第5話 転送するものは何にしよう
朝を迎えると、昨夜の“もうひとつの世界”の出来事が、やけに夢のように感じられた。
ふかふかのお布団に感動して、そのまま潜り込んだらいつの間にか眠っていたらしい。
あちらでもずっと働き通しだったはずなのに、不思議とまったく疲れていない。
むしろ久しぶりにぐっすり眠った、そんな爽快感が身体に残っていた。
そのおかげか、今日の仕事もサクサク進んだ……いや、進んだ“はず”なのだが、結局は理不尽に注意され、残業まっしぐらだったのはいつも通りだ。
◇ ◇ ◇
「……やっぱり、これだよね。」
空になった段ボールのフタを見下ろし、私は確信した。
箱庭の中に置いていた消臭剤が、跡形もなく消えている。
向こうへ転送される条件は──このフタの中に入れること。
「よし……まずはスマホの充電を確認して、と。」
端に寄せて入れてみるが、思った以上にスペースが小さい。
10cm×10cmフタの高さは5cm。というところか。
何を持ち込むか、相当厳選しないといけない。
部屋の隅で眠っていたキャンプ道具の箱を開けると、自然と笑みがこぼれる。
三年前、“いつか行こう”と準備して結局一度も行かなかったキャンプ用品たち。
とうとう出番が来たのだ。
「まずはこれ。そして……これも入れられるかな?」
コンロ、ライター、飲み物におやつ。
詰めては抜き、抜いては詰める。
タワーのように積み上げながら、倒れないよう慎重にバランスを取っていく。
「……よし、これは芸術点高いんじゃない?」
絶妙なバランスで道具タワーが立ち上がり、思わず満足げに頷く。
箱庭を覗くが、相変わらず寂しげな小屋と荒れた庭が広がっているだけ。
だが、そこに“何を持ち込んで変えていくか”を考えるのは、驚くほど楽しい。
仕事中にもふと意識が向いてしまい、危うくミスりそうになったほどだ。
「さて……今日は早めに寝ようかな。アラームは……。」
そう設定しようとして、思わず叫んだ。
「――いやいやいや、スマホなし生活なんて無理!!」
慌てて箱からスマホを引っ張り出し、せっかく組んだタワーが崩れる。
「うう……私の努力が……。」
向こうへ転送すると、こちらの世界では消えてしまう。
まだ持ち帰る方法は分からない。
そのルールが、こうして地味に私を困らせてくる。
「うーん……悩ましい。」
そう呟きつつ、私はもう一度タワーの再構築に取りかかった。




