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終わる世界を最後まで  作者: ちび太


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2/13

名前のある国


 村を出てから、道はしばらく緩やかだった。

 舗装されてはいないけれど、人が通っている痕跡はある。荷車の跡と、靴底で踏み固められた土。ここを使う人たちは、行き先がある人たちだ。

 世界が終わることを知らなくても、道は続く。

「次は国境だな」

 刀が言った。

「国境、ってほど立派かな」

「名乗っている以上、国だ」

「名乗るのは自由だよ」

「続けるのは、そうでもない」

 勇者の言い方は淡々としていた。

 昔話をするみたいな声だ。

 昼前、見張り台が見えた。

 木造で、修繕を重ねた跡がある。崩れそうではない。かといって、新しくもない。

 兵士は二人。

 鎧は揃っていなかった。

「止まれ」

 片方が言った。

「旅人だよ」

「目的は」

「通ること」

 兵士は僕を見て、それから腰の刀を見た。

 少しだけ、視線が硬くなる。

「……名前は」

 一瞬、考えた。

 考える必要はない。けれど、考える癖がある。

「僕、だよ」

「ふざけているのか」

「本当」

 もう一人の兵士が、溜息をついた。

「通していい。害はなさそうだ」

「判断が早いね」

「遅い判断は、ここじゃ死ぬ」

 それは正しい。

 国は、小さかった。

 城壁はあるが低く、街はコンパクトだ。全部が、守れる範囲に収まっている。

「長く続けるつもりはない国だな」

 勇者が言った。

「どうして分かるの」

「余裕がない。だが、焦ってもいない」

「中途半端だ」

「現実的、とも言う」

 市場は賑わっていた。

 食べ物が多い。武器は少ない。娯楽は、さらに少ない。

 人々は僕を見ても、気にしない。

 旅人は珍しくないのだろう。

 露店で、パンを買った。

 少し硬い。でも、ちゃんと腹に溜まる。

「この国、何年くらい持つと思う?」

 僕は歩きながら聞いた。

「世界の話か」

「うん」

「二年は無理だ」

「即答だね」

「準備をしていない」

「終わりの?」

「違う。続ける準備だ」

 広場の中央に、掲示板があった。

 告知が並んでいる。徴税、婚姻、行方不明者の捜索。

 世界の終わりについては、何も書いていない。

「教えないのか」

 勇者が言った。

「何を?」

「真実を」

「ここは国だよ」

「だからだ」

 僕は掲示板から目を離した。

「国は、真実より秩序を優先する」

「……そうだな」

 宿は一軒だけだった。

 古いけれど、清潔だ。

「泊まる?」

「泊まる」

「一泊二食。安くはないよ」

「いいよ」

 夜、部屋で窓を開ける。

 外では、誰かが歌っている。上手じゃない。でも、楽しそうだ。

「この国は、好きか」

 勇者が聞いた。

「嫌いじゃない」

「理由は」

「みんな、自分の役割を信じてる」

「信じている、か」

「疑い始めたら、国じゃなくなる」

 少しの沈黙。

「お前は、信じていない」

「信じてるよ」

「何を」

「終わりが来るってことを」

 勇者は、それ以上聞かなかった。

 翌朝、国を出る前に、広場をもう一度見た。

 掲示板は変わっていない。

 でも、人は動いている。

 今日も、明日がある前提で。

「名前を聞かなかったな」

 勇者が言った。

「誰の?」

「この国の」

「名前、必要?」

「……ないかもしれないな」

 国境を越える。

 振り返らない。

 覚えている。

 硬いパンの味と、下手な歌。

 それで十分だった。

世界は、残り三年と百十七日。


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