第7話 畑作りスタート
木のそばに湧いた湧き水のおかげで、箱庭ライフは一気に快適になった。
私も徐々に、この世界との二重生活に慣れてきている。
昨日は、小屋の外にある古いトイレを修復したところだ。
こういう作業が、だんだん楽しくなってきた自分に驚く。
最近のお気に入りは、小屋の裏にある小高い丘でのピクニック。
歩きながら、棚にあった本やノートの内容をタマちゃんに解説してもらい、午後からは身の回りの生活用品を整え、のんびり過ごしている。
◇◇◇
「小春ちゃん、お水湧いたよー。」
「タマちゃん、ありがとう!」
「えへへ〜。」
結局、精霊には“安直だけどいちばんしっくり来た名前”としてタマちゃんと名づけてしまった。
本人も喜んでいる(と思う)。
編み物の手を止めて、向こうの世界から持ち込んだ紙袋を取り出す。
中身はインスタント麺、とその粉末調味料。
ゴミ問題が心配で、食べられるものだけを紙袋に移し換えて転送したのだ。
「これがラーメン? カチカチだけど、柔らかくなるの?」
タマちゃんが興味津々で覗き込む。
焚き火台の上に吊るした鍋をおろし、インスタント麺をお湯へ。
粉末スープは紙袋を逆さまにして綺麗に全部入れる。
丘の上から箱庭を見下ろすと、とても美しい。
ちょうどここから見える景色が、箱庭を外から見た景色のようだ。
小屋。
その先に、私が川と見間違えたあの乾いた溝。
さらに奥は、土地が途切れている。崖のようにも見えるが、まだ確かめてはいない。
右の方には森が見えていて、タマちゃん曰く、そこを進むと村があるそうな。
小屋近くの湧き水は、いつの間にか湧き出る量が増え、今や泉の様になっていた。
このまま湿地帯になるんじゃないか、と少し心配になるほど。
そしてほんの数日で乾いた荒地に緑が増え、草原のように変わってしまったのだ。
「いただきまーす!」
ふうふうしながら麺をすする。
「わぁ、ほんとにあっという間にできるんだね。召し上がれ〜。」
タマちゃんは蝶を追いかけて飛んでいってしまった。
書物以外は食べないらしく、この美味しさを共有できないのが少し残念。
「おいし〜い!」
暖かい日差しの中、外で食べるインスタント麺のなんと美味しいことか。
これならもっとちゃんとした料理にも挑戦したくなる。
とはいえ、転送には制限があるし、そろそろ自給自足の方法を考えないといけない。
「ここで畑、作れないかな? この世界、今は春で合ってる?」
「うん、春だよ。地面も潤ってきてるし、畑、作れると思うよ!」
「野菜の種、少し持ってきてるから撒いてみたいんだよね。」
「いいね〜!」
タマちゃんは空を飛ぶ鳥を見上げ、嬉しそうに草花を眺めた。
この土地そのものが、少しずつ生き返っているのが分かった。
◇◇◇
「前はこの辺り、畑だったんだって。本に書いてあったよ。」
「クワがあってよかった……さすがにこれは転送できない大きさだし。」
箱庭では体を動かすことが多く、健康的に過ごせている気がする。
そう思えたのは最初の数回だけだった。
クワを振り下ろすたび、腕や足がプルプルしてくる。
明日、全身筋肉痛で動ける気がしない。
しゃがんで柔らかくなった土を手でほぐし、石や草をのける。
指の傷が完全に塞がっていてよかった。
「小春ちゃん、もう休憩?」
水筒の水をグビグビ飲む。
「デスクワークの身には、急な農作業はキツいのよ……」
タマちゃんがふよふよ飛んできて、私の膝へちょこんと着地した。
短い腕を突き出し─
「回復魔法〜!」
「え、そんな能力が!?」
……何も起きなかった。
「って、出来たらいいな〜って思ってたでしょ。」
「ぐっ……読まれてる……!」
結局、箱庭の魔法のような現象は、まだ法則が分からないままだ。
転送した道具のほとんどは、普段通りの使い方をされている。
がくりと肩を落として立ち上がる。
(寝る前に畑作りについて調べておけばよかった……)
◇◇◇
少し休憩したあと、小屋へ戻り、集めておいたレンガを畑の区画に並べる。
1m四方ほどの“小さな花壇”が完成。
「みたことないくらい小さな畑だね。育つかなぁ〜?」
「……今日はこれで限界!」
期待外れの声に焦りつつ、私は秘密兵器を取り出す。
「ほら、野菜の種! 初心者向けの早生品種だから、すぐ育つはず!」
畑の場所が草に埋もれないよう棒を立て、さらに編み物用の毛糸でポンポンを作って、棒の先へ結びつける。ふわふわの白いポンポンが、風に揺れて可愛い。
「 これなら遠くからでも分かりやすいね。」
「かわいいね〜。」
風で倒れたりするといけないので、四隅に同じように棒を立てた。
タマちゃんはポンポンを、サワサワと触り心地を楽しんでいる。
「か、かわいい…。」
白いぷにぷにとフワフワの共演に、スマホが手元にないのがこんなに惜しいとは。
などと考えつつ、種に薄く土をかぶせ、水をたっぷり撒いて、今日の作業は終わりに畑を後にした。
実はその背後で──
土の中で、すでに小さな変化が芽吹き始めていたが、まだ誰も気づいていないのだった。




