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終わる世界を最後まで  作者: ちび太


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9/13

小さな嘘


 その街は、逃げる準備をしていた。

 荷車が並び、家の前にはまとめられた荷物。声は低く、視線は忙しい。誰も「終わり」という言葉を口にしない。ただ、動きだけが早かった。

「珍しいな」

 僕が言うと、刀が答えた。

「知ってしまった街だ」

「何を?」

「待っても、来ないということを」

 市場の端で、若い兵士が立ち尽くしていた。剣は新品で、使われた形跡がない。逃げる人と、残る人の境目にいる顔だった。

「……すみません」

 兵士が、僕に声をかけてきた。

「この街、初めてですか」

「通りがかり」

「なら、早く出た方がいい」

 親切だった。

 でも、決意はなかった。

「君は?」

「俺は……残ります」

「どうして」

 兵士は、少しだけ笑った。

「逃げる人を、守る役目なので」

 役目。

 便利な言葉だ。

「本当は?」

 思わず聞いてしまった。

 兵士は黙り込んだ。

 しばらくして、小さく言った。

「……怖いんです」

 正直だった。

「逃げたら、ずっと逃げる気がして」

 僕は、何も言えなかった。

 その夜、宿で火事が起きた。

 混乱の中、誰かが叫ぶ。

「子どもが取り残されてる!」

 兵士が、反射的に走り出した。

 考える前に、体が動いた顔だった。

「……行くぞ」

 刀が言う。

「うん」

 炎の中は、息が詰まった。

 天井が落ちる音。泣き声。

「こっちだ!」

 兵士の声が聞こえた。

 倒れた梁の下に、子どもがいた。足が挟まれている。

「抜けない……!」

 兵士は必死だった。

 でも、力が足りない。

「下がって」

 僕は言って、梁に手をかけた。

 重かった。

 でも、不思議と体が動いた。

「……なんで」

 兵士が、呆然と僕を見た。

「旅してると、たまにある」

 それは、嘘だった。

 子どもを外に運び出すと、街の人たちが息をのんだ。

 英雄を見る目じゃない。

 困惑の目だった。

「君……名前は?」

 兵士が、震える声で聞いた。

 ここで、黙ることもできた。

 今まで通り、通りすぎればよかった。

 でも。

 逃げる人を守ると決めた、この街で。

 怖いと知りながら立ち止まった、この兵士の前で。

 僕は、嘘をついた。

「……リオだ」

 名前だけの、嘘。

 それ以上、何も説明しない。

 兵士は、深くうなずいた。

「ありがとうございます、リオさん」

 その呼び方が、胸に残った。

 街を出る時、夜が明けていた。

 火は消え、逃げる人も、残る人も、それぞれの道を選んでいる。

「後悔してるか」

 刀が聞いた。

「ううん」

「嘘をついたこと」

 僕は、少し考えた。

「小さい嘘だよ」

「そうか」

 刀は、それ以上何も言わなかった。

 でも、声は少しだけ、柔らかかった。

 僕は歩く。

 名前を持って。

 まだ、終わらせないために。


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