勇者像のある街
その街には、像があった。
門をくぐってすぐ、広場の真ん中に立っている。剣を掲げ、前を見据えた、立派な像だった。台座には文字が刻まれている。
――世界を救いし勇者。
僕は、足を止めた。
「……似てる?」
しばらくしてから、刀が言った。
「似てない」
即答だった。
「でも、みんなはこれを勇者だと思ってる」
「思いたいんだろう」
像の周りには、花が供えられていた。新しい。信仰は、まだ生きている。
宿の女将は、像の話になると饒舌だった。
「この街はね、勇者様に救われたの。だから今も大丈夫なのよ」
「今も?」
「ええ。だって、勇者様がいるもの」
彼女は、広場の方角を指した。
像は、何も守らない。
ただ、立っているだけだ。
「……本人は?」
僕が聞くと、女将は不思議そうな顔をした。
「もうお亡くなりよ。でも、心はここに」
それは、便利な言葉だった。
夜、広場に出ると、像の前に老人がいた。酒瓶を持ち、像を睨んでいる。
「嘘つきめ」
小さな声だった。
「英雄なんかじゃねえ」
僕は、横に立った。
「知ってるんですか」
「知ってるとも。あいつは逃げた」
老人は、吐き捨てるように言った。
「最後まで戦わなかった」
刀が、微かに軋んだ。
「……それでも、街は救われた」
僕はそう言った。
「偶然だ。運が良かっただけだ」
老人は笑った。
「だが、人は物語を欲しがる。だから像が立った」
その時、鐘が鳴った。
広場に人が集まる。
「語り部の時間だ!」
若い男が、像の前で声を張り上げた。
「勇者は最後まで剣を振るい、世界を救った!」
拍手。歓声。
老人は、背を向けた。
「……聞くな」
刀が、低く言った。
「分かってる」
僕は答えたが、耳は閉じなかった。
物語は、綺麗だった。
犠牲も、迷いも、恐怖も削ぎ落とされている。
「これが、俺の像か」
刀が、初めてそう言った。
声は、怒っていなかった。
疲れていた。
「違うよ」
僕は即座に言った。
「何が」
「これは、あんたじゃない」
「なら、俺は何だ」
問いは、重かった。
僕は、少し考えてから答えた。
「終わらせなかった人」
刀は、何も言わなかった。
翌朝、像の前の花が片付けられていた。
新しい物語の準備だ。
街を出る時、僕は振り返らなかった。
「なあ」
刀が言った。
「像を壊したいか」
「ううん」
「どうして」
「壊しても、また立つから」
しばらく歩いてから、刀が言った。
「……それでも、俺はあそこにいなくていい」
「うん」
それだけで、十分だった。




