終わりを知らない村
この物語は、世界が救われた「その後」を旅する話です。
派手な戦いや、明確な救いはあまりありません。
一話ごとに一つの国や場所を訪れ、
そこで生きている人たちを、ただ見ていきます。
少し静かで、少し重い話になりますが、
最後まで付き合ってもらえたら嬉しいです。
※本作は一話完結形式ですが、
旅と関係性は少しずつ進んでいきます。
村は静かだった。
音がないわけじゃない。風は畑を撫で、家畜の鳴き声が遠くで混じっている。ただ、それらがきちんと収まる場所に収まっている。そんな感じがした。
畑はよく手入れされている。土は湿っていて、最近雨が降ったのだろう。柵は少し歪んでいるが、倒れるほどじゃない。直そうと思えば直せる。でも、今は困っていない。そういう歪み方だった。
僕は歩きながら、空を見上げた。
雲は高く、流れは遅い。
――まだ、大丈夫だ。
胸の奥で、誰にも伝えない数を確かめる。
言葉にする必要はない。言葉にした瞬間、壊れるものがある。
「……いい村だな」
腰に下げた刀が、低く言った。
中に宿っているのは、かつて世界を救った勇者の魂だ。
「うん。たぶん」
「その言い方は、好きじゃない」
「知ってる」
それ以上、勇者は何も言わなかった。
納得していない時の沈黙だ。
村の入り口で、子供が二人遊んでいた。木の棒を剣みたいに振り回している。見ていれば分かる。喧嘩じゃない。
「旅人だ」
一人が僕に気づいて言った。
「どこから来たの?」
「どこからでもないよ」
「変なの」
笑って、また遊びに戻っていく。
正しい反応だと思った。
村の中は、昼の匂いがした。
洗濯物が揺れ、食事の支度が進み、誰かが井戸に向かって歩いている。全部が、明日がある前提の動きだった。
僕はそれを、ひとつずつ覚えてしまう。
どうして覚えるのかは分からない。ただ、気づいたら頭に残っている。
「この村は……」
勇者が言いかけて、止めた。
「何?」
「知らないんだろうな」
「何を?」
「世界のことを」
僕は歩みを止めなかった。
止めると、余計なことを言いそうだったから。
「知ってたら、畑の作り方が変わる」
「どう変わる」
「来年を考えなくなる」
少しの間があった。
「……それが、正しいとは思えない」
「うん。僕も」
「なら、なぜ――」
「正しくなくても、楽な方を選ぶことはあるよ」
勇者はそれ以上、続けなかった。
村の中央に井戸があった。縁が少し欠けている。水を汲むには問題ない。だから、誰も直さない。僕はそこに腰を下ろした。
石は冷たかった。
水を汲みに来た女の人が、僕を見る。
警戒はしていない。ただ、知らない人を見る目だ。
「旅の方?」
「うん」
「泊まっていきます?」
「できれば」
「空き、ありますよ」
本当だ。助かる。
こういう村は、夜も静かだ。
女の人は笑って、去っていった。
歩き方に迷いがない。
「言わないつもりか」
勇者が言った。
「言わないよ」
「知る権利は、ある」
「考えた結果、笑えなくなる権利もある」
僕は井戸の欠けた部分を指でなぞった。
少しだけ、指が引っかかる。
「……お前は、優しいな」
「そう見える?」
「自覚がないところが、厄介だ」
夕方になると、村は赤く染まった。
子供たちは家に戻り、大人たちは明日の話をしている。
誰も、終わりの話をしない。
それが、嫌いじゃなかった。
夜、簡素な部屋で横になる。
天井の木目を眺めながら、数を確かめる。
世界は、確実に終わりへ向かっている。
それでも、この村は今日を生きている。
「……後悔する日が来るかもしれない」
勇者が言った。
「うん」
「それでも、か」
「それでも」
少しだけ、刀が静かになった。
翌朝、村は昨日と同じだった。
畑は耕され、井戸は冷たく、空は高い。
僕は誰にも気づかれないように村を出た。
見送られなかったのは、嫌じゃない。
振り返らない。
振り返る理由がない。
それでも、覚えている。
井戸の欠けた縁も、子供の声も。
全部。
世界は、あと三年と百二十日で終わる。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
この話で「何も起きなかった」と感じたなら、
それはたぶん、意図通りです。
この旅では、救わない選択が何度も出てきます。
次の話では、
また別の形で世界と向き合います。
よければ、続きを覗いてみてください。




