第六章 元宮廷錬金術師、オズと真相
暖かいモノが私の額に触れ、私は自然と瞼を持ち上げた。
まず視界に入ったのはオズの心配そうな顔。そして、最近は少しだけ見慣れた天井である。それが屋敷の部屋の天井だと、私はすぐに気が付いた。
そうだ、オズがせっかく温室で食事をしようと誘ってくれたのに、私が駄目にしてしまったのだった。
また、気絶してしまったのだろう。もしかすると、嘔吐までしてしまったのだろうか。
「すみません・・・・・・」
泣きそうになりながら、なんとか涙を堪える。泣いたら余計に迷惑になってしまう。
グリンダだって、間違ったことを言っているわけではないのに、勝手に責められた気になってしまったのだとバレてしまう。
年下の女の子相手に、本当に情けない。
「・・・・・・謝らないで」
オズはやはり心配そうな、それでいて悲しそうな顔をしていた。
「全部僕のせいなんですから」
その顔は本当に落ち込んでいるように見える。私のせいで彼にもいらない気苦労をかけてしまった。
「もっと、グリンダに言って聞かせるべきでした。いえ、トレニアさんが動けるようになった時に、屋敷にはもう来ないように言っておくべきだったんです。僕がそれを怠ったばかりに、起こったことです」
彼は心の底からそう信じている表情をしている。
「グリンダもあれで錬金術師の端くれです。あなたの精神的負荷になるはずだって、分かっておくべきでした」
オズが私を庇って自分を責めている。それは本当に申し訳なくて、悲しいことだ。
「いえ、全て私のせいです・・・・・・私、やっぱりオズさんのお役に立てそうにありません。もう少ししたら、ここを出て・・・・・・」
「トレニアさんのせいじゃないし、出て行かないでください!」
オズの声が大きく響き、私は自分の身体が引きつけのように震えるのを感じた。
「あ、ご、ごめんなさい!」
オズがその様子を見て慌てて私に謝罪してきた。
「でも、本当にトレニアさんのせいじゃないんですから、謝らないでください」
「いえ、そもそも私がこんなに弱くて、役に立たないから、こんなにも皆さんにご迷惑を・・・・・・」
「違います!」
再び、オズの声が大きく響く。
吃驚して彼を見ると、オズはもう泣いてしまいそうになっていた。
「本当に違うんです」
オズの手が伸ばされ、私の手に重ねられた。思わず、肩が跳ねたが、拒絶することはできなかった。オズの手が冷たい私の手を温めていく。
「・・・・・・トレニアさんは、病院でのこと、どれくらい覚えてますか?」
オズの瞳が真剣さをまして、私の瞳を射抜く。
その眼差しの強さに思わず身動ぎしてしまった。
だが、横たわった上に手を握られているので、大きくは動くことはできない。
病院。
病院。
そうだ、私は、たしか王都の病院に入院していたはずだ。
宮廷で倒れて、数日意識がなかった私は、病院に放り込まれたに間違いない。
だが、その記憶はさっぱりだ。意識はなかったし、意識が覚醒した後も頭がハッキリとしなかった。
しかし、それでも、覚えていることがある。
「何人か・・・・・・病室にやってこられて・・・・・・逃げるように言われて・・・・・・隠れて・・・・・・私ともう一人・・・・・・オズさん?以外は皆散り散りになって・・・・・・そして、馬車に乗りました、よね?」
そのはずだ。本当に記憶が曖昧だが、確かにそういうことがあった。確か、門番にも起こされなかっただろうか? いや、それは流石に夢だったかもしれない。
あの時は頭は回らないし、何も言えなかったので、結局彼らの言うがままに従った。いや、従ったわけではない。正直な話、オズさんらしき人に背負われて、そのまま馬車に乗ったというか、私自体は宮廷錬金術師を首になった後、そのまま失神し続けていただけだ。
「僕たちはあなたに──あなたの錬金術で命を救われた人間たちなんです」
オズの言葉に首を傾ける。
錬金術で命を救われる。
それは、当たり前のことだ。
錬金術師は誰かの命を救わなくてはいけない。
救えない錬金術師は駄目だ。使えない。今の私のように。
だというのに、なぜわざわざそう言ってくれるのだろう。
当たり前のことを当たり前にした、その結果だといのに。
「・・・・・・僕は元騎士団の団員でした」
オズはそんな私に苦笑しながら、言葉を続けた。
騎士団。
王立の騎士団のことだろうか。
だとすれば、オズはずいぶんと優秀だったのだろう。でなければ、入団を許されたりはしないはずだ。彼は顔に似合わず鍛えられた肉体をしているし、掌も厚いとは思っていたが、それもそのはずである。まさに身体が資本の職業をしていたのだから。
「こんな田舎から、騎士になることを夢見て僕は、王都に出ました。そして、そこで魔獣の討伐に出る前に、騎士団特有の先輩たちからの暴力で死んでしまいそうになっていました。一度や二度じゃない。何度も、何度もです。僕や他の仲間が並べられ、失神するスピードを競うレースをさせられることもあった。本当に酷いものでした。
いつしか僕は、あんなにも憧れていた騎士はこんなモノだったのかと、酷く失望してしまった。そこで、すぐに騎士の夢を諦めて田舎に戻ればよかったのでしょうが、大見得を切って出てきた僕には、なかなかその決心がつかなかったのです。
平民出の上に従騎士の僕や仲間たちは、毎晩、本当に苛烈な暴行を受けていました。それこそ、魔獣ではなく先輩に殺されるんじゃないかといつも思っていた。討伐の度に、いっそこのまま魔獣に殺された方がマシなんじゃないかと・・・・・・」
「暴力・・・・・・」
オズの言葉を反復する。
騎士団は騎士道や道徳に優れている人間たちの集まりかと思っていた。
しかし、そうか、宮廷錬金術師も騎士団も平民出の人間への嫌悪感は変わらないらしい。
そうか、そうなのか、そういうものなのか。
私が至らないから、ではなく、どこでもそうだったのか。
「実際、宮廷錬金術師が毎日のように大量の薬を王宮に納めてくれていなければ・・・・・・それも、あんなに高価で上等な薬が末端の人間でも使えるほど、潤沢に納められていなければ、僕らは薬を使うこともできずに、もうとっくの昔に死んでしまっていたでしょう。そして、適当な魔獣の討伐で死んだことにされていたはずです」
「・・・・・・」
どれほど崇高なモノを掲げている集団も、中身はそんなに変わらないようだ。
連鎖するように宮廷錬金術師たちの顔を思い浮かべようとして、失敗する。どういう顔をしていたのか分からない。あんなに私を怒鳴りつけていた筆頭の顔すら朧気だ。自分の脳のせいだろうか、それとも無意識に思い出さないようにしているのだろうか。
「僕たちは従騎士も騎士も、いつも宮廷錬金術師に感謝をしていました。それこそ、平民の出の人間も、貴族の出の人間もです。いくら、宮廷錬金術師たちが傲慢な態度でいようとも、あれ程までに才能があるのだから仕方がないと、尊敬してさえいた。
しかし、ある日、あんなにすばらしい薬を作っているのは彼らなんかじゃなく、たった一人の平民の出の錬金術師なのだと知りました」
私の手を握るオズの手に力が入る。少し、痛みすら感じるほどだ。
「もちろん、あなたのことですよ、トレニアさん」
「最初は、あれほどまでにすばらしい薬をたった一人が、あんなにも大量に作ることができるなんて信じられなかった。けれど、他の宮廷錬金術師は全く仕事をしないのに、あなたばかりが錬金術室に閉じこもって、夜も朝もずっと作業し続けるのを見て、本当だと知りました」
震えながらも真剣に告げるその声が、冗談ではない、と告げている。
「一人であんなにも働かせて、そのうえ、扱いが酷いことも・・・・・・僕たちは何度か国王陛下に直訴しようとしましたが、貴族出身の宮廷錬金術師たちに悉く阻まれました。
しかし、宮廷錬金術師筆頭が王室献上品の不始末の責任までも、あなたに背負わせたと聞きました。責任が「宮廷錬金術師を首になる」だけで終わるはずがありません。あなたはあまりにも有能すぎる。きっと、罪を理由に、これまで以上にあなたを働かせるつもりに違いないと僕たちは思いました。
このままではあなたの命が危ないと考え、無理矢理に攫ってしまった。というのが、今回の顛末です」
オズが床に膝をつき、握った私の手を自分の額にあてた。それはまるで懺悔するような姿勢だった。声の震えは大きくなり、小さくなり、そしてついには声の震えは全く感じなくなる。
「あなたの意見も聞かず、同意も得ず、ただ僕たちがしたいから、そうしました。あなたはこんなところに無理矢理に連れてこられた被害者なのですから、どうか謝らないでください。悪いのは僕たちの方なんですから」
オズの額に私の手があてられ、俯いているせいで、その表情が見えない。もしかすると、彼が泣いているんじゃないかと心配になってきた。手を引き抜いてその表情を確認したいと思ったが、私の手を握る彼の手にはずいぶんと力が入っている。
「本当に申し訳ありませんでした」
最後に謝罪を口にしたオズは、何も言わなくなってしまった。顔も上げられることはない。
最近は年上にさえ見え始めていたオズが、また年下の小さな少年に見えてくる。母親に怒られるのに怯えている、小さな小さな少年。
「・・・・・・オズさん」
「・・・・・・はい」
少しだけ、迷って、声をかける。オズからの返答も少しだけ間が開いた。
「あなたのお友達たちは、無事なんですか? 私のせいで、不味いことになったり、追いつめられたり、立場が悪くなったり・・・・・・」
あの夜、一緒に病院にいた人たち。私を王都から村に運ぶのに協力してくれた人たち。
そんな彼らは今、どうしているのだろう。
「・・・・・・酷いことにあってはしませんか?」
「大丈夫です。皆大丈夫です。無事ですよ、トレニアさん。あなたが作ってくれた薬のおかげで、皆今だって無事なんです」
オズは顔を上げることはなかった。しかし、声の震えが戻ってきて、それは段々と大きくなっていった。
泣いているのだろうか?
そう思ったが、なんと声をかけて慰めればいいのかわからず、私は押し黙った。
やはり、私は役に立たない人間だ。・・・・・・いや、確かに私は役に立たない人間かもしれないけれど、それでも、彼の、彼らの命は救うことができていた。できていたのだ。
瞼が重くなっていく。オズに見る部屋に光が射し込む。
──もうじき、朝が来るらしい。




