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第四章 元宮廷錬金術師、介護される





「私は人から作っていただいたモノを駄目にする天才です」

「いや、そんなに落ち込まないでくださいよ。トレニアさんが悪いわけではないんですから・・・・・・」


 吐いた後、大丈夫だと言ったのだが、オズは急いで村の医者を叩き起こして連れてきてくれた。こんな真夜中だというのに本当に申し訳がない。そして、その医者からは「今までどういう環境にいたんだべか!? 監禁でもされていたっていうなら、自警団呼ぶけど、犯人はオズで間違いないべ? 他に何か気になるところは? オズに何か酷いことはされてないべか!?」「先生? 先生ちょっと? 何、人を罪人みたいに・・・・・・」という怒濤の展開と質問責めにあってしまった。それもこれもやはり私がしっかりしていないせいである。まさか、栄養ドリンクばかり飲んで、固形物が食べられなくなっていたとは。


「はい、まずは具を取り除いたスープからです」

 そういって再び渡されたスープは、何とか半分ほど飲むことができた。

「まずは量を増やしていかなくては」

 医者がそう言って渋い顔を作る。本当に申し訳ない。

「とりあえず、あ──」

 とにかく、医者にお礼を言おうと思ったところで、再び私の視界が暗転した。あぁ、また失神したのだな、と脳が理解する。久々に温かな食事をして、気が緩んでしまったのだろうか。それとも、久々に沢山人と話したから、少ない体力を使い果たしてしまったのだろうか。

 とにかく、また意識を取り戻せたら、謝らなくては。

 でも、一体、どれから謝ればいいのだろう。私には謝らなければいけないことが多すぎる。



「そんなことできるわけ無いじゃないですか。あなたじゃないんですから」

「馬鹿にしているんですか!」

「自分にちょっと錬金術の才能があるからって、人を見下して」

「『同じ平民出身なのに』なんて、お前なんかと比べられて迷惑なんだよ」



 小鳥の声。

 頭が割れるように痛む。今何時だろうか。錬金術を始めなくては。一つでも多く作って隠そう。月末に発注数が急に増えても、なんとか融通できるように・・・・・・いや、もう宮廷錬金術師は首になったのだ。首になったのだから、しなくていい。しなくていいのだ。

 いつの間にか暴れていた心臓に言い聞かせる。

 私の要領が悪いばかりに平民出身の宮廷錬金術師には嫌われ、私の才能がないばかりに貴族出身の宮廷錬金術師には嫌われた。

 思えば、首になる前にさっさと辞めた方が、皆のためだったのだろう。それなのに、馬鹿の一つ覚えのように、努力すれば何とかなるなんて思ってしまった。努力すればみんなに認められて、努力すればみんなと仲良くできて、なんて信じた。無駄な努力をずいぶんと長い間していたように思う。

 自分の使えなさのせいで首になったというのに、心は酷く穏やかだった。


 ただただ、ベットからぼんやりと天井を見上げる。意味もなく、その木目を視線で辿っていく。


「トレニアさん、起きていますか?」

 扉の向こうから少年、オズの声が聞こえた。急だったせいか、その声に心臓がひっくり返る。全力で走った後のようだ。両手で心臓を抑えるが、その脈動はなかなか収まらない。


「は、はい・・・・・・」

 それでも何とか声を絞り出す。その声は掠れて、情けないほどに小さい。

「開けますね」

 しかし、オズはその小さな声を拾ってくれたらしい。また、一言声がかかってから、扉が開けられる。


 そこにいたのはやはり、オズだ。

「大丈夫ですか?」

 開いた扉の向こうから、彼の心配そうな顔が覗いている。

 どうやら、また心配をかけてしまったようだ。オズには迷惑ばかりかけている気がする。

「ぁ・・・・・・」

 大丈夫と言おうとしたが、言葉が出ない。苦しいわけではないのに、喉が締まっているかのようだ。

 返事の代わりに、首を動かして何度か頷く。

「本当に無理しないでくださいね」

 オズは私がちゃんと返事をしないことを怒ってはいないようだ。もしこれが筆頭だったら、それこそドラゴンの首を取ったように・・・・・・いや、考えるのは辞めておこう。


 宮廷錬金術師を首になってから、ずっと寝てばかりなうえに、声も出せなくなるなんて思わなかった。このままだと、唯一の取り柄である錬金術すらできなくなっているかもしれない。

 だとすれば、オズにも何のお礼もできなくなってしまう。私が使えない人間だとオズにもバレてしまう。こんなにも優しくして貰っているのに、優しくする価値がないと思われてしまう。

 そう考えれば考えるほど、喉が締まっていくような気がした。


「トレニアさん、また呼吸がおかしくなっています。ゆっくりと深呼吸してください」

 オズが私に優しく語りかけてくる。その声には悪意や苛立ちなどは見えない。ただただ穏やかだ。


 深呼吸、深呼吸。

 息をゆっくりと吸い、息を大きく吐く。

 それを何度も繰り返し、酸素が肺に満たされた。


「すみません・・・・・・」

「いや、大丈夫ですから、謝らないでくださいね」

 オズは気にしている素振りはない。だが、本当は私に失望しているのかもしれない。きっと、彼は優しいから、それを隠してくれているのだ。そう思うと更に落ち込んでしまう。

「もう、なんでまた落ち込んでいるんですか」

「すみません・・・・・・」

「いや、だから・・・・・・えぇ、ソレはおいておきましょう。

 今日は桃を持ってきたんです。食べれそうですか?」

 オズが頭を振り、手に持っていた小皿を私に差し出してきた。そこには剥かれた桃が並んでいる。よく熟れて、柔らかそうだ。これなら、あまり苦労せずに食べることができるかもしれない。


「えっと、頑張ります・・・・・・」

 オズの瞳を見て答え、少し視線を逸らす。

 あんまり自信がなかったのだ。

「・・・・・・程々に、ですよ。あんまり頑張りすぎないでくださいね」

 視線の端でオズが複雑そうな顔を見せる。私はまた何かおかしな事をしてしまっただろうか。彼は慣れた仕草でベット横の椅子に腰掛けた。この椅子はベット横に常に配置され、彼の定位置のようになっている。定位置になるほどに、彼に面倒をかけてしまっている。早く元気になって、彼にお礼をしなければいけない。


 オズは流れるような動作で桃をフォークに突き刺し、私の口元に運んできた。

 そう、私の口元に運んできた。


 え、と言おうとして口を開き、そのまま桃が口に突っ込まれてしまう。

 咀嚼。


 え、今何があった?

 一生懸命に口を動かしながら、考える。

 なんだか、今恋人同士が戯れにするような行動をしなかっただろうか?


 混乱しながら、口内のモノを咀嚼し続ける。


 え、気のせい?

 いや、え?


 そうしているうちに口内の桃がすりつぶされ、喉へと滑り落とされていく。


「あの・・・・・・」

 今何をしたんですかとオズに問いかけようとして、再び口内に桃が放り込まれる。


 やはり、今恋人同士が戯れにするような行動をしなかっただろうか?

 唖然としながらも、何とか口だけは咀嚼を繰り返す。

 モノが口の中にある状態では喋れない。


 いや、え?

 混乱しながらオズを見る。

 その顔には照れや甘さはない。



 ・・・・・・もしや、これは・・・・・・恋人のような動作と言うよりも・・・・・・介護?

 私、オズに迷惑をかけるどころか、介護されている?

 え、介護?

 自分よりも年下の少年に?

 いや、介護は年下の人間にされるモノか・・・・・・いや、え、この歳で?

 私、この歳で介護されている? え?

 私、十代なのに介護をされているの?



 正直、その後の記憶は少し飛んでいる。

 しかし、桃は食べることができていたようなので、失神したわけではないらしい。ただ、衝撃的すぎて脳が理解を拒絶した、ということだろうか。


「か、介護・・・・・・ありがとう、ございました」

「かいこ?」

 オズがぽかんとしてこちらを見た。だが、すぐに気を取り直したらしい。

「桃、一個食べれましたね。気持ち悪さとかないですか?」

「大丈夫です」

「よかった。気持ち悪くなったら、すぐに言ってくださいね」

「はい」

 オズは心の底から、私が桃を食べ切れたことを喜んでいるようだ。空になった皿を満足そうに見下ろしている。


「ちょうど、グリンダ・・・・・・村の人間の作っている桃が食べ頃なので、また持ってきますね。他に食べたいモノができたら言ってください。小さい村ですけど、商人だって来ますので、時間はかかりますが、用意できると思いますよ」

「ありがとうございます」

 彼の顔色が少し良くなり、声の調子も少し弾んでいるように見えた。やはり、かなり心配をかけていたらしい。再び、罪悪感が胸を満たす。

 だが、まずは聞かなくてはいけないことがある。私には全く情報がない。情報がなければ、オズにお礼をすることもできないどころか、さらに迷惑をかけてしまう。


「えっと、ここは・・・・・・村、なんですね?」

「あ」

 オズの瞳が大きく見開かれた。

「す、すみません。説明したとき、あんまり意識がはっきりしていなかったんですね?」

「え」

 どうやら、説明されていたらしい。冷や汗がでる。まさか、もう説明されているのに、また説明を求めることになるなんて。二度手間をかけてしまうなんて。


『使えない』

 誰かの声。

 息が止まりそうになる。

 私はいつもそうなのだ。

 いつだって、誰かを失望させてしまう。


「ご、ごめんなさ・・・・・・」

「いや、僕がもっとしっかりするべきだったんです! 絶対にトレニアさんのせいじゃないんで! もう、謝らないでください!」

「で、でも・・・・・・あの、説明して貰ったのに、私が聞いてなくて・・・・・・」

 胸も喉も締まっていく。まるで巨人に身体を握られているみたいだ。

「僕がしっかりコミュニケーションできてなかっただけですから!」

「い、いえ、私が」

「僕が!」

 私とオズが言い合いというか、罪の奪い合い?をしていると、勢いよく扉が開いた。


「うるぅッ、せぇーべよ!」

 見覚えのある男性。オズが私を監禁していたのではないかと疑ってきた医者である。ちなみにまだ疑いははれていないらしい。

「お前らが言い合ってるの、外まで響いてるべ!」

「え」

 私は自分の顔から血の気が引くのが分かった。まさか、そんな大きな声でオズを詰ってしまっていたとは。しかも、近所迷惑になるような大きな声を出していたなんて、思わなかった。

「す、すみませ・・・・・・」

「謝らない! ほら、体調診るから、病人は大人しく休んでるべよ」

 手慣れた様子で、医者が部屋に入る。オズがサッと椅子から立ち上がって、医者に席を譲った。こちらもやはり手慣れている。私が失神している間にも何度か診て貰っていたのかもしれない。私は一体どれだけの人に面倒をかけたのだろう。そう考えると、吐きそうになってきた。

「まぁた、余計なこと考えてるべ。もっと楽しいことを考えないと、余計に気が滅入るべよ」

「・・・・・・はい」

「あ、でも、先生。今日、トレニアさんは桃を一個完食できたんです」

 医者の言葉に頭垂れる私を庇うようにオズが声を上げる。そして、空になった皿を医者に見せびらかすように掲げた。

「おぉ、少し食欲が戻ったべか」

 それに医者が嬉しそうに応じ、私の背中を軽く叩く。


 二人とも私なんかのことを心配して、よく気にかけてくれる。迷惑をかけてしまっている。だから、お返しできるようにならなくてはいけない。私は一日でも早く体調を戻して、錬金術をまた始めなくてはいけないのだ。だって、私には錬金術以外にできることはないのだから。



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