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代理王選定

 有人惑星に一人、ないし有人星系に一人、置かれる代理王。

 それがこの星に置かれてから、20年。

 

「いい加減、引退を視野に入れませんと」

 とは、現代理王。

 代理王はおおむね、女性から選ばれる。


 総合事務職

 マルチタクス


 それをこなせる者をさくっと探そうとすると、『中流貴族で、子と姑がいて(つまり中間管理職)、それなりに社交と子育て(根回し・人材育成)ができて、家(職場環境)のこともだいたい把握している』そこそこの年齢の女性、三人抜粋すると、だいたい一人ぐらいは代理王を行えるレベルの執務能力がある、らしい。

 というわけで、40歳で代理王に選ばれて、20年。

「次は白蓮、ですかね」

 と、伺うように代理王は問うた。

「いえ、彼女は結婚しませんでしたし、子育てもしませんでしたから。同僚の、アイラに決めます」

「子供を生む、ことが必須ですか」

「そうではないんですが、絶対の優位な立場で、無知で無力で、自己の延長上の他者を、どう扱うのか、それが見られれば安心材料なので」

 自己愛の延長で、何をしても怒らず、躾も成さないならば、王にすることはないし。

 お前のためと御託を言いながら、虐待して育てるなら、やはり王の資格はない。

 気に入った部下に、気に入らない部下に、同じように何かをしでかすだろう。

 万界王の生まれたところには、結婚して一人前、という風潮があるが。

 正直ばからしい。

 結婚して、ないし他者と生活して、互いの生活を摺り合わせて、話し合い、協力しあえて、その結果、一人前というか、信頼できる人間と証明されるのであって。

 結婚しても、風俗に通って、嫁と子に梅毒うつした男が一人前のわけないだろうに。

 いらついたら、赤ん坊の腕に縫い針をざくざく刺して、ぎゃん泣きするとクッションで顔を押さえて窒息寸前までやる女が、一人前とか、ないだろう。

 アイラは泣き続ける子を前に、たまーに虚無な顔をしたが、怒鳴ったり、暴力を振るったりもせず、子が物を壊したらしかり、何かが出来たら褒め、『普通』と呼ばれる子育てをした。

 それに、汚泥の中で、残った女だ。

 それは白蓮に劣らず、清廉である、ということ。

 時間と共に擦れゆくが、アイラはちょうどよく、妥協を学んでいる。

「白蓮は代理王を監査する役につけます」

「わかりました。来年度の人事異動で、アイラを代理王補佐に。引き継ぎのため、補佐を二年してもらい、その後一年、代理王(仮)に。問題なくば、私は引退します」

「問題なく引退できるとは思いますが」

「引退後、夫の延命処置はどうなりましょう?」

「ああ、それは続行してかまいません。貴女が死ぬ日まで」

 代理王はほほえんだ。

 執務室のドアの向こう、仮眠室で。

 手足を失い、脳を破壊されて廃人になった夫がいる。

 代理王になった妻に便宜を要求して、断られたら暴力を振るったので、民道における公務員法で、ずた肉にされる、手前の処置を受けたのだ。

 ずた肉、という表現がよくよく使われるが、単に、民道に、『ずた肉になるまで処する』と、明記してあるのでみんながそのまま使うだけだ。

「夫の顔だけは好みだったので。脳を壊したら、私にさえもよく笑います。ふふ」

 首の後ろにつなげた栄養剤を流し込む管により、強制的に生かされている男は、ただ笑い顔を作っていた。意味もなく。




 よく立ち直れた、と白蓮は声をかけられて、そのたびに首をかしげた。

 治ってしまったので、あの暴力は骨折程度のものでしかなかった。

 人と感覚が違うのだな、と思ったのは、アイラに「なんでよくしてくれるのか」と尋ねたとき。

「私も、誘拐対象だったの。地下でずた肉になった上司がそういってたらしくて。私だったら、そんな目に遭って、立ち直れるかわからないもの。だから、たぶん、もしかしたらの、『私』に手をさしのべているのかも」

 あの暴力はそういうものであったと、認識した。頭で。知識で。

 サイコパスと、医療スタッフに認定されるだけある、特異な精神だった。

 そういうレベルの、意固地な頑固さで、不正を許さなかった。

 変わらなかった。


 影さえ白く

 ただ白く


 彼女はあり続けた。


 兄が彼女に役人としての便宜を求めたときにはさすがに

「聞かなかったことにしますが、聞いてしまったら私と兄さんがどうなったか、学習してきてくださいね」

 と、一度は見逃したが、役所の地下に兄を連行させ、彼女がじっくりたっぷりと、いかにずた肉にされるかを説明して。

 お試しで爪を剥いであげたのだが。

 兄だけが剥がれるのも、不平等だから、自分も剥いだら、痛い痛いとわめいていた兄は急に黙り、顔を背けたかと思ったら吐いてしまって。

 そうして、兄は二度と現れなくなった。



 結婚について、誰も何も言わず、子もなく。

 父親が死ぬときにはため息混じり「おまえは、陛下にもっていかれてしまった。私の、娘であったのに」と、ただただ悔しそうに告げていった。

 母が死ぬときも「もはや貴女は白い花。息災で」と、本来の名前を口にしなかった。


 白い花として背筋を伸ばして


 親友といっても過言ではないアイラが代理王に就き、その監査をするときも。

 けっして、なあなあになることや目こぼしをすることもなく。

「そうね。貴女はそういう人」

 とアイラは笑う。



 公務員として55年を。

 さらに準公務員として3年を経て。

 さすがに引退かと思えばさらに2年、パートタイム相談役として勤め、79歳の終わりでようやく完全引退した。準公務員資格になったときには、公務員用老後施設に入っていた。

 文官公務員に許されるアンチエイジングのおかげで、見た目も肉体年齢も五〇代であるから、まだしばらく好きなことができる。旅行や美術館めぐりなど。

 万界王私設博物館を巡ることもできる。この世界にはないので、大旅行だが公務員・公務員を勤めあげた者は交通費がかからないので滞在費ぐらいだ。

 公務員は高給取りだったので、蓄えはあり、結局60年働いたなぁ、万界は治療代の元が取れたかしらと、想いを馳せた。

 王博物館の予約をとりながら。

 侵略した世界のすべてを体感できるらしいそこは、一か月ぐらいでは回り切れない。一年ぐらいかかるが、いられるのは一か月だ。

 時間を進めると中の資料が劣化してしまうので、新世界を制圧しきったおりに、新館を建て、資料を展示するために作業員や学者がいる間だけ、他の館が閲覧できるだけなので。

 一つの宇宙の、鉱物・生物・文化・進化推移の資料などを一か月で陛下が閲覧できるまでにまとめ展示できるのはすごいな、とは思う。もう少しゆっくりしてくれてもいいのに。

 無事予約がとれて、分厚いパンフレットが送られてきた。電子書籍もあるのだが、紙書籍をあえて選んだ。

 前もって、見たいものを決めないと、時間は待ってくれない。


 引退を聞いた甥(兄の息子)が一緒に暮らそうと言ってきたが、辞退した。

 ただの公務員ではなく、いくつもの世界の代理王と顔をつないでいる身である。

 人は誘惑に弱いものだ。

 何か困難があったとき、『王の監査』である私のコネや力を利用したいと口にするだろう。

 それが『民道』において、処罰対象であっると頭で理解していても。肉親の情で、口をつぐんでくれるのではないか、と。

 白い花として晩節を汚す事は許されない。

 そして、身内をずた肉にするのは心苦しい。

 適切に、距離を置くべきだ。

 振り切るように博物館に出かけた。

 時間天秤のおかげで、あちらで一か月だったが、こっちでは1年半が過ぎ、甥は同居を諦めたようだ。


 ブランチを施設で食べた。

 住居と光熱費は無料であり、食事は午前にのみ、注文できる。

 節約するなら、午前6時に朝食を食べ、午前11時に昼食を食べて、夕食にするパンと果物を包んでもらえばいい。


 アイラはまだ代理王でいる。

 とはいえ、後継が補佐に入っており、そろそろ交代するだろう。交代後、半年から一年、見守りのための相談役期間があるが、めったなことは起きない。

 それが終わったら、王博物館に一緒に行くことになっている。

 王博物館は伴侶までは連れていけるが、基本的には学者と作業員と、公務員(教員・軍人等含む)・準公務員(ヤクザも含まれる。岡っ引きみたいに使っている)のみである。引退者を含むが、三十年以上勤めた実績が必要になる。まあ、初期の公務員はすぐ『ずた肉』になり、その後『民道』が徹底しても、身内がずた肉になって(公務員の身内に便宜をはからせようとして、そうなる)、気を病んでやめていく者も多い。

 高給取りなのは、理由がある。



 アイラが引退して。

 大旅行(王博物館)に出かけた。

 アンチエイジングは経口用錠剤だけにした。

 すでに平均寿命は超えている。同年齢の知り合いで生きているのは、もうお互いぐらい。

 軍には残っているけれど、公務員はほとんどずた肉になってしまったから。

 90歳まであと少し、だが、それでも見た目はせいぜい60代後半。

 まだまだ旅行にも耐えられる。

「ねえ、結婚とか、子供とか、欲しくなかったの」

 移動中、何かの拍子でアイラに問われた。

「そういえば面と向かって聞いてきた人がいなかったわね。逆に聞くと、アイラは結婚して、子供を育てて、いろいろ変わったけれども」

「結婚相手と生活の摺り合わせするし、赤ん坊は摺り合わせ作業してくれないからこっちが合わせるからね」

「あの暴力で自分を変えない人間が、摺り合わせできると思えません。私は、人にあわせられない、と自覚しました。だから。己を変えられないのに、子供をまともに育てられるとは思えません。普通に見える親たちが、どれほどC6(焼きごて。正当な理由のない未成年者への体罰をすると受ける・民道より)喰らったのを見たことか」

「ああ、そういう」

 アイラは男性が怖い、というようなもう少しわかりやすい理由かと思っていた。だったら、別に男でなくても、今からパートナー探しでも良いんじゃないかと、お勧め見合いのパンフを電子書籍にダウンロードしてきたのだが・・・無駄だった。

 ちなみに、万界構想の、いわゆる公務員とされる者は男性4割女性4割。残り二割は、単性生殖する、三つの性がある、雌雄同体(生めるし受精させられる)、そもそも繁殖できない(麾下と呼ばれる13332の部下の故郷の生命体は、命の泉から生まれ、個々での繁殖はしない。ヤム族という鼠も、天敵が死ぬとその腹を破って生じる)等々男女の枠にない者。

 なので、その2割と茶飲み友達見合い、というのもありだし。女性の同性愛者と話してみてもいいのではないかと、思ったのだが。

 そうだった。

 あれで男が嫌いになる、あれで男性が怖くなるような、性質ではなかった、この白い花は。

「ごめん、いらん世話焼き婆になるところだった」

 ツインルームという、寝室が二つあって、共同の居間のある部屋を予約した。

 眠るときは一人が良いと双方で思ったから。

 それぞれの寝室に荷物を置いて、明日朝8時から、あれこれ見ようと簡略化したパンフレットというより、攻略マップを共同の部屋のテーブルに広げた。最終確認と、見たいものの重点が違うので、一時間の自由時間を作っている。

 方針は変わってないので、あっさりそれは終わり。

「食事に行きましょう」

 と、部屋を出ると。

 廊下に支配人がスタッフを何人も背後に連れてこちらに向かってきたところで、私たちに気が付いて直角っというぐらいの礼をしてきた。

「白い花様、並びに前代理王閣下」

 白い花は称号なので、実は様はいらないけれども。

「陛下がお待ちです。御同行願います」

「!!!」


 またせるとは、ふけいっ


「すぐすぐに」

「待って、白蓮。着替え、化粧っ」

「でも、待たせ・・・」

「3分ちょうだいっっ」


 3分で、正しい礼服を着用し、化粧を直して、連れられて、御前に。

 公務員と学者しかこないところなので、知りあった人に晩餐でも誘われた時用に一着、入れておいてよかった。


 とはいえ。

 向かった先は新館で、工事中。外観はビルのようだが、足場に覆われ、各階の大きな窓が一部まだなく、そこからコンテナが入る、ようだ。リフトで持ち上げられている。

 壁にはその世界にちなむ絵が描かれるのだろうが、今はまだ白に近いグレー一色。

 建物の周囲には貸倉庫のような四角いコンテナが無数に積み上がっている。

 ヘルメットと防御用ケープを纏ったので、礼服の意味がない。

 着用せねば入れない。

 玄関部は広々としている。まだ展示物や置くものがない。邪魔だから。

 天井は高めだが、吹き抜けの訳ではない。

 この手の監修をするトークン族は、3メートルの個体も多いので、必然、天井が高くなる。

 計画表を見れば、6階より上はまだ埋まっていない。小さくて軽いものを展示していく予定なので、後回し。

 建物の強度の問題で、重たい展示物が集まるのは地上3階まで。

 作業しているのはトークン族、ギャラクシアウォー(世界名で種族命ではないが、一律こう呼ばれる)、そしてツァン族だ。

 ツァン族は建物を造る建築家で、トークン族とギャラクシアウォーは展示物などを扱う学者とその弟子たちだ。

 階段を上がり二階に達した。

 ラフな、シャツと長ズボン姿の陛下が、やはり私たちと同じヘルメットをかぶって、作業していらした。ケープはなしですね。一番、必要な方では? まわりは何をしているのかと、白蓮は軽く苛立った。

「ああ、いらっしゃい。来てると聞いて、呼び立てました。ごめんなさいね」

 ヘルメットは顎ヒモ付きで、ちゃんと固定されているので、陛下へ頭を下げる礼をした。

 頭を下げる。腰を折る。

 もうその世界の惑星が戦地ではなくなり、完全に統治されたことを示すもの。

 統治不完全なら、帽子敬礼・銃剣敬礼と呼ばれる、直立したままの敬礼しか許されない。

 皆が一斉に頭を下げると、王が狙撃されやすくなるためだ。

 なので、アイラは自分の代理王の代で、頭を下げられるようになってほっとしていた。その日の打ち上げで涙ぐんでいた。


「面を上げなさい。工事途中の博物館を見られることはまずないので。あなた方、こういうのも好きそうだったから呼びましたよ」

 確かに、好きで、嬉しい。

 安全なところだけ、見せて貰った。

 陛下は来ていた人たちと、順繰りにお茶や食事をしていった。

 私たちはそのうちの一組にすぎない。


 それでも、もう思い残すことはないな、と白蓮は思う。

 神にお仕えし、引退後もこうして気に掛けて貰えた。


 なんという幸せ。


 人生になんの辛いこともなかった 。

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