろうとは思っていたが、それを〝わたしの活動〟などという言い方をするだろうか。


「活動って、なんの部ですか?」


「いえ、学校側に届け出ている部活動ではなく、わたし個人で行っていることです。それゆえ、活動内容を端的に表す名前はありませんが……、校内の安寧秩序を守ることを目的としているものです」


「それって、生徒会とか生活指導とは違うんですか」


「生徒会の活動は何かを決定することです。生活指導は若干近いですが、それとも大きな隔たりがあります。次元は同じでも、方向性が違いますから」


 こういう比喩はあまり好きではありませんが、と仙佳は前置きして、


「生徒指導の役割は、出る杭を打つ、または出ないように牽制することです。出る杭には注意を払う反面、相対的に打ち込まれている杭には何の反応も示しません。プラスとマイナスの違いはあっても、それだって異常には違いないのに」


「茶髪やピアスは取り締まるのに、クラスで孤立している人には手を差し伸べない、ってことですか?」


「俗っぽい言い方をすれば、そうです。理解が早いのですね」


 仙佳の笑顔に含みを感じて、透徹は余計なことを付け足す。


「別に、身に覚えがあるからじゃないですよ?」


「ええ、知っています。……いかがでしょう? 具体的な活動については実際に体験してもらうしかありませんが、考えてもらえませんか?」


 どうにも胡散臭い、余計なことに首を突っ込みそうな活動内容である。


 透徹は、面倒ごとを避ける気持ちは人一倍と自覚している。部活に入らないのだって、新しい環境への興味よりも、面倒臭そうという気持ちの方が上回ったからだ。

 面倒な上に厄介そうで、さらに胡散臭い。そんな三重苦の私的活動に手を貸すことなど普通は有り得ないのに、そこにたった一つ、鳳仙佳の上目遣いが加わっただけで、透徹は無条件にうなずいてしまいそうになる。


「よくわからないんで、……仮入部なら」


 ささやかな抵抗をして、透徹は目を逸らした。こんな返事でも仙佳は笑顔で礼を言うだろう。それを直視するのは避けたかった。


「ありがとうございます、十分です」


 と、仙佳は感謝の言葉に加えて手まで握ってきた。そのやわらかさに身体が硬直する。なんなんだこの人は、と透徹は困惑してしまう。こうやって少しずつこちらの防壁を削っていくつもりなのだろうか。だとしたら、その目論見は大成功といえるだろう。思っていたよりも自分は単純な人間だったらしい。


 しかし仙佳はそんなショックに浸る時間も与えてはくれない。


「では早速、実際の活動を体験してもらいましょうか」

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