1-1 異常に異常な日常
初投稿になります。読み手の事を考えずに書いていた気がするので、かなり読み難いかと思いますが、よろしくお付き合い下さい。
学舎。人、主に成人未満の子供が社会に出るために必要な知識を得るための教育施設。この国、摩羯ではある一定の年齢になるまでは学舎に通う義務を課せられている。尚、年齢は六歳からで初等部五年、中等部四年、高等部三年の最低12年は学舎に行く事が義務となる。
さて、この学舎にも生徒達がいる。全舎生徒数10万を越える国内最大の国立学舎である。その中等部四年の第四組、金髪の少年が授業を受けていた。いや、受けているというのは正確ではないかも知れない。なぜなら彼は窓の方を向いてボーっとしているからだ。
「…くん」
彼にかけられる声、
「…のくん」
授業をしている教師からのものだ。
「もう!クガネ!」
「ん?」
やっと聞こえたのかそこでやっとその少年は教師の方を振り向いた。
「あ、わりぃハク、呼んでたか?」
「コホン、ツチノくん、ここは学舎ですよ。ちゃんと先生をつけて呼びなさい」
「ハクちゃん先生?」
ガクンと膝から崩れ落ちるハクと呼ばれた教師。ついでに教室の中から軽い失笑が起こる。完全に遊ばれていた。ツチノ、それにクガネ、その両の名で呼ばれた少年は土野金と言う名を持つ。先述したとおりの金髪であり、ひどく白い肌をしている事からもそれが染色ではなく地であることが分かる。顔立ちは中性的、しかもどちらかといえば女性寄りに中性的である。根元で適当に縛ってある腰まで届く長い髪も手伝ってパッと見ただけで彼が少年であることに気付く者は少ないだろう。
今彼が受けている授業は、この国ではまだ珍しい魔導学の時間であり、その担当である女性教師、ハクリ・ヴァイスは金とは生徒、教師という関係の他に友人同士という関係もある。さらにいうなら超然的な不登校児である金にとっては生徒教師の関係よりも友人関係の方が自然であり、つまり、そのノリでからかっているのだ。
「ふっふっふー」
ハクリが怒気に溢れた爽やかな笑みを浮かべる。
「どうしたハク?ん、ん、ハクリ先生?慣れねえなこの呼び名。出産でもするのか?黎也とは清い付き合いが続いてるもんだと思ってたが」
「ちがーう!」
ガーッと唸るハクリ。
「ツチノくん!この世界における生物の定義は!?」
ズビシッ、と音すら鳴りそうな勢いでハクリが金を指差す。
「ん?ああ、出題か。ハイハイ、陽性生物、陰性生物、無性生物の三種類。動物が陽性、陰性で植物が無性。んで動物の中で胎生哺乳類、卵生哺乳類、鳥類、爬虫類、両生類、魚類が陽性。逆に陰性なのが妖知類、妖獣類、妖魔類だな。一応妖怪も陰性だけど、こいつは先三つのいずれかに属するから省いていいだろ。ちなみに陰性の種類が少ないのは単純に分けにくいからだ。今は外見と知能差で見てるからな。むしろ種族による種類分けの方がいいくらいだ」
眈々と、当たり前であるように金が言う。
「はい、なら陽性、陰性の違いは!?」
ハクリはやや興奮気味、デフォルトでエクスクラメーションマークがついている。
「まぁ色々あるけどな。主なものっつったら魔力と妖力だろ」
やはり投げ遣りに金は答える。金は目が閉じているか開いているかわからないほどにまぶたが降りているため本当にやる気がないようにしか見えない。
「陽性の生物には魔力、陰性の生物には妖力がある。基本的には陰陽の属性が別れるだけでその本質は変わらない。ただし、科学的にもしくは生物学的に、これらがどんな形で生命に関与しているかは不明だったりする。だが、事実としてこの魔力妖力が切れると生命活動に異常を起こし、場合によっては死ぬことすらあることから、本来はどんなものに使われているかはわからなくとも必要であることは確かだ」
金は一息でそこまで喋りきり、そこで一旦言葉を止めて唇を舌で濡らす。
「で、この魔力と妖力には行使法がある。まず魔力からだが、つまり魔術と超能力。番外として魔法。魔術も超能力も基本的に魔力を使うことにかわりはないが、違うことがいくつかある。まず、魔術は後天的に得るモノで超能力は先天的に持っているモノだ。さらに魔術は魔術式と発動印を使うことで多種多様な、例えば火を出したり氷を出したりあるいは擬似的な物を作り出したり、ことができるが、超能力は先天的な物であるがゆえにそう言った式や印を使わない。かわりに唯一つの行為、火を出すなら火を出すことだけ、しか出来ない。さらに超能力は女性にしか使えない、つーか、女性以外に超能力を使える者は確認されていない。ちなみに一般には超能力という呼び名で定着しているが本来の呼び方は先天性魔導行使法症候群」
症候群、すなわち病気という扱いである。ただしそれでは感じが悪いので一般的な超能力という呼び方をされる。
「次いで妖力の方だが、こっちは異能力。形としては実は超能力とかわらない。一人の妖は一つの異能力しか持たないしな。ただし超能力とちがい異能力は妖なら男女関係なく持ってるし全員が使える。その使える能力は基本的に種族によって決まってる。代表的な大妖三族で言うなら陰影族は影に関する能力を持っている。ま、こんなもんか」
教科書に書いてあることをそのまま口語にしたような金の発言はつまり正解ではあるのだが教師、ハクリは面白くないらしい。
「授業聞いてないのに成績いいっていうのは絶対反則だと思うなー、先生は」
「あはは、それ、いうだけ無駄だよハクリ先生。だって金君だもん」
自信たっぷりに意味のわからないことを言う声がした。声の発生源をたどると一人の少女に突き当たる。美少女と言ってなんら差し支えない容姿を持つその少女は名を水島銃と言う。血縁的には金の従妹にあたる存在だ。
金は軽く銃の方へ顔を傾け、すぐ正面へ戻しため息を吐く。普段不登校児な金が学舎に来たのは単に銃のせいだ。
金は今従兄弟である水島の家に居候している。それはおおよそ二年前からだが、居候のさいに人生最大の恩人であり金が世界で唯一敬愛する人物である水島家の長女、水島錠に、
「働かざる者食うべからず、ですよ、くーちゃん。そんなわけで手伝ってくださいね」
と水島家の家業を手伝うことになった。金が人の言うことを文句なしに聞くのは、この世界でも精々五人くらいであろう。
この家業と言うのが雑業屋というものでいわゆる裏稼業なのだが分かりやすくいえば何でも屋である。が、裏稼業と言うことで来る仕事がなかなか並大抵ではない。普通の何でも屋のような仕事も無いではないが、基本的には要人護衛だの犯罪事件解決だのいう、表沙汰に出来ない公的なもの。水島雑業店といえばその道でかなり名が通っているため様々な場所から依頼が来るのだ。
そして金は最近とある事件解決のため海外に出張していた(依頼主はその国の首相、金と友人の間柄である)。そのため金と会えなかった事を不服とし、頼みを一つ聞くようにと強制したのだ。特に断る理由がなかった金がそれを承諾したところ、そこから間髪入れずに学舎に共に行くようにとの要求が返ってきた、ゆえに金がここにいる原因は銃にあるのであった。
「今さらで片付けていい問題じゃないのよ、ウチガネちゃん。だいたい天才なんてこの世にいちゃいけないのよ」
無茶苦茶な事を言い出すハクリ。
「天才なんてね、高慢チキで横柄で態度デカイに決まってるんだから。その上自分は何にもしなくても何でもできるから周りを見下してるのよ」
偏見きわまりなかった。
「つか、全部同じ意味だよな。語彙が豊富なのは結構だが言ってることが子供っぽいぞ、ハク」
あとオレは天才じゃない。皮肉っぽく金は付け足す。
「だーかーらー、学舎では先生をつけなさいってば」
自分の方がよほど生徒と先生という間柄をとっぱらっているくせに今さらな言い種ではあった。
「はいはい、魔導行使術学教師にして魔導学博士号を持つ世界に四人の本物の魔術師の一人、白の本物、のわりに先週の魔術行使実験において研究室をそれのある建物ごと意味消滅させそうになり危ういところでオレと黎也におさえこんでもらったハクリ・ホワイト・ヴァイス先生?」
容赦なかった。
「ウワアァァァァァァァァァァン」
泣き声らしきモノを上げて教室を飛び出すハクリ、と同時に授業終了を告げるチャイムがなり、金が肩をすくめたのを合図としてこの時間の授業は終了となった。
その約二時間後、昼休み。本来なら昼食をとるべきであるその時間、なぜか金は体育館の裏手にいた。そういった人通りの少ない場所は学舎には実のところ多く存在するが、そのような場所で行われることは数えるほどもないだろう。そして、金がその数えられる内のどれにあたるかと言えば、見る限りにおいてはひとつに限定できるようであった。
金は複数の体格が良くガラが悪い男子生徒に囲まれていた。数にして十人。指で数えられる以上の数字を知らないのだろうと言われれば首を横に振るのに時間をかけてしまうような連中だった。
「土野金だな」
一際体格の良い男子生徒が威圧的に金に向かう。
「自分たちで呼び出しておいて確認するなよ。違ったらどうするんだ」
金は動じない。むしろ退屈そうですらある。さっさと戻って昼食をとりたい、そういった態度であった。
「てめえ、全然来ねえくせに調子乗ってるらしいじゃねえか」
「?」
金の言いに苛立ったのか更に語気を強くしてその男子生徒が言う。しかし、主語やら目的語やらが抜けているので会話ができない。調子に乗るとはそもそもどの行為を指しているのか?金は目立つ行為としてはハクリをいじめて遊んだくらいのつもりであったのだが。
「わかんねえか?てめえ、水島につきまとってるらしいじゃねえか!」
「??」
尚更わからなくなった。この学舎は初等部〜大学部までのすべてがあり、金に関係した水島姓は全員で三人いるが、その誰にも金はつきまとった覚えがない。そういった見方をするのなら常に金の近くにいるのは銃であろうが、彼女にはつきまとわれてはいてもつきまとったことはない。
「ん?ああ」
そこで金は納得した。視点が違うのだろう。というか視線が曇っているのだろう。そういった勘違いというか思い込みが起こる理由を金はいくつか思い付いたが、この場では更に一つに絞ることが出来た。
「ふーん、お前、銃が好きなんだ?」
途端、その男子生徒の顔が朱に染まる。
「ぅるせえ!水島に近づくんじゃねえ!」
「いや、そうは言っても従姉妹なんだが。しかも今、オレは水島家に居候してるし」
金のその言葉は全く聞いてもらえず、その男子生徒が後ろに引き他九人が前に出た。
「フム」
金が軽く首を傾げた時、一人が思い切り金の顔面に拳を突きだした。
おそらく彼の会心であったであろうその一撃はしかし金に当たることはなかった。首を傾げてその一撃をあっさりかわした金は勢い余って突っ込んできたその首に第二関節までまげた人差し指と中指を突き入れる。一言も声をはっさずにその男子生徒は地面にうっぷした。
残り九人がざわめく。金にとっては十分に余裕をもって行動した、十二分に手加減をした攻撃というか防御だったのだが、それが相手方にとっては騒ぐにたることだったらしい。九人の内八人が金を囲む。
左右から同時に拳が来る。九人目、先ほど金の前でなにやらわめいていた男が合図を出していたので大したことではない。金はその拳をギリギリまで引き付け軽く体をずらしてかわす。殴りかかった二人は拳を引き留められずお互いの顔面を殴り合う事になった。手加減をしていなかったのであろう、鼻が砕ける音が双方で聞こえた。顔面を抑えてしゃがみこむ二人を見ることすらせず、目の前から殴りかかってきた相手の水月に踵をめり込ませる。そして即座に半身を反らすと後ろから何やら鉄パイプのようなものを降り下ろした男子が驚愕する。しかし、降り下ろしたパイプは止められず先ほど金が蹴った男子にクリーンヒットし、鐘のような音を奏でた。その鉄パイプを持った男子の左首に第二関節まで曲げた親指を軽く突きを入れておとし、その向こうから殴りかかってきた男子の顎にかすめるように拳をあてる。脳を揺らされ崩れ落ちるその男子にも眼は残さず、後ろから蹴りを放った男子の足を受け止めそのまま上に持ち上げた。
その男子はバランスを崩し後ろの壁で後頭部を強かに打ち付け昏倒した。レンガで打ちかかってきた男子のそのレンガを蹴りで粉砕し、その足を降り下ろすとその爪先が顎先を掠め男子に脳震盪を起こさせた。
「オレじゃなければシャレにならないぞこれ」
気絶したり倒れてうめいている九人を後目に最後の一人に金は視線をむける。
「言っておくけど、銃とオレは単なる従兄妹だ。あと居候。銃が気になってるなら本人に言うんだな。オレにあたってもしょうがないだろ」
そう言って金は踵を返す。直後に起こった雄叫びと、ブンッという棒の様な物を降り下ろした時に起きる風切り音は、後ろも見ずに跳ね上げられた金の右足に遮られることになった。
「あり?どこ行ってたの、金くん?早くお弁当食べようよ」
教室に戻った金は銃のその言葉の前半に特に興味無さそうに、
「害虫駆除」
とだけ答えた。
さらに昼休みが終わり五限目。金はまたしても妙な事態におちいっていた。
「土野金くん、俺は六笛菅泰、剣道部主将だ。我が恋路のため、ぜひ俺と試合をしてほしい」
「あー、まぁいいや」
五限目は体育で種目は武道だった。そこでのやり取り。ことの起こりは菅泰の銃への告白。それに対し銃は、
「何でもいいから金くんに勝てば付き合ってあげる」
と答えたらしい。
「甚だ迷惑だ」
とは言うが一応名目は体育の授業である。授業に参加している以上断る訳にもいかなかった。
「金さん、よろしければ防具はこちらをどうぞ。私の物ですが」
小柄なため身体に合う防具を探していた金に一人の女子が防具を差し出す。ちなみに女子は教師不在のため自習。金も菅泰もそれなりに人気があるためかなりの人数が見学に来ていた(銃含む)。
「ん、ありがと。えっと」
「私は剣道部女子主将の関ヶ原井草と申します。同じく副主将の仙石蜜義と共にこの度審判をさせていただきます」
などという会話をしつつ枠内へ入る。
「おい、四季姫まできてるぜ」
「ほんとだ、水島さんもいるし、すごい状況だな」
四季姫とは金の所属する中等部四年四組に同じく所属する野茨春姫、灰掃姫夏、人魚秋姫、冬白雪姫をまとめて呼んだものである。タイプが違うがそれぞれが美少女であり、四人で一緒にいることが多い。
性格としては、野茨春姫はのんびり屋で何かと居眠りをしているシーンが多く見られ『眠り姫』の個人的なあだ名で呼ばれている。
灰掃姫夏は勤勉で世話好き、ただし親が大会社の社長であり『シンデレラ』のあだ名をつけられている。
人魚秋姫はスポーツ万能でボーイッシュな少女であり、水泳部に所属している、しかし、その性格に似合わず歌がうまいという特技があり皆からは『人魚姫』と呼ばれる。
そして冬白雪姫は立ち振舞いが静かであり、四季姫の間でさえあまり口を開くことがなくクールに振る舞う、さらにその色白の肌とあわせて『スノーホワイト』と揶揄されている。
四人とも学舎では年齢をとわず異性に人気が高い。
そんな雑談を横に試合開始。
竹刀を大上段に構える菅泰に対し金は下段に近い構えをとる。しかし、正確には金は構えていないのだ。
「始め!」
井草の掛け声と共に菅泰が鋭く踏み込み、同時に竹刀をふりおろす。
「オオオオオ!メェーン!」
気合いと共に来るその竹刀を金は受けずに避ける。
しかし金はそこで微かに驚く。降り下ろされた竹刀が直角に近い角度で曲がり、金の胴を狙ってきたのだ。
「ドオォォ!」
その竹刀を金は柄で受ける。一瞬の鍔迫り合い。後ろに跳び退いた菅泰を金は追わず再び竹刀を下ろす。
その一瞬の攻防に道場がどよめく。
そんな雑音を意に介さず、菅泰は気合いと共にまたしても打ち込んでくる。狙いは逆胴。上級者でなければ狙うことはあっても入ることはないその有効打突点に菅泰は正確にかつ鋭く斬り込んだ。
「ドオォォ!」
金は今度はそれを柄で、それも先端の真剣なら石突きと呼ばれる部分で受けた。
「っ!」
一瞬、菅泰が息を呑む。それと同時に金が竹刀を振り切った。
「胴っ!」
柄先端で受けた状態からほぼ竹刀が一回転して打ち込まれたその一撃。菅泰の竹刀は二人の間を通過し、金の竹刀は菅泰の右胴に高らかな音を響かせて打ち込まれた。が、同時に菅泰の足が地面から浮き二メートルほど弾き飛ばされた。
「あ。」
金の技は剣道ではなく実は剣術である。そして剣術は剣道の「有効打突を得る」という目的ではなく「相手を戦闘不能にする」という目的のために作られている。よって必然的に型にはまればどのようであれ必殺となるのである。
「大丈夫か?」
面を外し駆け寄る金だが、その前に菅泰は立ち上がった。
「うむ、問題ない。続きを」
「・・・タフだな」
場外まで吹っ飛んだので菅泰に反則一が付き、試合再開。
菅泰も今ので完全にスイッチが入ったらしく、動きが格段に上がる。
パン、パン、パシン
竹刀のぶつかり合う音と気合いの掛け声が道場に響く。
「ッティ!」
小手を狙った菅泰の竹刀を金は半歩下がって抜く。
「ッツキィ!」
そこに首を狙っての菅泰の突き。実は菅泰は剣道四段の持ち主である。この年齢で四段はよほどの才覚がない限りあり得ない。その突きを、金は有ろう事か首を捻るだけの最小限の動きでかわし、
「胴っ!」
一瞬で菅泰の脇をすり抜けた。
「一本!」
金側に旗が上がる。またも歓声。
「姫夏は六笛君が好きなんだっけ?」
「え?えっと。う、うん。え、えっと、そういう秋姫ちゃんはどうなの?真っ先にこの試合見に行こうって言ったよね?」
「わ、わたしはそういうのじゃないって、ほら、こういうチャンバラ的なのわたし好きだから」
「え〜、秋姫ちゃんはー、土野くんが好きなんでしょー?見てればわかるよー?」
「っ!は、春姫!み、みてればっていつ見てるのよ!」
「んー、授業中とかー、この試合だってー、土野くんが打ち込まれるたびにびくびくしてるしー」
「・・・そう言う姫夏は?」
「わたしー?わたしはー、六笛くんかなー。かっこいーよねー」
ミーハーである。
「そう言うー、雪姫ちゃんはー?」
「・・・別に」
「あー、ごまかしはだめだよー、みんな言ってるんだからー」
実は自ら言ったのは姫夏だけで、春姫も秋姫も指摘されたのに答えただけだ。
「・・・そう。・・・なら、強いて言うなら土野君、かしら。・・・飽くまで興味程度、だけど」
対応がクールすぎである。などと言う四季姫の会話をよそに、二人の試合は白熱する。
面を打つ、それを抜く、返して小手、柄で受け、弾いて胴、竹刀で受け、鍔迫り合い、腕を弾き上げ、胴をねらう、前に出した右足を引き戻しかわす、そのまま踏み込み面へ。
技の応酬。一連の動作がお互い最小限で無駄がない。
金が後ろに跳んで距離をとり、竹刀を地面と平行に突きだして相手の行動を御する。
「やるじゃねえか。普通にすごいぜ」
そういいながら金が防具を外す。
「?何をしている?」
菅泰や観客が怪訝な顔をする。
「なに、あんたに敬意を表してオレも少し真面目にやろうかとね。ここまで凄腕だってのは予想外だったからな」
すべての防具を外し終え、それを場外へ押し出す。
「さて、やろうか」
先程のややとは言え構えていた体勢とは違い、今度こそ一切の構えを金は取らない。そして、
トン
などという音がしたのと同時に、全員が金を見失った。相対していた菅泰も観ていた観客も、全員が見失ったのだ。いや、厳密には金以外にあと一人を除く全員である。
「菅泰君、下、下」
銃の声に菅泰の頭より速く身体が反応する。竹刀を胴の位置まで引き下げ後方へ飛ぶ。その位置を瞬間、何かが通った。
「真月流剣術、双竜・蜃」
一本の竹刀での左右からの同時斬撃。
鋒をわずかにかすられた、ただそれだけの菅泰の身体が激しい衝撃に襲われる。
「ぐ、ぁ」
それでもとどまれたのは菅泰の驚異的な才能故であろう。そうでなくともかわすことができた時点で一般人としては飛び抜けているのである。金に相対しているという意味においては。
「やるな。やっぱり天才だよお前は」
だが、反射くらいで、才能くらいで、驚異的というくらいで、金と対等でいられるなら、それほど世界にとって楽なことはなかっただろう。
金は反射すら、意識下で行う。それはすでに天才であるだとか、才能が高いだとか、そういった言葉ではくくれない。
「ま、楽しかった、かもな」
そう言う金の姿は菅泰の後ろにある。
「真月流剣術、白竜・嵐」
金の持った竹刀と菅泰の着けた胴が粉々に砕けたのはその瞬間であった。
金は秀才でも、天才でも、鬼才でもない。
「また、次があったらやろうぜ」
意識のトんだ菅泰に金は嬉しそうに言う。
この瞬間。武闘派でも最も才覚に恵まれた菅泰を容易く打ち破ったこの瞬間、金のヒエラルキーは学舎内でもトップクラスに昇ったのだった(本人自覚なし)。




