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終わる世界を最後まで  作者: ちび太


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4/13

知っている学者


 その街は、地図に名前が載っていなかった。

 正確には、載せるのをやめたらしい。

 城壁は低く、門は半分壊れ、修繕された形跡がない。人はいるのに、街としての「未来」が省略されている感じがした。僕はこういう場所をよく覚えている。覚えている、というより、目が離れなくなる。

「寄るのか」

 刀が、腰のあたりで低く言った。

「うん。たぶん、ここは知ってる」

「来たことがある?」

「ない。でも、こういう街は、だいたい同じ匂いがする」

 焦げた紙と、湿った石と、諦めきれなかった人間の匂い。

 通りを歩くと、人々は僕を一瞥して、すぐに目を逸らした。警戒ではなく、期待でもなく、判断を放棄した視線だ。声をかけられないのは楽でいい。

 街の奥に、小さな建物があった。看板はなく、扉だけが新しい。僕はそこに引き寄せられるように足を止めた。

「……学者の家だな」

「分かるの?」

「知ってる空気だ。昔、こういうのと何人も話した」

 刀の声は、少しだけ遠かった。

 扉を叩くと、すぐに返事があった。

「開いている。壊さないでくれ」

 中は思ったよりも広く、紙と本が床にまで積まれていた。中央に机があり、眼鏡の男がこちらを見上げた。年は分からない。若くも老いても見える顔だった。

「旅人か。武器を持っているな」

「持ってるけど、使わないよ」

「皆そう言う」

 男は笑わなかった。ただ、観察する目だった。

 嫌いじゃない。

「ここは何の研究を?」

「終わりの研究だ」

 即答だった。

 僕は一瞬、言葉に詰まった。

 刀が、何も言わない。

「……終わり?」

「正確には、終わりを“知っている”人間の研究だ」

 男は机の上の紙を一枚めくった。

「君は、知っているだろう」

 胸の奥が、きしんだ。

「何を?」

「世界が、もう助からないということを」

 言い切りだった。

 疑問形じゃない。

 僕は笑おうとして、やめた。こういう人の前で嘘をつくと、余計に疲れる。

「さあ。学者さんは想像力が豊かだね」

「否定はしないのか」

「否定すると、長くなる」

 男は、少しだけ目を細めた。

「勇者はもういない。だが、世界は続いている。君はその矛盾を抱えたまま歩いている」

 刀が、わずかに震えた。

「君は義務で旅をしているふりをしている。だが本当は――」

「そこまで」

 僕は、静かに遮った。

「知らなくていいこともあるよ」

「知らないふりをしているだけだ」

 学者は、そう言ってから、深く息を吐いた。

「安心しろ。私は答えを求めてはいない。ただ、確認したかっただけだ」

「何を?」

「世界の終わりを知っていても、人はまだ歩けるのか」

 僕は、少し考えた。

「歩けるよ。だって、好きだから」

 その言葉は、思ったよりも簡単に出てきた。

 男は黙り込んだ。

 やがて、何も書かれていない紙を引き裂いて、捨てた。

「……君は、観測者ではないな」

「最初からそのつもりはない」

「なら、記録する価値はない」

 それは、学者なりの褒め言葉だった。

 外に出ると、夕方になっていた。街は相変わらず、未来の話をしていない。

「……ああいうのは、苦手だ」

 刀が言った。

「分かる。でも、必要だった」

「何がだ」

「僕が、まだ歩けるかどうか」

 少し間があってから、低い声が返ってきた。

「歩けるさ。終わりを知っていてもな」

 それは、慰めじゃなかった。

 事実の確認だった。

 僕はうなずいて、街を出た。

 名前は、まだ必要なかった。


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