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東京ドーム

 修平が水道橋駅のホームに降り立った時には時計の針は午後4時半を少しすぎたところだった。あと1時間半もすると東京ドームではジャイアンツ対カープの試合が行われるというのに、ホームの混雑はそれに見合ったものとは思えなかった。確かに平日ということもあるのだろうが。

 一昔前の東京ドームのジャイアンツ戦のチケットは、「プラチナチケット」の代名詞だった。発売日には長蛇の列ができ、即日完売が当たり前だった。金券ショップでは定価の数倍の値段が付いていた。

 そのジャイアンツ人気の凋落がこの数年著しい。テレビ視聴率の低下が叫ばれ、かつて野球に興味を持たない人の野球に対する最大の反感要因だった「放送時間の延長」も60分が30分になり、今年はついに15分が主流となっていた。修平は既に前売券を買っていたが、チケットは一部の券種を除いて売れ残っており、当日券販売の案内がしきりに流れていた。

 修平が手にしたチケット―指定席C1塁側21列231番―の座席に腰を下ろしたのはまさに午後5時になる時だった。ドーム内で食料を調達するのは高くつくので駅前のコンビニで買った、ミニ俵むすびセットと500ミリリットルの紙パック入りの紅茶を口にしながら、グラウンドを見つめていた。

 午後5時半、両チームのバッテリーが発表された。「ジャイアンツのピッチャーは…広瀬」。その場内アナウンスにライトスタンドを中心に歓声が沸き起こる。修平の顔も綻んだ。セ・リーグはパ・リーグと違い、予告先発ではない。ひょっとしたら今日は投げないのではないかという不安もかすかにあったが、そのアナウンスを聞いてほっとした。なんと言っても修平は、広瀬の今シーズン初登板の日を狙って東京ドームに来たのだった。浮かんでは消え、消えては浮かんでいた、彼女の顔や声やしぐさがこれから数時間に限っては、なくなってしまいそうだった。

 午後6時1分、プレーボール。カープの1番バッター、尾上がバッターボックスに立つ。1番とはいえ、かつては4番を任されていた、長打力がある選手だ。広瀬が1回りも年下のキャッチャー、篠原のサインに頷く。修平は息をのんで、ピッチャーマウンド上の勇姿を見ている。大きく振りかぶった広瀬は美しいフォームで、渾身の力で、投げた。ストレート。パサッ。篠原のミットにボールが収まった。「ストライーク!」。ライトスタンドを中心に歓声が挙がり、拍手が起きた。スコアボードには、136km/hの表示。平凡な数字だった。


          *


 気圧差による突風に背中を押されて東京ドームを出た修平は、水道橋駅へと向かう人の波に乗っていた。

「なんであのボールが打てねえんだよ。あんな遅いボール、俺だって打てるよ」

「いや、お前じゃ打てねえから。でも今日は勝てると思ったのにな。広瀬だぜ」

 胸に「CARP」の文字が入ったレプリカ・ユニフォームを着た男達の声が響いてくる。修平はというと、実に満足気な表情で足取りも軽く駅へと向かった。

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