第8話 畑に集まる光の正体
朝目覚めると、いつも通りの部屋に、いつも通りの仕事。楽しい事なんて特にない私の日常の中で、変わっていくのはテーブルの端に置いた箱庭だけ。
中を覗くと地面は緑になって、枯れ木だったのも、今や立派なシンボルツリーのように、小屋の側に立っている。
そのせいか、向こうの世界と繋がっている実感があって、こっちの世界にいる時だって、気持ちが軽い。
通勤中も、帰りの買い出しも、箱庭の事をいつの間にか考えてしまう。
(よし、今日は湿布も転送しとこう)
◇
「小春ちゃーん!」
「おはよ…」
う〜ん、と伸びをして、薄目を開ける。
「おはよう!」
タマちゃんの声で目覚めるのが、箱庭世界の習慣となっていた。
ここどっちだっけ?と目覚めて早々に頭を使わなくていい。
あくびをしながら布団をめくり、ベッドから抜け出て身体を捻る。
クワを使って地面を耕したダメージを感じる。
箱庭世界の疲労は、向こうに持ち越さないけれど、目覚めた身体にはしっかりと残っているようだ。
転送した湿布を、タマちゃんにペタリと背中に貼ってもらった。
ポットを手に持ち、湧き水を汲みに外に出ると、爽やかな風が吹いた。
泉はキラキラと煌めいて、泳げるくらいの大きさになっていた。
そして一部が小川となって流れ出ていた。
「水の精さん、お水もらっていきますね〜!」呼びかけると、水面から2、3と丸い水の球が飛び出して、チャポンっと水面に消えた。どうやら1匹から増えたようだ。
よって、名前は付けずに"水の精"と呼ぶことにしよう。
水が美味しいからか、インスタントのコーヒーすらも美味しく感じる。
窓辺でコーヒーを片手にずっと気になっていた事を、タマちゃんに相談してみることにした。
「今日は畑に水やりした後、近くの村まで行って見たいんだけど、案内できる?どんな生活をしている人がいるのか実際に見て見たいの」
タマちゃんはモシャリと本のページの端を咥えながら顔を上げた。
そして、モシャモシャと残りを急いで詰め込んだ。
急かしてしまったようだ、申し訳ない。
「案内は出来る。前の人がお金も少し残してるから、それを持っていくといいよ」
「お金って…確かにお金必要だよね。すっかり忘れてた」
ここには通貨がある。当たり前のことだけど、すっかり抜けていた。
「ただ…今日は朝ゆっくりしちゃったから、今から水やりとか準備するでしょ〜?行って帰ってくる頃にはきっと暗くなるね」
「そっか〜結構遠いんだね。片道1時間くらいかなって勝手に思ってたよ。」
「今度、前日までに準備までしてて、朝一番で出発しよう!僕がしっかり案内するからね!」
この世界については、この小さな可愛らしい存在が頼もしく感じる。
タマちゃんの教えてくれた床板を外すと箱が出てきた。
その中には布に入ったコインがあった。
転送できないようなサイズの物は、これで買い物ができるかもしれない。
◇
初めての収穫は、嬉しさより驚きに満ちた体験だった。
最初に覚えたのは違和感だった。
バケツに水を汲んで畑に向かい始めると、遠くに目印につけたポンポンが、ぶれて見えた。
なんだろうアレ。
「シ〜〜」
「え?なになに?」
「静かに、あれは光の精だよ。」
よく見えないけれど、畑の所に精霊がいるってことらしい。
「もしこの場所が気に行ってくれたら、定着してくれるかも。そ〜っと近づいてみよう」
「わかった」
僕が先に行く、と言ってタマちゃんはフワフワとゆっくり飛んで行く。
私はその後を、少し離れてゆっくりと着いて入った。
棒の先のポンポンに、小さな光の玉が集まっているのが、近づくにつれて見えてきた。
タマちゃんよりも小さな光の玉の集団は、棒の先についたポンポンに集まっていた。
先に行くタマちゃんにそのいくつかが、近づいてきて触れた。
と、その途端、他の光の玉たちが一斉に私に向かって飛んできた。
「わ」
光の玉は日差しのような、優しく包み込むような暖かさで、しばらく周りを観察するように飛んでいたが、やがて消えていった。
「何?…何何何??」
「これを見て。小春ちゃん!」
畑を指差すタマちゃんに急いで駆け寄る。
昨日、種を蒔いたばかり(正確には一昨日)の小さな畑を見て、言葉を失った。
双葉どころでは無い。わさわさと葉が茂ってその根元に覗くのは二十日大根の赤い姿だった。
二十日どころか、2日で出来た二十日大根。
「光の精、気に入ったんだって、そのポンポンに引き寄せられたみたいだよ」
「すごいすごい!!この成長の速さは、その光の精のおかげなの?こんな事あるの?」
「光の精は芽吹の力を持っているからね」
二十日大根。小松菜。青梗菜。予想外の収穫を腕に、嬉しさに震えた。
タマちゃんもポンポンを気に入っているようだけれど、精霊たちを引き寄せるような、そんな力があるのかもしれない。
そう思いながら、私は畑を拡大する決意をしたのだった。
ーーと、その時どこかで声が聞こえたような気がした。




