最後の手紙 その2
──アネちゃん! オレはこの紅焔のように赫い鋭角な三角屋根の木造家屋に移り住んでわかったことがあったんだ!
2階には屋根裏につながる木製の階段が立てかけてあって、6畳ほどの屋根裏部屋があるんだ。三角屋根の頂点には大きな天窓があり、その真下には本格的な白い反射式の天体望遠鏡が備えられていた。この本格的な白い天体望遠鏡をはじめて見たときオレは、亡き母の言葉を思い出したよ!
──オジイサンは、いつも祈るように遠くを見つめていました。たえずやさしそうな表情で夜空を眺めていました。
おそらくオジイサンは、白い天体望遠鏡で夜空を眺めながら、生かされなかったもうひとりの孫に話しかけていたのではないだろうか? オレの記憶に残るオジイサンのやさしく慈しみに満ちた表情から、きっと哀惜と慈愛に満ちた言葉を語りかけていたに違いないだろう。
そうしていまオレは、晴れた日には、この白い望遠鏡でオジイサンと同じように、紺碧色の夜空に煌めく赤い一等星を見つづけている。赤い一等星を見つめていると不思議と双子のアネの顔が浮かんできて、生まれてきた時のように一心同体に戻ったように感じられるのだ。大量の食糧を備蓄し隠遁生活をはじめたのは、ひとつの願いを叶えるためであり、もうひとつの目的を実現するためでもあった。
最後に貴方に伝えておきたい。貴方の兄やナミのように人間社会と決別した人たちのために、いつの日にかオレは、この堅牢な木造家屋を一隻の船に造りかえて阿呆船にするつもりだ。 ──もちろん祖父が懇意にしていた腕利きの大工の跡取り息子に依頼をして── 貴方の兄やナミたち人間社会と決別したオレたちだけのための阿呆船を……
──オレはオジイサンの蔵書のなかから、15世紀のドイツの作家ゼバスティアン・ブラントによって書かれた『阿呆船』尾崎盛景訳を見つけていた──
明け方、目覚めたシーを抱きあげ、まだ紺碧色に広がる夜空を見あげると、いくつもの尊い星たちの煌めきがあった。シーが小さなピンク色の舌で、オレの頬を舐めるのが合図だ。
阿呆船は出航する! オレは甲板に屹立しつぶらなひとみのシーをしっかりと抱きながら、アネモネのような笑顔のナミとともに前を見すえる。阿呆国ナラゴニアというよりも双子のアネがいる赤い一等星を目指して……




