告白の真意
列車事故か…。修平は心の中で呟く。右腕にしている電波時計は<23:58 54、55、56、57…>と進んでいる。もうすぐ今日が終わる。長かった今日が。
会社で優香から記者クラブに到着したとの連絡を受けたのが、随分昔のことのように感じる。
「おはようございます。江添です。出ました」
受話器の向こうの優香の声はいつにも増して元気なような気がした。
なんか今日元気だな。そう思いながら、出勤簿の優香の出勤時間の欄に「7時40分」と書き込んだ。
東京ドームに行った。広瀬が勝った。今日の一番の思い出になるはずだった。帰宅して、今頃、缶ビールを飲みながらスポーツニュースをザッピングしているはずだった。
それが…。
広瀬の勝利はすっかり片隅に追いやられてしまった。優香の告白に。彼女の告白が修平の頭の中、心の中の大部分を占めてしまっていた。彼女の告白は衝撃的だった。正確に言うと、告白の内容―列車事故に遭遇したという彼女の過去の事実―よりも、その過去を優香が自分に話したという現在の事実に驚いていた。
そんなに酔ってたかなあ。優香の顔を思い出してみる。一見、大人しそうな彼女のテンションが高くなっていたような気がする。けれど、明日の朝、今夜の記憶がないということはないはずだ。
優香の告白の真意を測りかねているうちに、列車は下車する駅に到着した。
*
どうしてだろう。優香は、自分の告白に自分で戸惑っていた。何で高木さんにしゃべっちゃったんだろう。
列車事故のことは今までほとんど話したことがない。その過去を知っているのはごく親しい友人だけだ。それが今日、修平に話してしまった。酔ってたのかなあ。
確かに、テンションは高くなっていた。修平と居酒屋で話していた時は楽しかった。けれど、どんなに酔っていたとしても、その勢いで告白してしまうということはなかった。どうして…。
携帯電話の着信音が鳴った。優香がベッドから起き上がって、携帯に手を伸ばそうとした時、音は止まった。
幼馴染みの浩子からのメールだった。幼馴染みといっても、今でも頻繁に連絡を取っている。
「まだ起きてる? 今日まーくん出張で、暇なの。優香は最近どう?」
だったら、まーくんにメールしなよ。そう思いながら携帯を枕の横に置いてからベッドに飛び込んだ。
はあ。しばらく考えてから携帯を取る。浩子の番号を確認してから発信してみる。
―もしもし? 優香まだ起きてたんだ。何?
「うん、何ってそっちがメールしてきたんじゃない」
―ああ、そうだけど、あんたが電話してくるの珍しいからさ。メールばっかじゃん。
「うん、どうしてるかな、と思って」
―変わんないよ、専業主婦は。優香はどうなの? 仕事、忙しいんでしょ? なんてったって新聞記者だもんね。美人記者。
「うん」
―って、否定しなよ。
「…」
―ねえ、なんかあった? ていうかあったでしょ。分かるよ、私には。
「事故のこと…」
―ああ…
浩子は事故のことを知っている。事故の前からの友達だった。優香は今日の修平とのことを全て話した。
―それは、恋でーす。恋だね。そのタカダさん?が好きなんだよ。
「え? 違うよ。だってほとんど会ったことないんだよ。ねえ。別にそんなことないって」
―ちょっとそんなに動揺しないでよ。分かりやすいなあ。
「だから違うって」
―うん。まあ、優香がタカダさんを好きなのかどうかはまだ分かんないけど、話したことは後悔することじゃないよ。優香は酔った勢いで軽々しくしゃべるようなコじゃないんだから。聞いてほしいっていう思いがあったんだよ。
「うん、ありがと。ちょっと気持ち、楽になった。ねえ、タカダじゃなくて高木だよ。高木修平さんっていうの」
―ハハッ、ごめんね。タカギシュウヘイさんね。そうそう、あんた見かけによらずお酒強いからね。簡単には酔わないよね。
「何それ」
恋、か。携帯の画面には1:00の文字が。また今日が始まる。




