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ラウンド2:食における『本質』とは何か?素材か、技か、器か、心か?(前半)

あすか:「ラウンド1では、『美食』の定義を巡り、生存、快楽、芸術、哲学、文化といった多様な側面が浮かび上がりました。皆様の哲学のぶつかり合い、大変興味深いものでした。」


あすか:「続くラウンド2では、さらに核心に迫ります。最高の食体験、あるいは食として最も重要な『本質』とは、一体何なのでしょうか?それは極上の『素材』でしょうか?それとも、それを生かす卓越した『技』?はたまた、料理を彩る『器』?あるいは、作り手や食べる人の『心』なのでしょうか?」


あすか:「この問いに対し、まずは、器と料理の関係性を誰よりも深く追求された、魯山人様。あなたにとって、食の『本質』とは、ずばり何でしょうか?」


魯山人:(待ってましたとばかりに、ふんと鼻を鳴らす)「決まっておろう。食の本質は、第一に『素材』だ!話はそれからだ。」


魯山人:「どんなに腕の立つ料理人がいたとて、素材が悪ければどうにもならん。そこらの泥水で淹れた茶が旨いわけがなかろう。わしがなぜ、わざわざ自分で野菜を作り、魚を釣り、最高の素材を求めて日本中を歩き回ったか!全ては、本物の味を知り、それを引き出すためよ!」


魯山人:(クロノスに表示されるであろう自身の料理写真を見るように)「例えば、この鮎を見ろ。これは、わしが自ら育てた蓼酢たでずでいただく、天然の若鮎だ。焼き加減は当然完璧にするが、主役はこの鮎そのものの香り、はらわたのほろ苦さよ。小手先の技でごまかすものではない!」


サヴァラン:「ほう、素材への徹底的なこだわり、見事ですな。しかしムッシュ魯山人、最高の素材が常に手に入るとは限りませんでしょう?素材が凡庸な場合、料理人はどうすべきだと?」


魯山人:「凡庸な素材なら、それなりの扱いをするまでよ!無理に高級料理に見せかけようとするから、まがい物になるのだ!だがな…(語気を強め)「素材と同じくらい、いや、時によってはそれ以上に重要なのが『器』だ!」


魯山人:(あすかにクロノスで自身の器を表示するよう促す仕草)「見ろ、わしの器を!料理は、この器に盛られて初めて完成するのだ!この備前の大皿の土の力強さが、野趣あふれる山の幸をどう引き立てるか!この志野の茶碗の温もりが、一服の茶をどれほど味わい深いものにするか!それが分からん奴に、食の本質など語れん!」


魯山人:「料理人は、まず器を選ぶ眼を持たねばならん。器が料理を生かし、料理が器を生かす。その一体となった『美』こそが、食の本質と言っても過言ではないわ!」


あすか:「素材、そして器…その二つが本質であると。ありがとうございます、魯山人様。…さて、この魯山人様のご意見、フランス料理の技術を追求されてきた辻様は、どのようにお考えですか?やはり、素材と器が最も重要なのでしょうか?」


辻:(穏やかに、しかしはっきりと)「魯山人先生の素材と器に対する情熱と審美眼には、心から敬服いたします。最高の素材と器が揃えば、それは素晴らしい食体験になるでしょう。しかし、私は、食の本質を語る上で『技術』の重要性を、決して軽視することはできないと考えます。」


辻:(自身の経験を語るように)「私がフランスで学んだのは、素材の持ち味を最大限に引き出し、時には素材の限界を超えて新たな美味しさを創造する、高度な『技術』の世界でした。例えば、一見何の変哲もない肉の塊も、適切な火入れ、手間暇かけたフォン(出汁)から作るソースによって、驚くほど複雑で深みのある味わいに変化します。」


辻:(クロノスに表示されるであろう調理工程の図を指しながら)「このコンソメスープをご覧なさい。澄み切った琥珀色、凝縮された旨味…これは、良質な素材はもちろんですが、アクを丹念に取り除き、温度管理を徹底し、時間をかけて煮出すという、確立された技術があって初めて生まれるものです。素材が良いだけでは、決してこの味には到達できません。」


辻:「また、魯山人先生は『凡庸な素材はそれなりに』とおっしゃいましたが、優れた技術があれば、必ずしも最高級ではない素材でも、調理法次第で十分に美味しく、人々を満足させる料理に変えることが可能です。むしろ、それこそがプロの料理人の腕の見せ所ではないでしょうか。」


魯山人:「ふん、技術でごまかすことを覚えただけではないのか?小手先の技で、素材本来の味を殺してどうする!」


辻:「いいえ、殺すのではありません、先生。生かすのです。あるいは、新たな可能性を引き出すのです。技術とは、先人たちの知恵と経験の集積であり、それを学び、修練を積むことで、料理人はより高い次元の美味しさを表現できるようになる。私は、その『技』こそが、食の世界を豊かにする本質の一つだと信じております。」


あすか:「素材と器の魯山人様、技術の辻様…。またしても意見が分かれましたね。では、美食を総合的な体験と捉えるサヴァラン様は、この『本質』論争、どのようにお考えですか?」


サヴァラン:(二人の議論を興味深そうに聞きながら)「いやはや、実に見事な対立ですな。ムッシュ魯山人の言う『素材』と『器』の重要性、そしてムッシュ辻の説く『技術』の価値、どちらも美食を構成する上で欠かせない要素であることは間違いありません。」


サヴァラン:「しかし、私が考える食の『本質』とは、それら個々の要素の単なる足し算ではないのです。それは、もっと複合的で、全体的な『調和(Harmonie)』とでも言うべきものでしょう。」


サヴァラン:「最高の素材、卓越した技術、美しい器…それらが揃うのは素晴らしい。しかし、それだけでは最高の食体験にはならないのです。例えば、どんなに素晴らしい料理も、騒々しく落ち着かない場所で、あるいは険悪な雰囲気の相手と食べたのでは、その味わいは半減してしまうでしょう。」


サヴァラン:(指を折りながら)「心地よい室温、美しい設え、気の置けない友人との楽しい会話、そして何より、食べる人自身の『心構え』…つまり、空腹具合(Appétit)や精神状態も、味わいを大きく左右するのです。心配事があったり、気分が塞いでいたりすれば、どんなご馳走も砂を噛むような味に感じてしまう。」


サヴァラン:「ですから、食の『本質』とは、料理そのものだけでなく、それを取り巻く環境、時間、人間関係、そして食べる人の内面まで含めた、総合的な『体験』の中に宿るのではないでしょうか。個々の要素も重要ですが、それらが織りなす全体のハーモニーこそが、真の美食体験を生み出すのです。」


あすか:「全体のハーモニー…食べる人の心構えまで含めた総合的な体験、ですか。ありがとうございます、サヴァラン様。素材、器、技、そして体験…。様々な『本質』が語られましたが…」


(あすかが話をまとめようとした時、ボーローグが静かに、しかし強い視線で口を開く)


ボーローグ:「…待っていただきたい。皆さんの言う『本質』も理解できる。だが、私には、もっと根本的な『本質』があるように思えてならない。」


あすか:「根本的な本質…と申しますと、ボーローグ様?」


ボーローグ:(他の三人を順に見渡し、問いかけるように)「それは、『栄養』であり、『安全性』であり、そして『安定供給』だ。」


ボーローグ:「どんなに美味しかろうが、美しかろうが、素晴らしい体験であろうが、それが人間の生命活動を維持するための十分な『栄養』を含んでいなければ、食としての根本的な役割を果たしていると言えるだろうか?毒が含まれていたり、不衛生であったりして『安全性』が確保されていなければ、それは食ではなく、むしろ脅威だ。」


ボーローグ:「そして、どんなに栄養があり安全な食料でも、それが一部の特権階級や、特定の地域の人々しか手に入れられないのであれば、それは社会全体にとっての『本質』とは言えないだろう。全ての人間が、必要な時に、必要な量の栄養を、安全に摂取できること。飢餓の恐怖なく、安心して次の食事を迎えられること…。」


ボーローグ:(拳を軽く握り)「私にとって、食の『本質』とは、まずそこにある。その上で、味や美しさ、文化といったものが花開くのだと考える。その土台を抜きにして、上辺だけの『本質』を論じても、意味がないのではないかね?」


(ボーローグの言葉に、スタジオは再び静まる。魯山人は顔をしかめ、辻は深く考え込み、サヴァランも真剣な表情でボーローグを見つめている。)


あすか:(重い空気を受け止めながら)「栄養、安全性、安定供給…。ボーローグ様、ありがとうございます。ラウンド1に続き、またしても、食に対する根本的な視点を投げかけていただきました。」


あすか:(クロノスを操作し、画面に情報を表示する)「クロノス、情報を整理しましょう。魯山人様は『素材』と『器』。辻様は『技術』。サヴァラン様は『総合的な体験と調和』。そしてボーローグ様は『栄養・安全性・安定供給』。それぞれが考える食の『本質』が出揃いました。」


あすか:「しかし、これらは全く相容れないものなのでしょうか?それとも、互いに関連し合っているのでしょうか?ラウンド2後半では、それぞれの『本質』がどのように結びつき、あるいは対立するのか、さらに深く掘り下げていきたいと思います。」

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