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ラウンド2:食における『本質』とは何か?素材か、技か、器か、心か?(後半)

(スタジオには依然として活発な議論の熱気が残っている。あすかはクロノスを手に、冷静に議論の行方を見守っている)


あすか: 「ラウンド2前半では、魯山人様の『素材と器』、辻様の『技術』、サヴァラン様の『総合的な体験』、そしてボーローグ様の『栄養・安全性・安定供給』と、皆様が考える食の『本質』が提示されました。特にボーローグ様のご指摘は、食を考える上での根源的な問いを含んでいました。」


あすか: 「さて、後半では、これらの『本質』の関係性について、さらに掘り下げていきたいと思います。これらは互いに対立するものなのでしょうか? それとも、共存し、あるいは補い合うものなのでしょうか? まずは魯山人様、ボーローグ様の提起された『栄養』や『安全性』といった視点、どのようにお考えですか?」


魯山人: (呆れたように溜息をつき)「栄養だの安全だの、そんなものは当たり前のことだろうが! 食い物屋が生ゴミや毒を出すわけにはいかん。問題はそこから先の話だ!」


魯山人: 「栄養満点だろうが、百万年安全が保証されていようが、不味いものは不味い! そんなものを有り難がって食わされるのは、人間としての感性を殺されるのと同じことよ! わしは御免だね!」(顔をしかめる)「第一、栄養ばかり気にして、旨くもなんともないものを我慢して食うなど、それこそ不健康ではないのか?」


辻: 「まあまあ、魯山人先生、そう熱くならずに…。」(苦笑しつつ)「ボーローグ先生のおっしゃる栄養や安全性の確保は、食を提供する上で大前提となる、非常に重要な基盤です。その上で、私たち料理人や研究者の役割は、その基盤の上に、いかにして『美味しさ』や『食べる喜び』という価値を築き上げていくか、ということだと考えます。」


辻: 「例えば、近年では健康志向の高まりから、フランス料理の世界でもバターや生クリームの使用を控えたり、野菜を多く取り入れたりする傾向があります。しかし、それは単に味を犠牲にするということではありません。新たな調理法や素材の組み合わせを研究し、健康に配慮しながらも、満足感のある美味しさを実現しようと、多くのシェフが努力を重ねています。技術によって、栄養と美味しさの両立は可能だと私は信じています。」


サヴァラン: 「ムッシュ辻のおっしゃる通りですな。ボーローグさんの提起された栄養や安全性は、いわば快適で安全な『家』を建てるための、しっかりとした『土台』や『基礎』のようなものでしょう。それは美食にとっても不可欠な前提条件です。」


サヴァラン: 「しかし、基礎工事だけでは、人はそこに住むことはできない。壁があり、屋根があり、快適な家具や美しい装飾があって、初めて心地よい『住まい』となる。同様に、食においても、栄養や安全という基礎の上に、美味しさ、美しさ、楽しさといった『上部構造』があってこそ、人間らしい豊かな食生活、つまり『美食』が実現するのです。どちらか一方だけでは、片手落ちというものですな。」


ボーローグ: (静かに頷きながら)「なるほど…基礎と上部構造、か。分かりやすい例えだ。私がやってきたのは、まさにその『基礎』を、世界中の人々に行き渡らせるための仕事だったのかもしれん。その基礎の上で、どんな家を建てるかは、それぞれの文化や個人の選択に委ねられるべきだろう。」


あすか: 「基礎と上部構造…ありがとうございます。では、その『上部構造』において、皆様が先ほど主張された要素…素材、技、器、体験…これらの関係性についてはいかがでしょう? 例えば、魯山人様は素材と器を重視されましたが、もし最高の素材や器が手に入らない場合、料理の本質は失われてしまうのでしょうか?」


魯山人: 「ふん、最高のものがなければ、その中で最善を尽くすまでのことよ。だがな、妥協はせん! 例えば、わしが納得できる器がなければ、料理は出さん! 料理が泣くからな。それは料理に対する、そして客に対する冒涜だ。」


辻: 「先生、それはあまりに厳格すぎるのでは…? 器も重要ですが、やはり主役は料理そのものであり、それを味わっていただくことではないでしょうか。最高の器がなくとも、心を込めた料理と、温かいもてなしがあれば、お客様は満足される場合もあるかと…。」


魯山人: 「甘いな! 心を込めれば不味いものが旨くなるか! 温かいもてなしだけで腹が膨れるか! 形だけの心など、何の価値もないわ! 本物は、細部に宿るのだ!」


サヴァラン: 「まあまあ、お二人とも。熱くなるのは結構ですが…。」(辻に同意するように)「確かに、ムッシュ魯山人の美学は徹底していて素晴らしいが、現実には、常に最高の条件が揃うわけではありませんからな。むしろ、限られた条件の中で、いかに工夫し、食卓を豊かにするか、そこにこそ人間の知恵や、それこそ『心』が現れるのかもしれませんぞ。」


あすか: 「限られた条件での工夫…そこに知恵や心が現れる、と。では、辻様が重視される『技術』についてはいかがでしょう? 技術が行き過ぎて、素材本来の良さを損なったり、不自然な料理になったりする危険性はありませんか?」


辻: 「それは、常に警戒しなければならない点です。技術はあくまで、美味しさを引き出すための『手段』であって、『目的』ではありません。分子ガストロノミーのような最先端の技術も、奇をてらうためではなく、新たな食感や味わいを生み出し、食の可能性を広げるために使われてこそ意味があると考えます。」


辻: 「大切なのは、技術に振り回されるのではなく、常に素材への敬意を持ち、食べる人のことを考えて、技術を適切に使いこなすこと。そして、その基本となる古典的な技術をしっかりと身につけること。それが、道を誤らないためには不可欠です。」

サヴァラン: 「うむ、技術の『適切な運用』、重要ですな。そして、私が申し上げた『総合的な体験』についてですが、これはやや捉えどころがない、主観的なものに聞こえるかもしれません。しかし、考えてみて頂きたい。同じワインでも、最高級のグラスで、美しい景色を眺めながら、愛する人と飲めば、格別の味わいに感じられるでしょう? それは単なる気のせいではなく、我々の五感や精神が、その場の全ての要素を統合して『美味しい』という感覚を生み出している証拠なのです。」


あすか: 「なるほど…。ではサヴァラン様、万人が共有できるような、客観的な『美食の基準』というものは、存在するのでしょうか?」


サヴァラン: 「完全な客観的基準というのは難しいでしょうな。味覚には個人の好みや経験が大きく影響しますから。しかし、優れた料理や食体験には、ある種の『普遍性』があると私は考えます。それは、多くの人が『これは素晴らしい』と感じる、バランス、調和、深みといった要素です。それを目指し、探求し続けることが、美食の道ではないでしょうか。」


あすか: (クロノスで新たな情報を表示する)「クロノス、未来の食の可能性を。こちらは、植物由来の代替肉や、細胞から作られる培養肉。そして、AIが個人の健康状態や好みに合わせてレシピを提案するシステムです。ボーローグ様、こうした新しい技術は、食の『本質』…栄養や安全、安定供給という観点から、どのように評価されますか?」


ボーローグ: (興味深そうに画面を見ながら)「ふむ…代替肉、培養肉か。これが本当に、持続可能で、安全で、かつ十分な栄養価を持つものならば、将来の食料問題を解決する大きな力になるかもしれんな。人口が増え続ける中で、従来の農業だけでは限界があるだろうからな。」


ボーローグ: 「AIによるレシピ提案も、個人の健康管理には役立つかもしれん。だが…」(少し懸念を示すように)「技術が進歩しても、忘れてはならないのは、食料生産の現場、つまり『土』と『農民』の存在だ。そして、食卓を囲む『人間』の存在だ。技術が全てを解決するわけではない。そのことを肝に銘じておく必要があるだろう。」


あすか: 「技術の可能性と、忘れてはならない原点…。ありがとうございます。さて、皆様、食の『本質』を巡る議論、尽きることがありませんが、そろそろ時間も迫ってまいりました。」


あすか: 「このラウンドを通じて見えてきたのは、食の『本質』とは、決して単一の要素ではなく、素材、技、器、心、経験、栄養、安全、安定供給…といった様々な要素が、複雑に絡み合い、影響し合っている、ということではないでしょうか。」


あすか: 「そして、どの要素を最も重視するかは、個人の哲学や価値観、置かれた状況によっても異なってくる。しかし、それぞれの『本質』には、それを追求するだけの理由と情熱があることも、皆様のお話からひしひしと伝わってきました。」


あすか: 「簡単に答えが出る問いではありませんが、この多様な視点こそが、食の世界の豊かさなのかもしれませんね。」


(あすか、一呼吸おいて、次のラウンドへの期待感を込めて)


あすか: 「さて、『美食』の定義、『本質』と議論を進めてまいりました。次のラウンドでは、視点を変えて、『食と文化』、そして『食と生存』という、より大きなテーマについて、皆様の哲学をぶつけ合っていただきたいと思います。ラウンド3をお楽しみに!」

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― 新着の感想 ―
 この偏屈さはやはり魯山人ですね。  ただ彼の言い分は他の者たちの語ることが当然の前提条件なので、今さらそれを語るのはナンセンスってところなんでしょうね。……って、そういえばそんな風に言ってましたか。
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