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大阪

 10時49分、定刻に新大阪駅の21番線ホームに到着した「のぞみ11号」から降りると、強い日差しが二人を照り付けた。冷房の効いた快適な車内からの落差に、思わず顔を見合わせて苦笑する。太陽はまだ昇り続けている。窓ガラスを隔てた快適な空間はゆっくりと二人から遠ざかる。雲一つない青空は容赦なく熱風を浴びせながらも、恨めしそうに見上げる二人を優しく微笑みながら見守っているようだった。


 試合開始まではまだ3時間ある。昼食を取るには早過ぎる時間であるのと、「大阪の食べ物=たこ焼き」というのが修平と優香で一致したのとで、たこ焼きを食べに行くことにした。

「どこ行けばいいんだろう?」

 駅の構内を右に左に見渡しながら修平が尋ねるが、優香も大阪についてはよく知らない。

「あー、分かんないね。グリコの看板がある辺り、行けばいいんじゃない」

「何だ、それ。道頓堀だっけ。行ってみようか」

「うん、行ってみよ」

 道頓堀に着くと、両手を上に挙げながら走るランナーが二人を迎えた。

「あっ、あれあれ。結構大きいんだね」

 やや興奮気味の優香に、修平が呟く。

「ただの看板じゃん」

「えー、そういうこと言わないでよ」

 その後、足が動いているかにを見て、くいだおれ人形を携帯で撮影しながら、歩いて回った。

「どこが美味いんだろうな」

「やっぱり人が並んでるとこじゃないのかな」

「でもあんまり時間もないしな。適当に入っちゃおうっか」

「うん、そうだね」

 長蛇の列が続いているわけでもなく、かといって閑散としているわけでもない一店を選んで入った。

「熱っ」

「こんな暑い日でも、大阪の人はたこ焼き食べるんだね」

「ほっふっはっへ」

「え?」

「そうだね。でも僕は冬でもアイスコーヒー飲むけどね」

「でもコーンポタージュが好きなんでしょ」

「あっ、覚えてたんだ。あったね、そういうこと。あの日がなかったらさ、今日一緒に甲子園来てなかっただろうね」

「そうだよね。あの日、私がしゃべっちゃったんだよねえ」


「そろそろ行こうか。甲子園」

 修平がコップに残っていた氷を口に含むと、二人は席を立った。店内にはタイガースのユニホームを着た三人組がたこ焼きをほおばっていた。


          *


 試合開始まであと1時間になろうとしていた時、二人は甲子園球場の中に入った。相変わらず空は真っ青で、太陽は衰えを知らなかった。3塁側のオレンジシートに着席した時には、既に額から汗が滴り落ちていた。

 二人で、土と芝生のグラウンドを眺め、外野席で盛り上がる応援団を観察し、左手にグローブをはめ右手にはジュースを持って走り回る子供を目で追い、それから、慣れない場所に来て周囲を興味深そうに見渡す優香を修平が微笑ましく見ていると、先発投手の発表があった。

 ジャイアンツのピッチャーは広瀬。予想通り、広瀬だった。

「ここまで来て、違う人だったら笑うけどね」

 そう言う修平の表情には、安堵と緊張が入り混じっていた。

「いよいよだね。たこ焼き、食べに来た訳じゃないもんね」

 優香も笑いながら、18年前を思い出していた。


 日曜日ということもあるのだろう。試合が始まる時にはスタンドはぎっしりと埋まっていた。タイガースの9人がそれぞれのポジションに就く。そして、運命の一戦が幕を開ける。1回表、ジャイアンツの攻撃は三者凡退。あっという間に終わってしまった。ツーアウトになって、ベンチ前でキャッチボールを始めた広瀬は、数球投げただけでマウンドに向かうこととなった。スタンドからはその表情を窺い知ることはできない。が、修平はゆっくりと歩を進める広瀬を凝視していた。いつもとは違う緊張感をまとっているようにも見えたし、いつもと変わらない姿にも見えた。

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