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取扱説明書

作者: 塚本亮悟

 殺風景な六畳間には白い光が差し込んでいた。痩せ細った青年が小包を持って現れた。部屋の中央にその小包を置き、鋏を使って梱包を解く。中から出てきたものは物々しい飾り付けが施された仮面だった。


 『出不精が直る整形マスク』


 鍵目に押しつぶしたような鼻。

 お世辞でも二枚目とは言えない顔が鏡を見る度に現れるのだ。どうしても自分の容姿が気になって青年は外に出るのがおっくうで仕方ないという日々を過ごしていた。ふとインターネットで目にしたオンライン通販のキャッチフレーズに惹かれ、即支払いを済ませたものが今しがた届いたのだった。

 青年は早速留め具を外して、仮面をつけてみた。留め具は幾つかあったが後ろでしっかり固定する作業は驚くほどすんなり終わってしまった。

 重量感のある仮面をつけたまま座って待つこと五分。

 何も変化が訪れないことに少々苛立ちを覚えて青年は横に放っておいた分厚い説明書を手に取った。用途が分からないままではどうしようもないではないか…そう自嘲しながらもページを捲っていく。やっと使用方法の項目まで辿り着き、仮面をつけた青年は声を出しながら説明文を読み始めた。


 『弊社の製品をご利用いただき誠に有難うございます。この整形マスクはつけているだけで目鼻立ちの矯正を自動的に行っていきます』


 青年は嬉しさを隠しきれずに小さくガッツポーズを決めた。だが、説明を読み上げる彼の声は行を追う毎にか細くなっていった。


 『しかしながら、この矯正具は使って特定の素材数点に大変な負荷を与えるため、一定期間毎に留め具を一つずつ外していかなければなりません。注意事項。期間については下記の表をご参照ください』


 指に力が入り、説明書の端に皺が走った。


 『なお、留め具を一定期間内に外さない場合、留め具の一つ一つが頭部を圧迫していきます。結果として死に至るケースが確認されておりますので、取り扱いの際は細心の注意を払うよう、お願い致します』


 青年は取説を投げ捨て、留め具を外しに掛かった。指が汗ばんでいて留め具の上で滑る。ようやくスイッチのようなものを探り当てるが、それをどれだけ押そうが引っ張ろうが反応すらしなかった。

 春を告げに来たか、どこかでウグイスが囀っていた。

 だが、彼にとってそれは隔絶された他の世界の出来事であった。木造アパートの一室からは荒い吐息と悲鳴が聞こえてきた。青年は突っ伏して使用方法の続きを読んだ。影が差したその眼窩はあからさまに血走っていた。


 『留め具にはそれぞれ専用の鍵が存在します。尚、それらの鍵は不特定多数の人物に弊社の方から郵送しております。これは契約規定第32条7項に基づき、本件に関してのお問合せを弊社に受けてもご返答しかねますので、予めご了承ください』


 ページが更に荒々しく捲られた。くしゃくしゃになったページがカーテンの隙間から差しこむ光の下に揺れている。やがて青年は使用方法の項目を今度は舐めるように読み始めた。


 『留め具が致命傷に至る圧迫を生じさせるまでに凡そ二週間かかります。最長二ヶ月間、お客様の対人スキルが健やかに養われるよう、弊社一同心よりお祈り申し上げております』


 青年は取説を壁に投げつけた。

 アパートの二階から今度は更に輪を掛けて大きくなった雄叫びが響いた。やがて203号室のドアがけたたましく開かれた。仮面に囚われた男は行く当ても無くふらふらと走り出した。

 番の弛んだ玄関ドアが振動によって揺れる中、電話が鳴った。

 そして、その電話が留守番メッセージを受け付け始める前に風に煽られたドアが音を立て閉じた。それがいかに重要な電話であったか、青年には考える時間どころか気づく暇さえ与えられていなかった。


後に掲載する予定の「交渉」にリンクする部分がありますので、ご一読いただければ幸いです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 大変楽しませていただきました。 これだけ短いのに、こちらの想像力がかきたてられ、よくまとまっていて、でも続きが読みたくなる、そんな作品でした。 また次回の作品を期待しております。
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