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1-7 異常

白き眼の悪魔(ホワイト・オブ・ディアブロ)。世界に名を轟かす悪魔である。事件事態は二年前の事でありながら、いまだにその噂は衰えない。

土野金はその悪魔であるが、今はその悪魔を封印している。

精神的リミッター。自身に殺人の良し悪しという概念の無い金が、それでも無理に、殺人はしてはならないことであると言い聞かせている状態。それが現在だ。

その矛盾が金の精神に多大な負荷をかけ、その力を著しく引き下げている。

そして、その制限をはずし、殺人を肯定したとき、金の悪魔(ほんのう)が解放される。それが、

悪魔の解放(デビルズモード)

それが金のまともな声だったのが不思議になる。あとは、

「ぎひゃ、は、は、は、はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」

壮絶な笑い声。ただ立ったまま、天に向かい壮絶に、叫ぶように笑う。

その笑い声に誰もが引いた。引くしかなかった。引かないのはその事実を知っている黎也と、

「うわ、怖っ!」

階段を今しがたかけ降りてきた銃だけだった。

笑い声に反応したのか、ベルゼバブは金に向かい拳を叩き下ろした。

が、その拳が消失した。何をしたかは今度こそ誰にもわからない。だが、何があったかは誰の目にも明らかだった。

金が攻撃したのだ。しかも六メートルの巨人の腕を一本消失させるという、常識では考えられない攻撃を。

「はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」

金は笑い続けている。

ベルゼバブは瞬間的に再生させた手と、反対側の手を合わせて組み、ふりおろす。

今度は金が消えた。そして同時にベルゼバブの両腕も消え去った。

「ははは!「はははははは!「ははははははははは!「はははははははははははは!「ははははははははははははははは!「はははははははははははははははははは!「ははははははははははははははははははははは!」

金の笑い声があちこちから響く。姿は見えない。が、金が攻撃したのは腕だけではなかった。

再生を直ぐ開始した右腕が、今度は肩から消し飛んだ。

そしてそれと同時に右足も根からごっそりきえる。

バランスを崩す暇など無い。次には左の肩口も消え去る。

さらには左足の膝下がなくなり、ベルゼバブの体は宙に浮いた状態になった。

次には頭が消滅した。

更に下半身が完全になくなる。

そして残った胴体の下半分がえぐりとられ、上半分のうち左側が削除される。最後に残った部分すら間髪も入れずに消え去り、ベルゼバブのボディは文字通り塵となって消え去った。

「ふう、もういいぜ、黎也」

ようやく姿を表した金の眼はもう赤くはなかった。

「ふう、常時魔力を送り込んで最硬度に保ってたってのに、五枚割れたぞ」

第十の防壁は、黎也の防衛魔術の中でも最高位のものだ。とある世界最高の防御力を持つ魔導具のレプリカなのだが、その硬度は焼夷弾の直撃にすら耐えるものである。

それを七枚張る、最高防御。金のデビルズモードの直接の攻撃対象ではなかったはずのそれが、それでも五枚も割られた。それだけで、いかに悪魔と化した金が悪魔であるかを物語っている。

「おう、銃もいたんだな、おまた」

眼も閉じ、ブレスレットと金属板を元に戻しながら金は馬雲に近づく。

「やれやれ、ま、あとは兄貴に任せるかな」

そう言って放心している馬雲を立ち上がらせようとしたとき、ビクンッ、と馬雲のからだが跳ねた。

「「っ!」」

とっさに黎也と銃が拳銃を構え、金も一歩下がって刀の柄に手をかける。

『やれ、やれ、まさが、あ、の体を完膚、無きまでに破、壊されるど、はな』

まるで、二重にかかったような声。同時に馬雲の全身に幾何学模様が走る。

「邪包印!」

黎也が声をあげる。

「邪包印だな。あの馬鹿、取り憑かれやがったらしい」

悪魔憑き。元来悪魔という存在には、この世界での体がない。悪魔を召喚するためには魔界とこの世界との相違を埋めることと、あと一つ、悪魔に擬似的な体を与える必要がある。倒した悪魔が塵となるのは、その体が維持できなくなる為だ。

そして、魔術の効果ではなく、何かの拍子に世界のズレが埋まってしまった場合、悪魔はこの世界に入る際にこの世界の生物の体を使う事がある。下級の悪魔なら虫や小動物がいいところで、大概は体すら手に入れられないが、高い知能を持つ上級の悪魔の場合は主に魔力の高い人間の体を選ぶ。

その時に、体の中にある魔力の回路が黒く浮かぶ、これが邪包印と呼ばれるものだ。

「ちっ、玄峰なんて家系聞いたこと無いからな、恐らく単一性の魔術師なんだろ、こいつ」

「ああ、実理みてぶっ壊れたのか」

魔術を発動するのに必要な要素、それが実理だ。世界の理、世界の始終、そういったものだ。仕組みとも言える。

魔術師は通常、術式を展開して、自分の中の実理から結果を引っ張り出す。そうやって魔術を起こすのだ。

実理には二通りの手に入れ方がある。

一つは遺伝。実理は知識、知るモノではあるのだが、何故か記憶の継承ができる。魔力が関係しているという可能性が最近の研究で浮かんできてはいるが詳細は今のところ不明である。

そして、もう一つが瀕死に陥ること。こちらの原理はある意味で単純だ。世界を自分とした場合、生が始まりで死が終わり。つまり世界の始まりから終わりまでを自分で体現しているのだ。ゆえに、世界の全て、実理を手に入れることができる。

ただし、後者には問題がある。いきなり、唐突に、それほどまでに膨大な情報を、何の事前準備もなしにはただの人間には受け取れないのだ。つまり、精神が崩壊する。ただ単純に発狂する者もいれば、

「思想がおかしくなっちまうって方か。なまじ自我があるぶん質が悪ぃ」

思想、あるいは思考、そういった脳の中身が壊れた状態。実理を見たものとしてはそちらの方が圧倒的に多い。

『ごぁ』

ベルゼバブは体にまだ慣れていないのかちゃんとした声が出ていない。

「しかし、こいつはまた厄介なことになったな。コイツは殺せない」

殺戮魔である金がとんでもないことを言う。

「殺さないのは前提だろ、普通」

そう言って黎也は落ちているドール讃歌を拾い上げた。

「そもそも、実理のせいで精神が磨耗してたところにこんなもん使うから、悪魔にとってはさぞ入りやすい体だったろうな」

「あー、ドール・チャンツってそういう魔導書だっけ?」

操ることに長けた魔導書。それは操られることにも繋がるのだ。

『また会えたな、我が贄よ』

「よう、また会えたな、悪食」

馬雲の体を完全に乗っとり尽くしたらしいベルゼバブがついにしっかりとした声をあげる。

「・・・どうすんだ、金。お前、殺せないんだろ?」

そう、今の金には人が殺せない、約束と言う枷があるからだ。

殺意を解放する、デビルズモードの時ですら人を殺さない枷だけは外さない。ゆえにその他一切の制御が効かない訳なのだが。

「かといって、無理にひっぺがすってのも難しそうだしなぁ」

そんなのんびりした会話を、しかしベルゼバブは待ってはくれない。

一撃目は拳だった。トンッと金は黎也の背中を押し、自分は逆方向へ跳ぶ。その間をベルゼバブが通過した、のは、気配でしか判断できなかった。

「ちょっとまて、どんだけ速いんだよ!」

飽くまでも、乗っ取られたとはいえ、馬雲の体は人間のものなのだ、人間の能力以上は出せないはずなのである。

「身体の崩壊とか、まるで気にしなくていいからな。火事場の力まで目一杯解放して、克つ、魔力でブーストかけてやがる」

「わかっちゃいたがやっぱり悪魔ってのはどいつもこいつもゲームバランス考えないチートばっかだな!」

ぜえ、と一息で突っ込みを入れて黎也が深呼吸と溜め息を同時に行う。

「まぁ、だから悪魔なんだよ」

再度突進してきたベルゼバブの拳を、やや軌道をそらすことでかわす。

「しかし、このままほっといたら、あの悪魔が犯人の身体を取り殺しちまいそうだしな。犯人死んだら事件が解決しねえし、そろそろ」

金は不敵な、文字通り不敵な笑みを浮かべる。

「終わりの終わりを始めよう」

ここからは、金の視点で語ろう。

一度閉じた眼を、金は再度開いた。リミッターの一つ、そして、百眼族たる金にとっては能力そのものの象徴。

その眼はまるで昆虫の複眼のようなものだった。

複眼とは、文字通りに複数の眼で構成されている。百を超えるその眼はそれぞれが並列して映像処理を行う。それゆえに昆虫は一コマ一コマを断続的に見ることになり、映像としてはハイスピードカメラで撮影された画の様な、超スロースピードとなる。

金の今の眼もまさにそれである。

速見ル眼(ハヤミルメ)

通称、複眼。片眼に約400の眼を備え、その眼に合わせ脳の処理能力と神経伝達、リアクションタイム、さらには身体の反応速度を引き上げる能力である。

その引き上げ速度は一回につき約360コマ。事実上、金はこの能力を発動することで、360倍の速度で動くことができるようになるのだ。

ただし、ここまで大きな負担を身体にかける能力であるため、使用時間は約10秒ほどに限定されている。そうしなければ、金の体が崩壊する可能性もあるからだ。

人間の限界を越えた程度のベルゼバブとは桁の違う速度、ただでさえあっという間と言うにふさわしい金の瞬動術だが、今はもうそれすら生温い。大気の壁すら突き破るほどの速度で、金は馬雲に急接近する。

即座に複眼を解除。

「豪風!」

掌底の二連撃。

能力を解除したのには理由がある。複眼を発動したまま、すなわち360倍の身体能力のままでは、金の拳はマッハをゆうに越えてしまう。それを受ければ人体など易く打ち抜いてしまうのだ。

鎧徹し。内臓をダイレクトに攻撃するそれは馬雲を宙へと持ち上げる。

「烈風!」

乱打。本来は人体急所に的確に入る攻撃だが、金はそれを四肢に集中させる。

当然、ベルゼバブ=馬雲の四肢は粉砕される。

「だが」

その手足は何事もないように再生する。

「さすがは暴食の悪魔。それとも豊穣の神の方の特性か?人間の中に入ってもそれは有効なわけだ」

やっぱ魂ひっぺがすしかないか、と呟く金。

死して斬る虚空(カールスナウト)

かつてとある英雄が持ち、その英雄の死後、英雄自身を傷付けたいう、死者を斬る短剣。

『先ほどもみたが、その刀はなんだ?なぜ形が変わる?いや、形だけではないな、その能力、特性も明らかに変化している』

ベルゼバブは神話という歴史に名を残す悪魔だ。あるいはどれかを見たことがあるのかも知れない。

「んー、あんまり自分の事語ると死亡フラグになりそうだけど。いや、死のないオレには関係ないのか?」

死がない。金にはこの短剣に意味を見いだせないだろう。

「ま、文字通り黄泉路の語りに教えてやろうか。オレのこの刀は鬼刃という。二振で一つの姉妹刀だ」

そう言って変化させていないもう一方、鬼刃・陰の柄に手をかける。

「とある刀匠が鍛えた最高傑作でこのシリーズは合計で六本ある。元になった金属が特殊でな、厳密には金属というか鉱物ですらないんだが」

それは世の誕生以前からあるらしい。

「カオス。そういわれる物体だ。いや、物体ですらないのかな?その刀匠がそれを見付けた時は、偶然物体だっただけで、本来はどんなものでもないモノだ」

どんなものでもないが、そのかわりに全てであるもの。

「刀匠はそれに刃物という形を与えた。形というか方向性か。だからこそ、この刀はどんな刃物にもなれるのさ。ま、刃物という方向性を持ってしまったから刃物以外にはなれないんだが。ま、それがこの刀の正体だよ」

金は説明を端折ったが、鬼刃が変化する条件として金と鬼刃がその刃物を記憶している、というものもある。

「とりあえず説明はしてやったぜ。じゃ、これでなんの思い残しもなく帰れるな」

言って金はカールスナウトを前につき出す。

カールスナウトにはいくつかの逸話があるが、その多くが死者や幽霊に関するものだ。魂を斬る事に対して、絶対的な能力をもつのだ。

魂振ル眼(タマフルメ)

そう言う金の眼は、白眼の部分まで真っ青だった。

魂振ル眼(タマフルメ)、通称、霊視眼。文字通り、霊や魂を見る眼である。

今、馬雲の身体には馬雲自身の魂とベルゼバブの魂の二つが入っている。カールスナウトを使ったところで、どちらを斬るかは金が判断しなければならないのだ。

その魂を見極めるための眼。殺さず斃す眼である。

だが、この眼にもリスクがある。と、言うよりは、金の持つ能力には全てにリスクがあるのだ。

そもそも異能力は一人につき一つが原則だ。複数持つ者は基本的に複数に見えるだけで実は一つと言う場合がほとんどなのだ。しかも、元来一つの妖の種族につき、一つか二つしか能力はない。一種族で三つ以上の能力を持つのは、金の出身である百眼族と、力に関する全てを司る鬼人族の二種族くらいである。

そして霊視眼のもつリスク、それは発動中は魂以外の一切が見えなくなるというものである。

「窮屈そうだなベルゼバブ。そんな殻に押し込もってまぁ、大した力も出せないだろうにご苦労様だ」

金はカールスナウトを水平につきだす。

二つの魂が動く。言うまでもなく、ベルゼバブと馬雲だ。

『そうでもないぞ。貴様も我が器になればわかる』

「残念ながら貸せねーよ、この体は」

いいながらも金は闇の中の二つの塊を見定める。どちらが馬雲でどちらがベルゼバブか、それを判断する必要があるからだ。

「魂に名前でも書いといてくれたら楽なんだがなぁ」

約束上、そして雑業屋としての契約上、金には人殺しができない。ここに社会的や倫理的が入らないのは非常に問題なのだが、金はそのようなことは一切気にしていない。また、回りの仲間もそれを金に教えるのを半ば諦めている。

気配がする。

「金!」

「っ!」

黎也のその声と一瞬の判断。金は横に跳んで回避行動をとる。その横を何かがすり抜けた。

「魔術か。ちっ、こいつも見えねえから面倒だ」

が、同時に金はしっかり確認した。魔術発動時に魂振りを起こしたのはどちらの魂だったのかを。

魂振りと言うのは浄めの儀式の一つである。荒御霊を押さえるの鎮魂であるのに対し、魂振りは弱った土地などに対して行われ、魂の動きを活発にし、再び活力を取り戻させるモノである。

金の眼、魂振ル眼はその魂の動きを見るものなのだ。

そして、魔術は体でなく魂に刻まれるものだ。記録でなく記憶。ベルゼバブが馬雲の身体で魔術を発動できるのは、飽くまで身体と同時に魂までを支配しているからであり、魔術を発動する魂そのものは馬雲に違いないのだ。なぜなら、悪魔も分類上は妖物、持つのは魔力でなく妖力だからだ。

「黎也!」

「第十二の氷河よ!」

魔術で起こる魂振りは一瞬。だが、金がその一瞬を見逃すわけがなく、また、どちらの魂だったかを見忘れるわけがない。

黎也の中位氷系魔術が馬雲の身体を固める。

「らっ!」

その隙に、金のカールスナウトが馬雲とベルゼバブの魂を切り分け、更にベルゼバブの魂を両断する。

死誘ウ眼(シサソウメ)!」

ちなみに通称、滅死眼。霊視眼とは対極な真紅の眼であり、能力も対極の命を止めるものである。

「さて」

金の視覚に頼って言うなら、それは物のどこかを中心に無数に走る糸のようなもので、その糸を断つことでその部位の機能を停止させる事ができる。さらに、中心の束をつき壊せばそのもの自体を崩壊させる事ができる、死神の眼である。

リスクは身体を襲う無数の槍で刺し貫かれるような激痛。そのかわりに金のこの眼は、文字通り何でも殺せる。

アリーヴェデルチ(さよならだ)

変化させていなかった方の刀、陰で、ベルゼバブ魂の中心(魂自体は見えないが、魂の糸は見えている)の糸の束を完全に両断する。

『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!』

声ですらない声、音ですらない音が響き、今度こそベルゼバブの魂はこの世界から消滅した。

「これで終わり」

つまらなそうに金が呟く。

「さて、黎也、銃、後始末だ。兄貴と紅にも声かけといてくれ。残ってる雑魚を一掃してさっさと帰るぜ。臨時収入だし、姉さんも呼んで飯でも食いにいこうぜ」

実際問題、つまらないことはなくとも金にとっての日常はこんなものである。だからこそ、金は軽くこう言うのだ。

「さ、とっとと終わらせて帰るぜ」


第一話了

前話からの投稿時期が開いてしまい申し訳ありません。

「妖ノ者」自体は続きますが、とりあえず作者の中で「学舎編」と呼んでいる章は終了です。

次回作はもうチョイ早く投稿できるようにしますので、見捨てないでください。

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