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1-4 異常なまでに異常な通常

この学舎にいる二人の本物と呼ばれる二人の魔術師。

一ヶ所に二人の本物が揃うというのは前例が少ないのだが、第44代黒の本物、レイヤ・"ネロ"・クロベ。そして第38代白の本物、ハクリ・"ホワイト"・ヴァイス。この二人が生徒と教師という形で同じ学舎にいる。

他の本物は、天蝎で国際警察部に所属している、第41代青の本物、チンラン・"ブラウ"・ツァイこと蒼青蘭(ツァイ・チンラン)。そしてそれらに終われる立場にある国際的暗殺集団のリーダー、第42代赤の本物、セキエ・"クリムゾン"・レッドことセキエ・レッドだ。

例えば、この一人一人が単独で悪魔を召喚しようと思えば易々と成功できるだろう。本物と呼ばれる魔術師は上級と言われる魔術師の中でもまた、体一つ分飛び抜けているのだ。中でも黎也は、魔術の開祖でもある初代黒の本物で歴代最高の魔術師と称賛される、ネロ・グレイルの再来とまで言われている。

ただし、召喚できたからと言って、それを制御できるのかと言われれば、全くそのようなことはないのだが。


「でも、今回のこの事態は明らかに召喚した悪魔を自分の下に使役しようって意図が感じられるよな」

中等部棟から高等部棟に続く渡り廊下を疾走する二つの影。いうまでもなく金と黎也だ。

「ああ、ただ召喚するだけならここまで大量の魔術師(エサ)から魔力を引っ張る必要はないからな」

その二人の前に廊下をふさぐほどの巨大な影が現れる。亡者(ソウルレギオン)、自分さえ失った死霊の塊だ。

「邪」

黎也が地面を踏み切る。

「魔」

金が左足を軸に右足を跳ね上げる。

「「だ!!」」

そして同時に炸裂する飛び蹴りと回し蹴りのダブルキック。コンマ一秒のタイムラグもない見事なシンクロぶりだった。

そもそもが魂の集合体である亡者はその衝撃だけで曝散した。

そして二人は何事もなかったかのように、また走り出す。

「朱鷺鳥は俺のクラスの隣だ。林と雪代先輩がどこだったかは忘れたが、わかる方からしらみ潰しに当たるしかねえだろ」

やはり、悪魔は増えていた。そもそも知能の低い下級悪魔は頻繁にこの世界にやって来る。今回はこの学舎で条件が整っているので、どうしたところで多く出現してしまうのだ。

朱鷺鳥林檎がいるはずの教室の扉を勢いよく開ける。

「発っ!」

「第六の盾よ!」

目の前に放たれた火球をしかし黎也は冷静に止める。

「落ち着け朱鷺鳥、俺だ、黒部だ」

「あ、あれ?黒部君?」

「へえ、朱鷺鳥林檎は字印を使うんだ」

魔術発動の引き金となる印には大きく三種類がある。黎也のように声などの音を媒介とする「音印」。字や図を媒介とし、天蝎や摩羯では符術とも呼ばれる「字印」。指の組み方や手の合わせ方を媒介とする「指印」だ。一般的によく使われるのは音印だが、人によって相性があり、字印や指印を使う者も多くはないが存在する。

「あんまり時間がないんだ。朱鷺鳥、手に数字の痣って出てないか?」

「え?痣?ないけど」

「金、次だ」

「ああ」

「え?え?」

「っと、そうだ朱鷺鳥、林ってどこのクラスだかわかるか?」

「え?林君なら三つとなり」

「サンキュ」

それ以上全く語らず次に向かう二人、廊下の悪魔を蹴倒し三教室隣の扉を乱暴に開く。

「林!林葵!いるか!?」

「黒部?どうしたんだ」

槍のようなものを構えていた男子が気を緩めて声をかける。

「時間が惜しいから端的に聞くが、手の甲とかに数字が出てないか?」

「数字?そんなものは出てないが・・・」

「邪魔したな、金」

「あいよ、雪代麻沙羅って高二だろ?」

「ああ、上だ」

階段にも勿論悪魔がいたが、最早二人とも意に介さず蹴倒し踏みつけ蹴り落として進む。

そしてその適当な教室の扉に手をかけたとき、

「キャア!」

悲鳴が聞こえる。

「ちっ、タイミングが悪かったか」

教室に飛び込むが、予想通り下級悪魔が大量発生していた。

「烈風!」

擬音にすると「ドドドドド」というような表現が出来そうなパンチのラッシュを散発する。

「オラオラオラ、とか言いたくなる光景だな。何故か」

黎也が意味がわからない事を言いながら苦笑する。

そこいらに散在していた悪魔を文字通りあっという間に叩きのめし、倒れていた女子生徒を確認する。

「あー、やっぱり雪代先輩か」

「あ、れ?黒部くん」

「痣もあるみたいだな」

「と、確か土野金くん?」

「正解」

人気生徒会長である水島鏡の従弟であり、更に黒の本物の黒部黎也の友人である金はそれなりに名が通っている。学舎に来ないはずの金が何故か人気があるのはそういった原因もある。

「えっと、雪代麻沙羅、でよかったか?怪我したのか?」

「え?あ、ええ、いきなりさっきの変な生き物に襲われてね」

悪魔は確かにこの世界に来ることがあるが、それでも一般的ではなく、金のような日毎に事件が起こる日常でも送っていなければ関わることはなく、つまりその存在が悪魔だと気が付ける者はすくない。都市伝説の様に思われている節もある。

「ふむ。あともう一つ、その手の甲の数字、生まれつきとかじゃないよな」

「これ?うん、さっき出てきたんだよ。何かの呪いなのかしら」

魔術師ということで、たどり着く結論は似通ったものになるらしい。

「邪魔したな。黎也、行くぜ」

「ん、金、ちょっと行くところが出来たから一旦別れだ」

「ああ、あれね。了解だ。先にやっててくれ」

二人は違う方向に歩み出す。黎也は上に、金は下に。


屋上は異様と言ってよかった。一面に書かれた幾何学模様。誰が見たところで、それはいわゆる「魔方陣」と呼ばれるもの。だが、魔術師ならこれもすぐ分かる、その魔方陣がまだ完成に至っていないことが。

「ここまで大々的にとはね」

そこには二人の人物がいた。一人は黒部黎也だ。

「屋上に来るのにしたって大変だったぜ。人避けの魔術から物理ロックから、面倒くさかったから力ずくでこじ開けたが」

扉はひしゃげ、明らかにもう用をなさない物となっていた。

「つか、反応してくれないと寂しいんだがね、玄峰馬雲臨時講師」

そこでようやくもう一人の人物がこちらを振り向く。

「誰だね?君は」

「オイオイ、あんたの生徒の一人だろうが。非道いな」

言いながら黎也は右腕に魔力を集中する。

「悪いが覚えていないな。私の邪魔をしないでもらおうか」

言って馬雲が何かを投擲する。

黎也は右腕に溜めていた魔力に炎の形を与え、放出した。

空中でぶつかり、爆発する。

「符術って、また珍しいモノを」

爆風に煽られながら黎也が毒づく。

符術は字印の一種であり、札に記号や文字などの発動式を書き込み、そこにあらかじめ魔力を込めておくことで魔術のストックを作っておけるというものだ。主に摩羯と天蝎で使われる魔術だが、使用者事態はそう多くない。

「フム、魔術師であったか。しかし、印も使わずに魔術をはなつとは、面妖な」

「そいつぁーどーも」

しかし、珍しいと言えば黎也の魔術の方がよほど珍しいだろう。「無印」。

本来、魔術師は二つの式をつかう。魔術式と発動式だ。魔術式はその魔術を発動するための式で、一つの式を構築するのに一月から一年はかかるとされている。

炎を出す魔術であれば、どの様に炎を起こすか、可燃物は何か、助燃物は、炭素、水素、酸素の配分は、範囲は、形は、などその式だけで様々な条件を付けなければならない。一つの式を確立してしまえば、あとはそれの応用となるので、同系統の魔術を作る分には大した時間はかからないのだが、一人で複数の系統の魔術を持つものは、実は割と少ない。

そしてもう一つの発動式、これこそが所謂「印」と呼ばれるものだ。自分の考えた魔術式を呼び出し、起動するためのスイッチの様なものなので、魔術式と関連付けを行うことで、一定の印を用いてそれを呼び出すのだ。

黎也が行った無印、これはすなわち発動式を形に表さず頭の中で行ったことになるのだが、つまりこれは実質上その場で魔術式を構築したに等しい。通常であれば最低一月はかかると言われているそれをだ。

「威力はさすがに印有り(オリジナル)より劣るがな」

「天才と言う奴か。お前、名前は?」

「ふーん?一応あんたの担当クラスにいるんだが。臨時講師とは言え、あんまし職務不熱心だと馘になるぜ」

まぁ、どっちにしろ馘だがな。と黎也は続けた。

「覚えとけよ黒魔術師。俺は黎也。黒部黎也だ」

そこで今まで無感動だった馬雲が軽く目を見開く。

「クロベ・レイヤ。黒の本物か。なるほど、この学舎にいるとは知っていたが、お前のような奴だったとはな」

「ああ、"最悪"の本物だ。あんたも運が無いな」

本物と言う名は受け継がれるべき名であり、同時に七つある「数の頂点」としての二つ名でもある。だが、それとは別に、今期の四色の本物には個別に二つ名がついている。曰く、

黒の本物、黒部黎也、"最悪"。

白の本物、ハクリ・ヴァイス、"悪質"。

青の本物、蒼青蘭、"性悪"。

赤の本物、セキエ・レッド、"悪辣"。

ほぼ悪口である。しかもこの悪口、本人達はそれなりに気に入っている節があるので始末に負えない。

ヒュルヒュルと、黎也の腕の回りに風がまとわりつく。

「第三の」

「ふん」

馬雲が符を投げる。

「風よ!」

その符が風により両断される。と、それが爆発を起こした。

「のわ!」

黎也は横っ跳びでその爆風から逃れる。

「起爆符ってな、またレトロなものを」

そして、地面に手を打ち、

「第五の礫よ!」

屋上のコンクリが複数の石礫となって馬雲に飛ぶ。しかし、それは馬雲にぶつかる直前に何かに弾かれたように砕けて地面に落ちる。

「防壁もしっかり完備か。まったく、めんどく」

その時、黎也は足下に貼られた符に気が付く、

「ヤバッ」

その声と同時にその場に最大一億ボルトを誇る本物の落雷(・・・・・)が起こった。

「ふむ、本物とはこの程度のモノか」

つまらなそうに馬雲が呟く。

「この程度で悪かったな」

落雷で起こった煙の中、黎也は普通に立ち上がる。

「・・・なぜ無事なのだ」

「さてね」

理由は黎也の頭上から右側にかけてあった。

「氷」

人体より水の方が電導率は高い。あの一瞬で黎也は氷で避雷針を作ったのだ。

「とはいえ、制服がやや焦げた。後でちゃんと請求するからな」

しかし、と黎也は続ける。

「誘雷符とは、いよいよもってレトロだな。ついでだ、こっちの雷も見せてやるよ」

そう言って、左手を広げて前に突きだし、右手を引き絞る様に後ろに引く。

「第四の槍よ、雷となりて、突き穿て!」

一直線に電気が飛ぶ。

「ぬっ」

馬雲はそれを護符で防ぐが、電気は障壁の表面を走り裏にまで回ってきた。

「ちっ」

馬雲は護符を放棄し、大きく跳びすさった。

「賢明な判断だ。当たったら普通に焦げるぜ」

いつの間にか黎也は馬雲のそばまで急接近していた。「第三の風よ!」

形なき刃が振るわれる。

「くっ!」

そこに馬雲は何かの札を投げつける。

それは風に裂かれた瞬間、炸裂した。

「が、はっ!」

黎也は吹っ飛ばされてしたたかに背中を打った。

「ここで防御符じゃなくて起爆符投げるとか、馬鹿じゃないのか?!」

無論、その爆発を近距離で受けた馬雲自身もただで済んではいなかった。

右腕が使い物にならないほどにずたぼろになっていた。

「ふっ、防護では意味がなかったのでな」

馬雲がまたいくつかの符を投げる、するとそれは先程からお馴染みになっている悪魔に変わる。

「・・・異界結びの魔術は禁術だろ。どこで覚えたんだよ」

魔術には禁術と魔法と呼ばれる特別枠が存在する。禁術は暗黙のうちに使用が禁止されているものを指し、魔法は科学では、物理的には、再現不能な真の意味での奇跡を指す。

「いかにも、暗黒魔術だ」

黒魔術での禁術を暗黒魔術と呼ぶ。

同様に、白魔術での禁術を支配魔術、青魔術での禁術を合製魔術、赤魔術での禁術を召喚魔術と呼ぶ。

「この世界とほんの少しだけズレた世界である、逆を言えばそのズレ以外は完全に重なった世界である魔界や天界。そこのズレを一部ずらし直すことによってそこにアクセスする禁術」

勝ち誇るように解説する馬雲。

「そこの住人たちだ。お前1人に止められるかな?」

「まぁ、止めてみるかな」

大きく足を広げ、また大きく利き手を突きだし、添え手を腹の辺りにおく天上天下の構え。

「久々だがね。天雲流師範、皆伝、黒部黎也、参る!」

そこからは一歩。瞬動術と言う、足運びと重心移動で移動の速さを突き詰める術。その中でも奥義とまで呼ばれる縮地法。黎也が使ったのはまさにそれである。

一歩で敵の懐に入り込み、後は、

稲爪(いなづま)!」

その勢いのまま拳を突き抜く。

ガーゴイルの頭が砕け散った。

稲光(いなびかり)!」

瞬速の回し蹴り。デュラハンの胴を薙ぎ払う。

怒槌(いかづち)!」

縦回転の踵落とし。グレムリンを脳天から叩き潰した。

「久しぶりに動くと感覚がいまいち思い出せねえな」

トントンと右足の爪先で地面を叩き、

「津波!」

つきだした右腕を重心移動だけで突きに使い、引いた瞬間に更に同じ場所を左腕で殴り付ける。更に一体のグレムリンを撃破。

細波(さざなみ)!」

頭部胸部下腹部に連続する蹴り。ガーゴイルを砂にする。

「高波!」

本来は頭を押さえ込みその顔面への膝打ち、ムエタイのカウ・ロイである。最後のデュラハンには頭部が無いので、胸部を叩き潰す。

「ふう、これで終わりか?さすがに俺でも悪魔なんかそうそう数相手にできねえからな」

そう言って黎也は地面に手をつける。

「悪いが破壊させてもらうぜ。迷惑だからな」

その時、魔方陣の欠けた部分が浮かび上がり、次いで激しく発光した。

「っなに!?」

黎也は何かに弾かれたようによろめく。

「金が、怪我したってことか!?」

驚愕するに値することだった。黎也でなくとも、金を知るものなら大多数が似たような反応をしただろう。

「ふ、ふははははははははははははは!ついに来たか!私の悪魔が!」

「聞き忘れてたが!アンタ、悪魔なんか呼んでどうするつもりだ!」

黎也が叫ぶ。雑音が多く、声が通るかどうかのギリギリである。

「知れたこと!世界を滅ぼす!かつての白き悪魔のようにな!」

「・・・っ!」

黎也は息を飲む。

かつての悪魔、それは、

「無事か、黎也?」

破壊された扉から、かなりのんびりした声がかかる。

「油断したと言うかなんと言うか。まぁ後は任せろ」

その声の主はもはや疑うべくもない。

「ああ、責任はとれよ、金」

土野金登場だった。

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