第6話 水の精霊の誕生
「じゃ〜ん!」
机いっぱいに転送された品を広げると、精霊が目を輝かせた。
「すごい!見たことのないもの、いっぱいあるね。これって何〜?」
水筒、おにぎり、ティーバッグ、チャッカマン、ミニ焚き火台、ポケットティッシュ。
持ち込んだつもりの半分も転送されていない。
どうやら“フタの内側に収まっていないもの”は転送されないようだ。
昨日あれほど気合いを入れて積み上げたタワーの努力は……まあ、無駄だったらしい。
ちょっとだけショック。
「これは今日のご飯だよ。でね、今日は近くを探索してみようと思ってるの。外から箱庭を見たとき、川みたいなのが見えた気がするの」
「川?そんなのあったかなぁ?」
精霊は首をかしげた。近くにあるのは森の泉だけだという。
「いいよ、行くだけ行ってみよ。もし見つかれば大発見じゃん!」
「そうだね〜」
おにぎりと水筒だけ腹ポケットに入れ、私は精霊と外へ出た。
歩きながら、この世界のことをいろいろ質問してみるが、精霊は今は知識が大きく欠落しているらしく、ほとんど答えられない。
(また後でノート食べてもらわなきゃ……)
「そういえばさ、精霊さんの名前って?」
「好きに呼んでいいよ!」
「えっ……名前ないの?私が付けちゃっていいの?」
「うん!」
たまごん、コロ、まるちゃん……。
いや、違うな。精霊っぽくない。
安直すぎて申し訳ない気がして、名前は保留にした。
◇◇◇
砂利の丘を登った先で、私は息を呑んだ。
「……あった!」
しかし次の瞬間、落胆が押し寄せた。
そこに広がっていたのは川ではなく、ただの“乾いた溝”だった。
幅二メートルほどの窪みが、はるか遠くまで続いている。
「川じゃなかった〜〜……」
「だから言ったのに〜。そんなの無いって」
「だって、見えたんだもん……」
私はしゃがみ込んで膝を抱えた。
せっかく自信満々に歩いてきたのに、ただの空振りだ。
(毎回水を持ち込むのは限界あるし……
蛇口の下に箱庭のフタを置いてみる?
いや、失敗したら部屋中水浸し……)
「ううう〜〜ん……」
私が唸る横で、精霊がオロオロと飛び回った。
◇◇◇
「……あ、そうだ!」
ひらめいた瞬間、精霊がピュッと近づいてくる。
現代道具は、この世界では魔法のような効果を発揮する。
なら、水筒の水も……?
私は水筒を取り出し、空へ掲げた。
「いでよ!」
ゆっくりと傾け、清らかな水が一滴、また一滴と落ちていく。
陽の光を受けてきらめくその水が、川の溝に落ち──
──何も起きなかった。
「なんで水を捨てちゃってるの〜?」
精霊の無邪気な質問が心に刺さる。
残り三口ぶん手前で慌てて水筒を戻した。
「ち、違うの!この間みたいに、魔法みたいに溢れるかなって思って……」
こぼれた水は乾いた地面に広がり、ただのシミになった。
精霊の前で変な期待をして、ちょっと恥ずかしい。
「……コツがあるのかな? 湧け〜い。生命の水よ〜」
じっと濡れた地面を凝視するが、反応はない。
◇◇◇
小屋のそばの大きな木の根元に座り、おにぎりを食べることにした。
木陰は心地いいが、葉の半分は枯れている。
腰を下ろそうとした瞬間、私はビクッと立ち上がった。
「えっ……濡れてる?」
「小春ちゃん、お漏らし〜?」
「してないってば!」
場所を変えて反対側へ回ると、そこも濡れている。
精霊が指をさして叫んだ。
「あっ!ついてきてる!」
なんと、私がこぼした水のシミが、まるで意思を持ったかのように移動してきていた。
「お水……欲しいの?」
恐る恐る声をかけると、シミがわずかに動いた。
透明なプルプルした何かが地面で集まり始め──
「小春ちゃん、それ……水の精霊が生まれようとしてるよ」
私は急いで水筒を開け、残りの水をそっと垂らした。
すると、今度は吸い込まれず、地面の上で丸く留まった。
小さな水の球はふわりと浮かび、ピンポン玉ほどの大きさで私の前に浮遊する。
くるっと回ったその表面に、ぽちりと“目”が現れた。
「はじめまして、水の精霊さん……?」
しかし精霊は答えず、すっと地面へ沈んで姿を消した。
◇◇◇
「……よく分かんないけど、なんかすごい体験した〜」
気分が高揚したまま、おにぎりにかぶりつく。
水は飲めなかったけれど、水の精霊を生み出したという事実で胸がいっぱいだ。
「小春ちゃん、ご機嫌だね〜。」
「妖精さんも増えちゃったし、名前ちゃんと考えなきゃね。」
「好きに呼んでいいよ〜。」
そのとき──
ザザッ……
風もないのに木が揺れた。
視線を戻すと、私は息をのんだ。
「……湧き水だ!」
木の根元から、ぽこぽこと小さく水が湧き上がっている。
私は水を汲み、小屋へ戻って沸かし、お茶を淹れた。
窓の外を見ると、先ほどの木がほんのり緑を取り戻している。
湧き水の周辺だけ、草が青々としていた。
この土地が、少しずつ息を吹き返していく気配がした。




