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終わる世界を最後まで  作者: ちび太


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5/13

祈りを持たない村


 その村には、祈る場所がなかった。

 神殿も、祠も、墓標さえない。家々は整っているのに、空だけが広くて、落ち着かなかった。人の声はある。笑い声もある。それでも、どこか薄い。

「変だな」

 僕が言うと、刀がすぐに返した。

「祈りを捨てた村だ」

「捨てた?」

「信じなくなったんじゃない。信じるのをやめた」

 似ているようで、まったく違う。

 畑仕事をしていた老人が、こちらを見て軽く手を振った。警戒はない。歓迎でもない。ただ、旅人を見る目だった。

「泊まれますか」

「ああ。空いてる家はある」

 理由も条件も聞かれなかった。

 村は、驚くほど普通だった。子どもは走り、パンは焼かれ、夜には灯りがともる。ただ、誰も空を見上げない。誰も何かに願わない。

「……昔は、違ったんだろうね」

「祈った結果だ」

 刀の声は淡々としていた。

 夜、村長の家で話を聞いた。

 村長は若かった。白髪もなく、疲れた目だけがあった。

「この村は、昔、勇者に救われた」

 その言葉に、僕は何も反応しなかった。

 刀も、沈黙した。

「魔物は消え、作物は実り、人は感謝した。神にも、勇者にも」

 村長は、机の上の杯を指で回した。

「だが、十年後、疫病が来た」

「……」

「祈った。救いを求めた。だが、何も起きなかった」

 声は、責めていなかった。事実を並べているだけだった。

「それで?」

「祈るのをやめた。誰も悪くないと決めた」

 それは、逃げでも諦めでもない。

 生き方の選択だった。

「楽になったよ」

 村長はそう言った。

「誰かのせいにしなくていい。期待しなくていい。だから、裏切られもしない」

 僕は、その言葉が少しだけ羨ましかった。

 外に出ると、星が出ていた。

 それでも、村の誰も見ていない。

「どう思う?」

 僕が聞くと、刀は少し考えた。

「間違ってはいない」

「正しくもない?」

「正しさは、救いにならないことが多い」

 風が吹いた。

 祈らない村に、風は平等だった。

「……僕はさ」

 言いかけて、やめた。

「何だ」

「いや、いい」

 言葉にすると、祈りになりそうだったから。

 翌朝、村を出る時、子どもが一人、ついてきた。

「どこ行くの?」

「次の街」

「なんで?」

 僕は少し考えた。

「見たいから」

「何を?」

「終わる前の世界」

 子どもは意味が分からない顔をして、でも笑った。

「変なの」

「よく言われる」

 振り返ると、村は静かだった。

 祈りはないが、生活は続いている。

「なあ」

 刀が、低く言った。

「もし、また祈れる日が来たら」

「うん」

「それは、悪くない」

 僕は答えなかった。

 祈らなくても歩けることを、もう知っていたから。

 それでも。

 空は、相変わらず綺麗だった。


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