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1-2 そして異常は通常に

「学舎ってのは安全を第一に考えてなきゃいけないんじゃなかったか?」

開口一番に出た台詞がそれだった。場所は学長室。発言者は土野金だ。

「そういってやるなよ金。いくらなんでも今回のことは異常がすぎる」

第二の発言者は金の従兄にあたる水島鏡(みずしまにせがね)

この二人が揃って学長室にいるのには理由がある。けしてどちらかが問題を起こ

したわけではない。


話しは大体一時間前に遡る。


「ん?」

帰り支度をすませあとは学舎からでるだけになっていた金は微かな違和感を感じた。

普段、学舎に来ない金には当然学舎に和感などないのだが、これは金がよく知る違和感だった。その矛盾は金ならではのもの。つまり、異常が通常になった感覚。

「んー、来たか」

やれやれと、金は首を降る。

来た。何がということではない。何かが来たのだ。

金は持ち上げた荷物を下ろす。どうせ持っていてもまた置くことになるだろう。

「金くん、どしたの?」

よこで(うちがね)が小首を傾げる。美少女だけにそういった仕草が実に様になるのだが今においてそれは関係がない。

「悪いな、銃。帰るのはもう少し後になりそうだ」

カバンと一緒に持っていた腰までよりやや長いくらいの布袋に入った何かも机に立て掛け、金は先ほど立ち上がった自分の席に再度座る。

「あー、なんかあるの?」

実のところ金と銃はさして長い付き合いと言うわけでもないのだが、それでも一年以上の付き合いはある。雰囲気や、それまでの経験から何かに気付き面白そうに笑う。

「たぶんな。どうもさっきから空気が変わってない」

「いやいや、そんなのわかるの金くんだけだよ」

確かに、金だけである。金が言った空気が変わってないというのは雰囲気的な意味ではなくそのまま、窒素、酸素、二酸化炭素、水素などを主成分とする普通の空気である。

「異常なんて通常からわかる方が異常だからな。オレの()には来ない方がいいぜ」

「え?私はずっと金くんの側にいるよ?一生でも」

真顔で答える銃に嘘は一片もない。やれやれと金は首を振る。

従妹、金にとっては今のところそれ以外の何者でもない銃なのだが、銃にとって金はもはや明らかな恋愛対象であるらしかった。

「いや、まぁ、それはいいとして、どうも変だな。学舎に変化は見えないから、恐らくは空間的な」

そう言って金は窓の外を見る。そこにはグラウンドがあり、その先には門があるはずだ。

その辺りをさっきから金は視ているのだが、入るものがいても出ていくものがいないのだ。より正確に言うなら、出ていったはずのものが入ってきている。と言うべきだろうか。

「平穏無事って言葉は、オレに対する完全なアンチテーゼだよな」

視ながら呟く金。

平和と真逆に位置する自分を悲観こそしないものの、そこに羨ましさくらいは感じるのだ。

「兄貴に相談するべきか?まったく、今日は学舎って場所的に比較的に大人しく終わるかと思ったんだが、そうは問屋が卸してくれないらしいな」

全く要らない物を渡されても困るというものだが。

その時校内放送が流れた。

「ただいま非常事態が発生しました。学舎内にいる生徒は速やかに自分の所属教室に戻ってください。繰り返します・・・」

「さて、と」

金は立ち上がる。そして教室のドアに向かった。

「ん?金くん、どこいくの?」

問う銃に対して、

「兄貴のトコ。銃はしばらく教室で待機な」

金はそう言って従兄である鏡を迎えにいったのだった。


そこから金は鏡を連れて学長室に向かったのだった。

「どういったことになってるんだ?」

鏡の問いに、

「空間遮断。というよりは空間湾曲かな?結界みたいなもんだな。ひとつの空間を外界から完全に遮断する」

「何が目的なのでしょうか?」

この発言は学長のもの。

「そこまでは、はてなだな。意味のある行為かない行為かは判断がつかない」

この学舎は国内有数の巨大さを誇る。初等部から大学部まで、総計約十万名は伊達ではない。

その人数を全て囲い込んだ。意味がない方がおかしいだろう。それが金の判断だ。

「ま、オレ達も早く帰りたいしな。水島雑業店、この仕事、受けてやるぜ。ま、無料(ロハ)でとはいかねーけどな」

雑業屋、それが金の仕事だ。と、言ってもやるのに何か手続きがいる類いの仕事ではなく、いってみれば裏稼業。

仕事内容は何でも屋に近く、仕事を受ければ(それが重度の犯罪行為でない限り)何でもやる。

「報酬は、事前承諾で150。仕事内容によって変動ありだ。異論は認めない」

一切の反論を否定しつくし、金は立ち上がる。

「さて、」

そういいつつ、なにやら反論のありそうな学長と呆れ顔の鏡を置き去りに、廊下に出、

黎也(れいや)のところにでもいってみるかな」

と、高等部棟、二年教室階に向かった。


高等部棟。

「で、何がどうなってるかわかるか?」

金は親友である魔術師、黒部黎也(くろべれいや)と合流した後、そう切り出した。

「わかるわからんで言ったらさっぱりわからん」

わかるわけがないだろ。と、黎也は続ける。

「だいたい、見抜くのはお前の専売特許だろうに」

「視るものがわからないのに視えるわけもないんだがな」

金はそう肩をすくめる。

「だとすると、何が起こるかしばらく傍観するかな」

教室待機といっても教員ですら事態を理解できていない状態で完全に生徒の行動を制限できるはずもなく、かなりの人数の生徒が好き勝手に歩き回っている。

「ま、これに関係あるのは確実だろうけどな」

そう言って黎也はヒラヒラと右手を振る。その手の甲には算用数字の6のようなものが痣のように浮かんでいた。

「そうだろうな」

金も自分の右手を振る。そこにはやはり13のような痣。


ガシャン


そんな音が響いたのは二人が合流しておおよそ2分が経過した頃。

「ふむ」

「ん」

二人合わせて三文字の会話。意思疏通もなにもあったものではないが二人にはそれで十分であったらしく、全く狂いもなく同じ方向へ歩き出す。


中等部棟ニ階一年生教室前。

「事故?」

すぐに場所を特定して到着した金と黎也、さらにその二人に呼ばれた鏡によっての事情聴取。ガラスの割れた原因特定であるのだが。

「はい。その、あの子がそこの廊下で滑ってガラスに突っ込んだんです」

割れたガラスとその付近に血が付着している。

「それだけなのかい?」

事情聴取をしているのは鏡と黎也。金はそういうことをすると尋問のようになるので現場検証にまわっている。

「はい、あの何かあるんですか?学舎からは出られないし、教室待機を指示されるしで・・・」

鏡は現場を目撃した女子生徒をなだめる会話を続けている。

「金、どうだ?」

黎也はそれ以降の事を鏡に任せ金の方に寄る。

「別になんかの魔術や異能力ってわけでもないみたいだな。魔力も妖力も視えない」

「偶然、ってことか?」

「ん?いやいや、そんなわけ、ないだろうさ」

だよなぁ、と黎也はため息をつく。

「さっき怪我して運ばれてった一年、右手に例の数字が書いてあったからな」

例の数字。金と黎也にもある、学舎の封鎖と共に浮かび上がったもの。

「ちなみに1だったぜ」

「さすが金、よくみてる」

が、数字と怪我に何の関連性が証明されていないので、それ以上はなんとも言うことができない。

「兄貴、ここ任せるぜ」

移動。

「数字が複数あることがわかってて、さっきの子が1だった以上、2の奴を探した方がよくないか?」

「まぁそれもそうなんだろうがな、この初等部~大学部までの合計10万人超の学舎で、特定の人物でもない奴を数字だけをあてに探すってのもなかなか難しいぜ?」

米びつの中の赤い米というほどではないだろうが。

そのとき、唐突に悲鳴が上がった。


「また事故か」

左足骨折と頭部裂傷。倒れてきた本棚の下敷きになってのものだった。

「やっぱり2だったな」

被害者は高等部一年、すなわち黎也と同級生だった。

「ま、ほとんど面識はないけどな。せいぜい選択科目で会うくらいだ」

「まぁそんなもんだろうな。そこまでの偶然には期待してないよ」

しかし、と金は続ける。

「二人連続したことで怪我、あるいは事故とこの数字の関連性はわかったが、この数字がどういう法則でついてるかがわからん」

放送で呼び掛けるということもできるが、これ以上のパニックが起きるのは面倒、というのが金の考えである。

「最低13か、ん?まさかこれって」

「どうした黎也?なんかわかったか?」

「もし、だ、金。もし、この数字により怪我をする事を運命付けられているとしたら、どうだ?」

「んー、それってつまりこの犯人が最低13人怪我させたいってことか?この学舎の中で」

「そうだ。いや、より正確に言うなら怪我をさせたいではなく、血を流させたい、じゃないか?」

一人目も二人目もたしかに流血のある怪我だった。

「血を?ちょっとまてよ」

金の思考が高速で回転する。ちなみに金は関数計算をすら暗算で行う。

「血、流血ってことは魔術、いや、呪術か?場所を限定したのは、おそらくここに何かの仕掛けをしてあるから」

「そうだろうな。更に・・・」

そう黎也がいいかけたとき、ガラス、あるいは陶器の様なものが割れる音がすぐ近くで響いた。

金と黎也はその音のした教室に飛び込む。

「どうした?」

そこには散乱した蛍光灯とそれの直撃を受けたのであろう男子生徒の姿があった。

「3」

金が呟く。

「だな」

黎也はそう応じたあと、

「意識はあるか?ある?なら揺らさないようにタオルかなんかを頭の下に、タオルなんかない?まぁそうか、なら本人のカバンを代わりに使え。で、保健室、担架持ってきてもらえ」

簡単な指示を出し、二人揃って教室をでる。

「分かりやすい速度だな」

「ああ、数字の関連性、考えるまでもないな」

「まだ、偶然と言えなくもないが」

「一度なら当然、二度なら偶然、三度あれば奇跡で四度あれば必然だぜ、黎也」

「なら、まだ奇跡的の段階だな」

だが、そうもいかないことは少なくとも二人には明白だった。二人の手の甲に嫌でも見える6と13の数字。

「そういえば、さっき何をいいかけたんだ?」

そこで金が話を戻す。

「さっきっていうと、どの辺りだ?」

「あー、と、ほら、3人目がでるまえ」

たしかに、そのときに黎也は何かをいいかけていた。

「ああ、あれか。あのときはまだ予測だったんだが、今の3人目でほぼ確信になったな。はじめから少しばかり気になってはいたんだけどな、今までケガしてるヤツは全員高い魔力を持ってる」

「魔力に流血か。ますます儀式めいてきたな」

「この数字がそのまま呪術だな。ケガを負わすための呪術。このバカでかい空間隔離の術式は白のものに間違いないが」

魔術には大きく分けて四つの種類がある。すなわち、黒、白、青、赤の魔術である。これらにはそれぞれに性質があり、黒は現象を、白は空間を、青は物質を、赤は生物をそれぞれ司る。

また、魔術に相対するように魔力にも同じ色があり、魔力の色に応じて術師は黒魔術師、白魔術師、青魔術師、赤魔術師と呼ばれる。黎也は黒魔術師であり、先のハクリは白魔術師である。

「まぁ、白だよな。だけどこれ、気配は黒だろ?」

「だな。さっきから微かに感じる術式はかなり独自に黒方面に編んであるし」

ただし、黒魔術師だからといって黒魔術しか使えないわけではなく、術式の編みようによってはどの色の魔術でも使える。ただ、内包している魔力の色は黒なので白魔術を使おうが黒魔術師なのである。極端な例をあげるなら、赤魔術しか使えない黒魔術師という者もいる。

「呪術ってな黒魔術に近いらしいからな。しかし、なんだろうなこれ、だいたい四分置きに一人か」

「わからねえな。血によって発動する魔術なら師匠がいくつか教えてくれたが、アレは飽くまで自分の血だし」

「独自の術式なのかもな。今まで死者はないみたいだが」

「人を殺すような呪いってなかなりの魔力を使うからな、血が必要なだけならわざわざ殺す必要はないし、かすり傷で用はなせる」

その話の最中、上階で何かが倒れる音が響いた。

「4。わざわざ見に行くまでもないか。死にはしてないだろ」

「いやいや、そんなわけにもいかねえだろ」

当たり前の黎也の突っ込みに金は苦笑いをする。仕事だ依頼だといって学長から料金を請求しているのだから、確かにここで確認を放棄すれば職務怠慢だろう。

そして、やはりこの状況においては、怪我人がただの怪我人だということがあり得るはずもなく、見に行った怪我人には4の数字があった。

原因は机。机に腰かけて話していたところ、突然机の足が折れ、倒れたさいにその折れた足で太ももを切ったのだ。

わりと深い傷であったので止血をし保健室へと連れていかせた。

「怪我人の発生場所とか怪我の仕方には全然共通点がないな」

「ないな。呪いだとそこまでの強制はないのかもしれないな。術自体はすでに完成しているものなわけだし」

ここで問題になるのは動機だ。無差別に怪我をさせるならわざわざ呪いなどというまどろっこしいモノを使う必要はない。数字を表すことで相手に狙っていることを教えてしまっている上に、怪我の程度がまちまちだ。なにより、無差別傷害なら快楽をえるためのものである場合が大半だが、この方法で快楽がえられるとは思えない。何らかの意図があって然りとすべきである。

「意図、常識外的に考えて、この場合の意図ってなんだと思う?」

何気ない様子で黎也が金にたずねる。

「この状況だけ見るなら生贄(ささげもの)だと推測するがな。流血が血の紋をつけるものでないとするなら、これは撒き餌だ」

「なるほど。同意見だな。訂正の必要を感じない」

撒き餌、というよりは血の匂いを漂わすことに意味があるのだろう。それが何を意味するのかはまだわからないが、確かに意図はその辺りにありそうである。

「この学舎内で魔力の高い奴っていえば」

「お前、オレ以外ならあとは魔導学教師と陰秘学科の学生位しか思い浮かばないが?」

「あー、そうか、先生の可能性もあるんだ。俺が知る限りこの学舎で一番高い魔力を持ってる先生ってハクなんだよな」

ハク、ハクリ・ヴァイス。白の本物と称される世界最高峰の魔術師の一人である。

「他に高いのってーと、先生ん中じゃあと二人位いた気がするが。で、生徒でなら俺を除けば一番高い魔力の持ち主は明らかに黒坂だろ」

「黒坂って、夜月(よづき)か?あいつってこの学舎だったのか」

「知らなかったのかよ。一応、夕月(ゆうづき)先輩も大学部にいるぞ」

とりあえず、これで先の四人を含め十人までは予想がついた。

「とりあえず、夜月とハクを確認しにいくか」


黒坂夜月は黎也と同じく高等部一年である。

「ええ、確かにあるわね」

確認に来た金と黎也に夜月はためらいなく右手の甲を見せる。

「8か。やれやれ、先は長いな」

「あら。黒部は6なの?金は、13?なんだかお似合いの数字ね」

自分にとってもけっして他人事ではないはずだが、夜月はコロコロと笑う。一連の説明は二人がしたため事情を知らないと言うことはない。と、するならかなり豪胆なのだろう。

「これがおきてからの怪我人ねぇ。あ、確かちょっと前に教員待機室でなんかあったみたいよ?たしかクロミネ・・・だったかな?非常勤の魔導学の先生が怪我したとかなんとか。数字があるかは知らないけど」

当たり前のことだが、いくら二人の五感が人間離れしていたところで、やはり限度はあり、二人の知らないところでも話しは進んでいく。

「って、そいつが五人目だとしたら、次は俺じゃねえか」

そうなる。

「まぁ、怪我すんなよ」

「頑張ってね、黒部」

「清々しいまでに他人事だな!」

友達甲斐もあったものではない。

「ん?」

ともあれ教員待機室に向かうため廊下を歩く最中、金が何かに気付く。

「・・・・・・」

三点リーダー二つ分位の沈黙の後、

「よっと」

バシッ、と何かを蹴った。掛け声は軽くとも世界最強が放った蹴りである。対象物に当たった瞬間、四方に軽い衝撃を与えつつ対象物を吹っ飛ばした。

「ギエ」

妙な悲鳴を上げて壁に激突したそれは、なんとも名状し難い姿をしていた。強いて言うなら小型の猿。だが、一見してそうでないのは明らかであった。顔はまるで人間のようであり、長い尾を持ち、鋭い牙に爪、それに額から一本角がはえている。それを知識として金達は知っている。

小鬼(インプ)?」

この世界に強い繋がりを持つ別の世界、地獄に生息する生物である。

「みたいだな。しかし何で」

いっている間にインプの姿が消滅する。そもそもこの世界の生物でないため、生命が止まるともとの世界に返送されるのだ。

「金、黒部、考えてる暇、ないみたいよ」

言われるまでもなく金も黎也も気がついていた。

「ここは地獄の一丁目あたりか?」

「洒落になってねーんだよ、リアルで」

金の軽口に黎也は苦笑するしかない。

三人は廊下で挟まれていた。

石像魔(ガーゴイル)悪夢(ナイトメア)小悪魔(グレムリン)鬼火(ウィル・オ・ウィスプ)首無騎手(デュラハン)、おっと屍食鬼(グール)食人鬼(マンイーター)までいやがるな、何でか」

最後の二種類はこの世界の生物だ。

「あー、そっかそっか、久しぶりだから忘れてた。金に関わるとこんなことになるんだったわね」

夜月はポンと右の拳を縦にして左の手のひらに打ち付ける。

「そりゃそうだろうが、来るぜ!」

黎也のそれより一瞬早く、周囲の群が飛びかかる。

「第一の弓よ」

黎也が左手を拳の形にして前方へつきだし、それに右手を添える。

「炎となりて」

さらに弓を引き絞るように右手を引くと、左手から右手にかけて炎が一直線に伸びた。

「巻き起これ!」

その声と共に炎の矢が前方に打ち出され、直線上にいたインプとグール数匹をまとめて焼き尽くした。

「前々から思ってたけど、黒部のそれって、絶対一行詠唱の威力じゃないわよね」

人によっておおよその違いはあるものの、だいたい五秒以下で印が終了するものを一行印と言う。時間がかかるほどその者が使う魔術の威力は上がる。

ちなみに黎也の詠唱は長い方である。だいたいの魔術師は一行印は一秒程度の短いものを使うからだ。

「炎の化鳥よ!」

夜月の手のひらから鳥の形をした炎が生まれ先にいたウィル・オ・ウィスプをなぎはらう。

「せいや」

ガゴン、と言う表すなら鉄板の上に高いところから鉄球を落としたような音が響いた。黎也がちらりと見た先では、金がデュラハンの腹部を貫いていた。無論そこには強固なこの世ならぬ金属で編まれた鎧があったのだが、見事なまでに風穴が空いていた。

「っしょ」

その腕を引き抜き、さらに首に乗っていない頭部に回し蹴り。こちらもメキョっという、もはや愉快とすら言える音ともに冑に包まれた頭も完全に潰された。

「この中で明らかにてこずるやつを苦にしないっていうのは、良いのか悪いのか」

そういいつつ黎也は右手の親指と人差し指を伸ばし、いわゆるピストルの形をつくる。

「第二の銃よ、氷となりて、撃ち貫け!」

その人差し指先付近に現れた氷が高速で打ち出され、ガーゴイルとマンイーターを一匹づつ貫いた。

「氷の世界よ!」

夜月の周囲から冷気が発生し、ウィル・オ・ウィスプとナイトメアを凍らせる。

「邪魔だっと」

それを蹴り砕き、金はガーゴイルの頭を叩き壊した。

「第三の刃よ、風となりて、切り刻め!」

「土の穴蔵よ!」

「ほい」

「第四の槍よ、雷となりて、突き穿て!」

「風の行方よ!」

「たあ」

「第五の弩よ、礫となりて、押し潰せ!」

「おりゃぁ」

「って!やるきねえな、金!」

掛け声が気の抜けるものばかりである。

「いやいや、黎也こそこんなやつらに全詠唱してるじゃねえか」

黎也の後ろからインプが飛びかかる。

「第一の炎よ!」

振り向きざまに予備動作なく放たれた火球はインプに当たり曝散させた。

「やっぱり威力がおかしいわよ」

短略詠唱は一行以上の長い詠唱を端折り、必要最低限の部分だけで術式を作るものだ。時間を大幅に短縮できるが、そもそも必要な式を省いてしまうため結果もかなり劣悪なものになる。が、黎也の短略詠唱は形状がたしかに変わっているが威力に限れば大きな違いが見受けられない。

「これで、終わりだなっと」

最後のデュラハンを両断し(素手で縦に)金が一息つく。

「に、しても・・・」

夜月が周囲を見回す。

「やり過ぎたかな?」

金が苦笑する。周囲は魔獣達が暴れていたことに加え、黎也や夜月がわりと手加減なく魔術を放っていた影響で壮絶なまでにぼろぼろで、一部は吹き抜けと化していた。

「むう。さすがにこれは後で修繕費出しておくかな」

金が本気だかふざけているのだか微妙な反応を見せたとき、

「黎也っ!」

一瞬、遅かった。崩れかけていた天井が、崩れた。

「っらぁっ!」

金は足元の瓦礫を崩れてきた天井に向かい思いきり蹴りつけるが、威力はともかく強度が足りない。天井を砕きはしたが軌道をそらすことはおろか落ちてくる量を軽減することすらできなかった。

「黒部!」

夜月も悲鳴のような声をあげるが、黎也は無情にも落ちてきた天井に飲み込まれた

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