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第三章 - 第2話 渋谷区、行方知れず①

 翌日も、野上(のがみ)葉月(はづき)大嶺(おおみね)(まい)は稽古場に現れなかった。(きさらぎ)優華(ゆうか)のバイオレンスの稽古相手は、連日鹿野が担当した。途中、檀野(だんの)創子(つくるこ)が何度か席を立ち、エグゼクティブ・プロデューサーの灘波(なんば)祥一朗(しょういちろう)に若手ふたりの行方を問い合わせていたが、


「どうでした、檀野さん?」

「灘波のジジイも分からないって」


 無責任すぎる、と煙草を片手に檀野は苛立ちを隠そうともせずに吐き捨てる。檀野の手元に灰皿を滑らせた窪田(くぼた)が、


「檀野さんも吸うんだ?」

「たまにね。あ、火貸して」

「は〜い」


 バイオレンスの演出については、方向性が固まってきた。性的なシーンをダンスで表現するという演出があるが、それに似た方法を不田房は模索しているらしい。背負い投げが採用されなくて良かった、と鹿野は露骨に安堵していた。鹿野自身受け身など取ったことがないし、もし野上葉月が稽古場に戻ってきたら──背負い投げ演出は断固拒否されるだろうから。


「ダンス──とはいえ、合意の上のシーンではないからね」


 台本を片手に不田房が優華に語りかける。


「どうしても乱暴なものになってしまう。だから……できれば……」

「野上さんがおらんとどもこもならんて話ですよね? 鹿野さんとうちの相性だけが()うててもしゃあないっていう」

「そう」


 首を縦に振る不田房を横目で見た檀野が、「もういっぺん電話してくる」とスマートフォンを手に階段を駆け上がっていった。地下稽古場は、電波の入りが弱いのだ。


和水(なごみ)さん」


 檀野が席を外すのを待っていたかのようなタイミングで、宍戸が口を開く。


「最近はどうですか。変なものは見ませんか?」

「うん、全然。あのお札のおかげかな?」

「お札の力はもちろんあるとは思うんですけど……個人的にはやっぱり場所が……」


 株式会社イナンナのスタジオは、何らかの理由で()()になっている。すき焼き会の夜に告げられた言葉を鹿野は思い出していた。稽古の合間に調査を進めている宍戸の言によると、イナンナのスタジオが入っているビルそのものが、過去その土地にあった小さな神社を潰した跡地に建てたものなのだという。古くなった神社を取り壊すという行為を糾弾しているわけではない。建物の老朽化などを理由とした神社の建て直しや取り壊し後の場所移動などは特に珍しい話ではなく、きちんと手順を踏めば何の(さわ)りも起きはしない──というのが宍戸の意見であり、また、鹿野の父親である迷宮も似たようなことを言っていた。


 だとすれば。


「俺ちょっと気になってることがあって」


 宍戸が何かを言い出そうとした瞬間、階段の方からバタバタと大きな足音が聞こえた。檀野だ。


「檀野さん、どしました?」


 不田房の呑気な問いに、スマートフォンを握り締めたままの檀野が声を上げた。


()()()()()()


 野上葉月は行方不明になった。既にイナンナからも、警察にも届けを出しているという。その日の稽古は途中で切り上げとなった。不田房は窪田、鬼のためにタクシーを呼び、和水は宍戸が家まで送ることになった。檀野のマネージャーも、すぐに稽古場に駆け付けた。不田房と鹿野は、株式会社イナンナの事務所に向かった。


 例のスタジオがあるビルとはまた別の場所に、高層ビルが建っている。


「でっか……」

「24階が事務所だって! 行くぞ鹿野!」


 不田房と鹿野はビルの中に突入し、まずエントランスで止められた。名前を名乗り、事情を説明したものの、エレベーターホールに通してもらうまでに10分以上の時間を要した。

 エレベーターもなかなか来なくて、不田房と鹿野はホールで無意味にじゃんけんとあっち向いてホイを繰り返して過ごした。そうしてようやく辿り着いた24階でも──


「何回名前を書かせるんだ! 俺は不田房! 演出家! いいから灘波祥一朗を呼べ!!」

「不田房さん、落ち着いて」


 珍しく声を荒らげる不田房と彼の二の腕を掴んで引っ張る鹿野の目の前に、遠目でも分かる、憔悴しきった様子の灘波祥一朗がよろよろと現れた。


「ああ、不田房くん……それにスタッフの……」

「いい加減覚えてください鹿野です。で、野上さんに何があったんですか?」

「それは……」


 げっそりと窶れた様子の灘波は、不田房と鹿野を来客室に通した。横長のソファと、キラキラ光るガラス製のローテーブル、そして正面に腰を下ろす疲れ果てた顔のエグゼクティブおじさんこと灘波祥一朗。出された緑茶に手を付けず、不田房が口を開く。


「困ってます。こんなことが続いては、稽古にならない」

「ああ、しかしね……」

「しかしも何もないんですよ。野上さんは? 降りるんですか? 降りるなら降りるで僕は一向に構いませんが、そうなるなら早めに代役を立てなきゃならない」

()()()()()()!!」


 文字通り頭を抱えた灘波が声を張り上げた。


「どこにも……自宅にも、実家にも、付き合ってるっていう男の家にも……!!」

「野上さん彼氏いるんだ……!」

「不田房さん、今それどうでもいい情報ですね」


 それはともかく──と鹿野は考える。

 自分は、自分たちは、鹿野素直と不田房栄治は、俳優・野上葉月のことを何も知らない。


 彼女はいったいどういう俳優で、人間で、灘波祥一朗とはどのような関係なのだろう?

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