嘘をつく商人
その街は、声が多かった。
呼び込み、値切り、笑い声、怒鳴り声。人が多い場所は、それだけ嘘も多い。僕は嫌いじゃない。嘘は、生きている証拠だから。
「財布は気をつけろ」
刀が言う。
「分かってる」
「分かってない顔だ」
市場を歩いていると、すぐに声をかけられた。
「旅人さん! いい剣はどうだ!」
僕は腰の刀を見せた。
「それよりいい?」
「……失礼しました」
商人は即座に引いた。判断が早い。生き残るタイプだ。
別の露店で、果物を見ていると、今度は若い男が話しかけてきた。
「情報を買わないか?」
「高い?」
「命ほどじゃない」
胡散臭い。
でも、嫌いじゃない。
路地裏の店に案内された。看板はなく、棚だけがある。男は、にこにこしていた。
「俺は嘘をつく」
いきなりだった。
「正直だね」
「嘘つきは、自分のことを隠さない。隠すと、死ぬ」
妙に説得力があった。
「何の情報?」
「この街は、もうすぐ消える」
僕は瞬きをした。
「理由は?」
「金」
「……?」
「金が尽きる。支える奴が逃げる。残るのは、信じた奴だけだ」
男は肩をすくめた。
「だが、それを言えば人は逃げる。だから俺は言わない」
「でも今、言ってる」
「君には言う」
理由を聞く前に、刀が低く言った。
「何を見た」
男は、初めて刀をまじまじと見た。
「……あんた、旅人じゃないな」
「答えろ」
「未来を知ってる顔だ」
男は苦笑した。
「この街の長は、終わりを隠してる。希望を売ってるんだ」
「嘘だね」
「そうだ。だが、人はそれで今日を生きる」
僕は、しばらく考えた。
「じゃあ、君は何を売るの?」
「選択肢」
男は、胸を張った。
「逃げるか、残るか。知らないまま死ぬか、知って生きるか」
「高い?」
「果物一個分でいい」
僕はリンゴを置いた。
「安いね」
「嘘は安く売らないと、信用されない」
変な理屈だった。
宿に戻る途中、刀が言った。
「どうする」
「何もしない」
「冷たいな」
「選択肢は、もう渡された」
それ以上、僕が介入する理由はなかった。
翌日、街はいつも通りだった。市場も、笑い声も。
男はいなかった。
「逃げたな」
「商人だから」
街を出る時、門の外で、子どもが手を振っていた。
「また来て!」
「うん」
嘘だった。
「なあ」
刀が言う。
「嘘は嫌いか」
「嫌い。でも、必要だと思う」
「勇者は、嘘をつかない」
「だから、苦しかったんだ」
刀は、黙った。
遠くで、鐘が鳴っていた。
何を告げる鐘かは、分からない。
それでも、街は今日も動いている。
嘘の上で。




